序章 十六話 「新たな戦闘の予感」

 夜が明けて翌日、幸哉達一行は昨日と同じように兵士達の後に続いて、行軍を再開した。天気は前日とは打って変わって、晴天であり、幸哉達の頭上には黄白色に輝く太陽の陽光が照りつけていた。


「暑いな……」


 好晴の下、兵士達の援護を受けながら、山脈を下山する幸哉の胸の中には常に健二の安否を案じる思いがあった。


 自分のせいで危険に巻き込まれたも同然の友人、彼を見つけることはできるのか…。或いは既に死んでいるならば、自分は健二の両親にどんな言葉をかければ良いのか……。


 赤道に近い国の日光に炙られて汗ばむ行軍の中、幸哉は自責の念に悩まされ続けていた。


 傾斜がきついため、楽とは言い難かったが、昨日とは逆に山脈を下山する行軍は難民達のペースも速く、麓の村まで数キロという地点まで三時間ほどで到達した。だが、あと数時間もすれば、目的の村に辿り着くというところで問題が生じた。


「まずいな……」

「ああ……、まずい……」


 何かを見つけ、行軍を停止させた狗井とジョニーが双眼鏡を覗きながら、相談し合っているのを聞いて、幸哉は不安になったが、彼の不安を煽るのは二人の会話だけではなかった。


 今、眼下に見える村からは散発的な銃声が聞こえてきており、集落の数カ所からは黒煙も上がっていた。目的地の村で何かが起こったことは自明だった。ただ、その何かが戦闘であって欲しくはない幸哉は、「大丈夫なんですか?」と狗井に問うたが、答えは彼の不安を増幅させるものでしかなかった。


「下の村が政府軍に襲われている」


 その答えを聞いた瞬間、キャンプでの惨劇を思い出した幸哉は体が小刻みに震え始めるのを感じた。


(また、起こるのか?あんなことが……)


 そんな幸哉の様子など、意識に上らない様子で、兵士の顔をした二人の傭兵はこれから取るべき方策を話し始めた。


「迂回して避けた方が良いかもな……。こっちは難民もいるし……」


 ジョニーの提案は部隊の安全を第一に考えたものだったが、深い溜め息をつきながら目頭を押さえた狗井は「いや……」と言うと、数秒間考えた後、決断を下した。


「見捨てては行けない……」

「だが、難民達はどうする?」


 苦渋の決断を下した狗井にジョニーが疑義を挟んだ。渋い表情で、ゆっくりと幸哉達の方を振り向いた狗井は深い溜め息を一つつくと、その疑問に答えた。


「ここで待機させる」


 その答えにジョニーも溜め息を吐いたが、彼も村人を見捨てる訳にはいかないと思っていたらしく、狗井の決断に反論することなく、携帯していたショットガンに十二ゲージ散弾を装填し始めた。


「村人を巻き込むかもしれんから、迫撃砲と無反動砲は使えんな……」

「置いていこう。それより二つに隊を分けて、こことここから……」


 これから起こる出来事に不安を感じる幸哉と難民達が呆然としている内に、二人の傭兵とズビエ人兵士達は戦いの支度を整え始め、数分の内に作戦の決定と装備の準備を終えた。


「彼らを頼むぞ」


 戦闘の準備を終えた狗井は幸哉のもとにやって来ると、幸哉の傍らで不安そうに縮まっている難民達を見ながら言った。


「必ず、戻る。ここで待っていてくれ」


 そう言って、部隊を率い、村へと向かった狗井の背中を、何も言えずに見送った幸哉は不安とともに強いデジャブを感じていた。


(父さんの時と同じだ……、止めないと……!)


 去って行く傭兵の背中にそう感じた幸哉だったが、武器も生きる知識も持たない彼に兵士達を止める力は無く、幸哉が呆然としている内に、麓の村からは間もなくして、銃声が轟き始めるのだった。

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