第六章 六話 「語ることのできない真実」

「お父さんはこのまま続けて雇ってくれるそうよ」


 病院で騒ぎを起こした日の夜、食事を前にしても項垂れたままの幸哉に優佳は食卓の向かい側に座りながら言った。


「ありがとう……」


 優佳の父の優しさに罪悪感を更に深められた幸哉はそれ以上は何も言わず、無言のまま食事に手を伸ばした。そんな青年の様子を見て、優佳はずっと心の中に留めていたことを遂に口に出したのだった。


「私、知ってるの……」


 普段とは違う恋人の声色に幸哉は項垂れていた顔を上げた。その青年の目を見つめて、優佳は続けた。


「幸哉が夜にうなされて何度も起きてること……、起きている間もずっと何かを悩み続けていること……」


 思い詰めたような恋人の声に幸哉は隠していた内心の悩みを優佳に気づかれていたことを悟り、胸の鼓動が一際大きく速くなるのを感じた。


(もう隠すことはできない……)


 そう覚悟したものの、言葉が出ない青年に優佳は問うた。


「ズビエで一体何があったの?」


 話さなくてはならない。話す時が来た。そう心の中では分かっていても、幸哉には踏ん切りがつかなかった。


 一体何から話して良いのか、こんなことを本当に話して良いのか、自分に本当に真実が話せるのか……、そんなことを迷っている内に幸哉の脳裏には封印していた暗い記憶が次々と蘇った。多くの仲間の死、自分が殺めた人々の最期、そしてヘンベクタ要塞の地獄……。


「どうして話してくれないの?私達……」


「優佳は何も知らないだろ!」


 血塗られていた記憶に呆然としていたところに責めるように問うてきた優佳の声に幸哉は思わず怒鳴り返してしまった。


 目の前の恋人の顔が悲しげに歪み、頬に涙が流れるのを見て、幸哉は自分のした仕打ちの酷さを悟って、「ごめん……」と項垂れながら謝った。


「ううん、私こそ無理に聞こうとしてごめんなさい……」


 でも……、と続けた優佳の声に顔を上げた時、目にした恋人の悲しげな表情を幸哉はその後、一生忘れられなくなる。


「私にも言えないんだね、まだ……」


 何か言ってあげたい。だが、真実を話すことに勇気を持てない青年はただ項垂れたまま、「ごめん……」と詫びることしかできないのであった。

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