第43話 蜂蜜の依頼1

 受付嬢のマリアさんの前に座った僕は、身分証と二枚の依頼書を差し出し


「一枚は清算で、もう一枚の蜂蜜の依頼書は受付をお願いします」


 相変わらずの無表情で身分証と依頼書を受け取ったマリアさんだったが


「清算承りました。ですが、もう二層に進出されるのですか?」と尋ねられた。


 無表情だが、どこか非難するように見えるのが不思議だ。


「はい、僕も、もう少し時間をかけてから二層に移ろうかと考えていたんですけど、召喚精霊なんていうものを……」


 突然マリアさんが、手のひらで合図して僕の話しを止めた。


「ご信頼頂けるのは有難いですが、ご自身のスキル等の開示は慎重になさって下さい」


 僕は自分の迂闊さを反省した、受付の場所は担当毎に簡単な板で区切られているが、声を遮る程ではないのだ。


 僕は今度は、端から聞けばパーティーの仲間の話のように聞こえるように注意しながら、ルピナスの索敵能力や戦闘時の牽制役、釣り役としての優秀さについて説明した。


「なるほど、レッサーラビットを三匹も納品されたのですから事実なのでしょうね……レッサービーは単体ではレッサーラビットより弱いですが、集団で行動しますのでくれぐれも、ご注意下さい。レッサービーについてはご存知ですか?」


 僕は、じいちゃんから三層迄に出現する魔物については色々聞いていたので、およその事は知っている。


「麻痺針に注意するのと、複数を一度に相手にしないようにするんですね、僕には優秀な釣り役がいますから」僕の返答にマリアさんは


「そうですね。お仲間は釣り役としては優秀かもしれませんが、攻撃力が弱くて一匹を任せられないようですね。二匹以上を同時に相手にする場合を想定して即撤退の判断や退路の確保をお忘れにならないように」

 

 そう注意しながら、依頼書に受付印を押してくれたのだった。


◻ ◼ ◻


 僕は清算して貰い探索者ギルドを出た。今回の狩りの収入は一匹当たり依頼書の特別報酬の大銅貨一枚を含めた大銅貨六枚になった。


 僕の手には今、レッサーラビットと皮の代金の銀貨一枚と大銅貨九枚、そして魔石代の銅貨五枚があった。


 一日で銀貨一枚の収入があれば、猪鹿亭の広い部屋にも移れるが、とてもそんな気になれなかった。


 今の部屋が気に入っているのもあるが、装備の維持費や新調するにしても武器や防具が余りにも高価すぎて、以前なら大金に思えた銀貨を一日で稼げた事にも感動は薄かった。


 (何だかここ数日で金銭感覚が少し麻痺したみたいだ……)


 僕がそんな感慨に耽って歩いていると……


「さあさ! ローダンヌ商会直営の蜂蜜菓子と蜂蜜ミルク茶の専門カフェ、本日開店だよ!」


 (何か変わった建物だなと思っていたけど、食べ物屋だったんだな)


 中央通りに新しく出来たカフェなるものに、若い女性や、上品そうなご婦人方や、それに随伴してるらしい高級な身なりの紳士風の男性達で凄い行列になっていた。


 お店の雰囲気も高級感溢れる中に、女性受けの良さそうな可愛い雰囲気もあった。


「ここは男には少し厳しい場所ですな」ある紳士がぼやいていて、それに相槌をうつように


「全くですな、妻に煩く言われなければ近寄る事もないものを……」と嘆きながら奥さんらしき人に引っ張って行かれた。


 (男性には不評みたいだな、まあ僕にも縁はなさそうだけど……)


 僕はそんな事を考えながら、その場を通り過ぎた。


 だが実際には僕にも全く関係ない訳ではないのを知るのは、その後だったのだ。

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