序章 八話 「理由のない無力感」

 エディンバにホテルまで送られた後、健二と幸哉はあれほど忌避していた暑いホテルの自室から出ることはなく、夕食もホテルで済ませた。まさか来訪初日で目にすると思わなかったテロに出会ったことによる衝撃と恐怖で二人とも外に出る気分になどならなかったのだった。結局、その日は翌日に医療支援活動が控えているから早く寝ようということで、幸哉と健二は午後十時くらいには床についていた。


「本物のテロなんて、初めて見たぜ……」


 布団に入ったものの眠れないのか、健二が幸哉に話しかけたが、幸哉は答えなかった。幸哉の聴覚には昼間に聞いたエディンバの言葉が永遠と反芻して聞こえていた。


 ようこそ、ズビエへ……。


 大した意味は無かったのかもしれないが、含みのある言い方もあったせいか、その言葉が幸哉の頭の中からずっと離れないのであった。


(この国の人達はあんな危険も日常として暮らしているのか?自分が爆弾テロに巻き込まれる事さえも日常として受け入れて?)


 爆発した検問小屋から下半身を失い、臓器を道路に引きずりながらも這いつくばって、炎から逃げようとする警衛の姿……、八百メートルも離れた距離から見た爆発の光景にそんなものは見えなかったのに、幸哉の脳裏には想像力がそんな凄惨な光景を映し出すのだった。


(俺は、この国を変えられないのか……?)


「明日は楽しみだな」


 その言葉にも返事をせず、隣のベッドで布団に入ったまま、宙空を見つめている幸哉に気がついた健二は深い溜め息をついた。そして、忠告した。


「幸哉……、俺にとってお前は大事な友達だ。だから言っておく……」


 健二の声は先程までと違って真剣だった。幸哉はその声に思わず、親友の顔を見やった。


「変なことは考えるな。英雄になろうとして死ぬなんて馬鹿らしいからな」


 そう言うと、健二は布団にくるまってしまったが、親友が眠りについた後も、幸哉は得体の知れぬ無力感と義務感に悩まされ続けるのだった。





「ヘーイ、ボーイズ。昨日は眠れたかい?」


 朝になり、幸哉と健二が荷物を整え、ホテルの一階ロビーに向かうと、ラウンジで待っていたエディンバが昨日と同じ陽気な笑顔で迎えてくれた。幸哉は正直なところ、昨夜の物思いのせいで寝不足だったが、悟られないように笑みを浮かべて頷いた。


「バスはもう来てる。みんな、君達を待ってるよ」


 エディンバについていくと、ホテルの前の道路に一台のバスが止まっていた。


「やぁ、皆さん。おはよう。こちらが日本から来られた若者達です」


 バスに乗り込むと同時にエディンバが陽気な声で幸哉達を紹介した。大型バスの車内にはNPOの医療支援スタッフやジャーナリストなど、世界中から集まった人達が乗っており、彼らと軽い挨拶を交わした健二と幸哉はイギリス人カメラマンが開けてくれた席に並んで座った。


「それじゃあ、出発します!運転手さん、今日も宜しくお願いします!」


 エディンバの快活な声とともに、バスは郊外の難民キャンプへと向けて出発した。舗装されていない砂利道を走り、激しく揺れるバスの席で幸哉は異国の地の景色を眺めながら、これから自分を待っているであろう地への不安と期待を膨らませていた。

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