第五章 十三話 「暗闇に笑う男」

「間違いない……。奴だ……」


 夜の暗がりの中、ジャングルの茂みの中に身を隠して双眼鏡を覗いていたチェスターは呟いた。


 彼とその専属の少年兵は今、解放戦線の一個小隊が夜営をしている陣地から八十メートル離れた場所、敵より高所に陣取った小高い丘の上から敵の陣地の内部を偵察していたのだった。


 チェスターの双眼鏡の中には夜営陣地の中央付近、積み上げられた木箱の横で焚き火の炎に顔を照らされている一人の男の姿が写っていた。


(狗井浩司……)


 解放戦線に属する優秀な外国人傭兵であり、自身が以前から好敵手と認めていた敵将の姿にチェスターは満足げな笑みをその頬に浮かべると、傍らの少年が差し出した狙撃銃を受け取ろうとしたが、リー・エンフィールドL42A1狙撃銃の木製の銃身を握ったところでその動きを止めた。


 何事かと不審に思った少年が傍らを振り返ると、チェスターは低く腹に籠もる笑い声を必死に抑えながら独り言ちたのだった。


「奴を殺すより……、捕らえてその恥辱を晒せば……」


 "アドバイザー"の命令などどうでも良い。自分が求めるのは徹底的なまでの敵の苦痛と屈辱……、そう思ったチェスターは狙撃銃を少年に返すと、背後を振り返った。


 つい数日前のカートランド要塞での戦闘で古傷の横に新たな傷を作ったばかりの白人傭兵の振り返った背後では三十人ほどのイガチ族戦闘員が米国製暗視装置のAN/PVS-5による文明の魔眼を手に入れた双眸を暗赤色に光らせ、チェスターの指示を待っていた。


「敵部隊に対し、奇襲をしかける!ただ、この男だけは殺すな!」


 そう言ったチェスターは胸のポケットから一枚の写真を取って男達に見せた。刹那、暗赤色に両目を光らせる数十の影が動物のような動きでチェスターの前に集合し、狗井の顔が写された写真を暗緑色の視界の中に凝視したのであった。


「後は自由にしていい。なぶり殺すなり首を取るなり好きにしろ」


 自分達に暴力の自由を確約したリーダーの言葉に餌を得た肉食動物のような奇怪な歓喜の声を上げたイガチ族の男達は次の瞬間、各々の持つ自動小銃に加え、分解した迫撃砲や機関銃などの部品を背負うと、ジャングルの暗闇の中へと颯爽と消えていった。その背中を見届けたチェスターは再び背後の敵陣地を振り返ると、満足げな笑みとともに立ち上がった。


(敵の数も恐らく三十人……、やれるな……)


 胸中でそう独り言ちたチェスターはこれから始まる殺戮とその後に待っているであろう敵将に対する恥辱への期待に頬を歪ませながら、愛銃のIMI ROMATを手に取ると、イガチ族戦闘員達の後を追ってジャングルの暗闇の中へと姿を溶け込ませたのであった。

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