第五章 二話 「狂気の祭典」

 七月十四日の深夜、プラの集落からほど近いジャングルの奥地ではイガチ族の私兵団が野営を行っていた。


 あちこちで松明が燃える中、原始的な衣装に身を包んだ男達はあることに熱中していた。殺し合いの観戦である。


 イガチ族では成人の年齢に達したと見なされた男達は同年代の部族の青年との殺し合いを行い、そこで勝利した者だけが一人前の男として見なされる風習がある。


 まるで古代ローマのコロッセオのように円形に形どられた即席の闘技場の上でこの夜も成人となった子供達が殴り合いでお互いを殺し合っているのをチェスターは少し離れた場所から満足げに見つめていた。


 目の前で行われているのは戦闘部族が故の狂気ともいえる慣習だったが、根っからのの殺人狂者であるチェスターにとっては蛮人と見なしているイガチ族と行動をともにしていて唯一、好奇心を興じることができるイベントであった。


 今宵、既に三人の勝者と三人の敗者つまり死者が発生していたが、四回戦となる今回の果たし合いにはチェスターが荷物運びに使っているあの少年が出場させられていた。


 チェスターは食い入って、少年達の果たし合いを見つめていた。だが、それは自分が使っている少年の安否を気遣ってのことではない。ただ、自分の所有物がどれ程の強さを誇っているのか興味があるだけであった。


 チェスターの少年は彼よりも体格の優れた年上の青年と戦っていたが、果たし合いを優位に進めていた。狂気の傭兵はその様を酒を片手に満足げに見つめていたが、それが故に彼の隣で突然鳴り響いた無線機の音はチェスターを苛立たせたのだった。


 無視することもできた。相手が単なる軍幹部なら彼も無視したであろうが、無線の相手が"あの男"であるという確信と僅かばかりの恐怖感がチェスターに無線の交信機を取らせた。


「何だ?」


 不機嫌な態度を隠すことなく無線に出たチェスターに交信機の向こうの男、"アドバイザー"は冷徹な声を発した。


「騒がしいな。また、あの興醒めな祭典を開いているのか?」


「貴様には関係ないことだ」


 苛立ちからか痒くなった新しい傷、カートランドで敵の狙撃手につけられた擦過傷を擦って、無愛想に答えたチェスターに無線の向こうの"アドバイザー"は続けた。


「まぁ、良い。君には新しい任務がある」


「新しい任務?今は休戦中じゃなかったのか?俺達を好き勝手道具のように使いやがって。舐めてると、てめぇの寝首を掻き切るぞ!」


 脅したチェスターの言葉に、だが、"アドバイザー"は全く動じず、機械的な声で答えた。


「調子に乗るな。貴様ら兵士など我々の手駒に過ぎん。お前の命こそ、蛮人どもの命ともども常に我々の手の内にあることを忘れるな」


 肝の座った自らの命令主の声に満足げにチェスターは笑った。そんなチェスターの常人とは明らかに異なる感情の起伏など気にせず、"アドバイザー"は続けた。


「確かに今は休戦中だが、そこにいる蛮族どもは我が政府の軍隊ではない。違うか?」


「あぁ、確かにそうだ」


 チェスターは無線の向こうの"アドバイザー"が企んでいる計画のどす黒さを察して不気味に笑った。


「敵は油断している。今の内に目障りな傭兵どもはお前が片付けろ」


 "アドバイザー"のその言葉を聞き、狗井という解放戦線の指揮官である傭兵の顔を思い浮かべたチェスターはその首を掻き切る愉悦を想像して、満足げに「了解した」と返した。


 "アドバイザー"との交信が終わると同時にチェスターはゆっくりと立ち上がり、即席の闘技場の方へと向かった。


 彼の少年は善戦しており、体格の大きな青年に馬乗りになって殴り続けていたが、闘技場に悠然と乱入したチェスターは少年の背中を引っ張って引きずり倒すと、鼻血を流して倒れている青年に手を差し伸べた。


 一体どういうつもりだ……?


 少年と観客がそんな思いで見守る中、チェスターの優しい笑みに安堵し、差し伸べられた手を握って立ち上がろうとした青年はしかし、次の瞬間、掴まれた頭を百八十度回転させられ、首の骨を折られていた。


 少年が呆然とする中、観客達の中からは抗議の寄声が発せられ、興奮したその内の一人が立ち上がってチェスターに槍を投げようとしたが、その動きよりも速くチェスターはホルスターから引き抜いたベレッタM1934の引き金を引き、男の額に風穴を開けていた。


「時間だ!蛮人ども!出発の準備に取り掛かれ!」


 目の前で反抗しようとした同胞を一瞬の内に射殺されたイガチ族の男達は大人しくチェスターの言葉に従った。彼らに仲間を殺されたことに対する憤りなど無い。ただ、有史以前より戦闘民族の血が流れている彼らを抑えることができるのは力と恐怖のみであった。


 そのことを十分に理解しているチェスターは呆然として直立している少年に自分の荷物を持たせると、"アドバイザー"から与えられた任務を遂行する足を踏み出したのだった。

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