第五章 十八話 「幸哉の反撃」
(奴だけは俺が殺る……)
その思念だけを胸に防衛線を立て直しかけていた解放戦線兵士達を数人撃ち倒して敵陣の中へと入って行ったチェスターは自分が撃ち倒したはずの外国人兵士を捜索した。
右肩に被弾して倒れたのが見えた標的はしかし、倒れた場所には居らず、崩れた土嚢の陰には血痕だけが残されていた。
「どこに行った……、隠れんぼか……?」
周囲は敵に包囲された敵陣の中、本来ならば標的が姿を消したことに焦りを感じるのが常人の正常な感覚だが、快楽殺人者の傭兵の考えは違った。むしろ一筋縄ではいかない殺しに満足し、地面についた血痕の流れを追って、標的の後を追跡していったのであった。
イガチ族戦闘員に腹を銃剣で突き刺され、瀕死になった状態でも倒れた姿勢のままで自分に銃を撃とうとした解放戦線兵士にROMATの一撃を撃ち込んだチェスターは荒廃した敵陣の中で満足げな笑みを浮かべて標的を捜索し続けた。
そして遂に血痕が一つのテントの中に入って行っているのを確認したチェスターは、
「遊びは終わりだ……」
と独り言ちると、標的が隠れているテントの中に向かって、ROMATをフルオートで発砲したのだった。
弾倉内に入っていた七.六二×五一ミリNATO弾が全て撃ち出され、穴だらけになったテントの中から大量の鮮血が溢れ出してきたのを見て、チェスターは勝利を確信した。
心中の愉悦に頬を歪ませた快楽殺人者は空になった弾倉を素早く交換したIMI ROMATを前に突き出した状態でテントの中のクリアリングを始めた。
(さぁ、お前の死に様を見せてみろ……)
殺人の快楽の最もクライマックスを締め括る死体の確認に胸を踊らせながら、テントの入り口を捲ったチェスターはその中に横たわっている人体が判別しやすい紺色のキャップ帽を被っているのを目にして胸を高鳴らせた。
(始末した……)
殺人の快楽に高揚するチェスターだったが、彼の胸の中には同時に言いしれぬ違和感と不穏感があった。
何かがおかしい……。
その予感とともにチェスターが目の前の死体をROMATの銃口の先端で突いた時だった。倒れた男の頭からキャップ帽が外れ、その顔が顕になったのだった。
(こいつは違う……!)
帽子を深く被っていたのと同時に心中が興奮していたため気付かなかったが、目の前の死体の肌の色は標的の褐色とは異なる黒色だった。つまり、このズビエの人間……。
(嵌められた……!)
そう気づき、久しぶりの胸の動揺と恐怖感がチェスターの身体を走った瞬間だった。
彼の背後で生じた気配にチェスターは振り向き様にIMI ROMATを構えたが、次の瞬間、数メートルの距離で弾けたマズルフラッシュの閃光に彼の自動小銃は機関部を撃ち抜かれ、発砲不能となったのだった。
(撃たれた!)
自動小銃に跳弾の閃光が走ると同時に右肩に生じた激痛と衝撃にそう瞬時に察知したチェスターだったが、長年の傭兵の経験がある男は冷静に左手を使って、高速で引き抜いたベレッタM1934を構えると、目の前の標的に向けて発砲しようとした。
しかし、それよりも残弾が無くなったシリーズ70を捨てた幸哉の動きの方が早かった。
ベレッタから放たれた.三八〇ACP弾を腰を低くしてやり過ごしながら突進した彼は勢い良くチェスターに組み付いたのだった。
並の兵士であれば、そのタックルに押し倒されていたであろう。しかし、チェスターは人間性はともかくとして、兵士としては最上級に優れた男であった。幸哉の突進を体勢を崩すことなく受け止めた彼は組み付いた標的の顔面に蹴りを入れると、鼻血を吹き出して後ろ向きによろめいた幸哉に更に飛びつこうとした。だが、それは出来なかった……。
その瞬間、右腿に走った激痛とともに右足に力が入らず、チェスターはその場に跪いてしまったのであった。
(何だ……?)
自由に動かない己の体に怒りと疑問を抱き、チェスターが激痛の走る右腿を見やると、そこには小型ナイフの刀身が垂直に突き刺さり、暗赤色の血液の滲みが戦闘服のズボンを濡らしていた。
「やるな……」
く、く、く、く、く、という奇怪な笑い声とともに、予想を遥かに超える狡猾な動きを見せた目の前の標的を睨んだチェスターは脊中の鞘から中型のナタにも似た刀身を持つローデシアン・ブッシュナイフを引き抜いた。
(なぶり殺してやる……!)
歴戦の兵士である自分を何度も欺き、ここまでの近距離戦闘に引き出した標的に満足気な笑みを浮かべ、大型ナイフを構えたチェスターの前で幸哉もまた二本目の小型ナイフを鞘から引き抜くと、戦闘の間合いを読もうとするのだった。
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