第236話 トップダウン

「いやいやいやいやちょっと待てお前ら! なんでお前ら揃ってそんなお互い納得したって顔してんだ!?」


 話の内容からしてオレだって当事者の一人であるはずだが、何故こんな疎外感を感じているんだ? てか、これは一体どういう話だ? まったく理解が追い付かない状況に対する説明を求めると、動揺してるこっちがおかしいのかと疑いたくなってくるぐらい落ち着いた表情で二人の視線がオレに向く。


「察しが悪いな。フィー君も自分の気持ちに素直になって、ファルちゃんのことも幸せにしてあげていいって言ってるんだよ。まったく、私が理解ある奥さんでよかったね。感謝してくれていいよ?」


 ふふん、と鼻を鳴らすドヤ顔のティクス。状況が呑み込めないことに加えて、こいつのこの表情には苛立ちを禁じ得ない。久々に鼻に一撃くれてやろうか…。自然と声も荒っぽくなってしまう。


「理解あるとか感謝していいとか、そんな言葉が聞きたいんじゃねぇ! 一体何がどうしてこうなった!?」


「解んないかなぁ? ファルちゃんがフィー君を追いかけてこんな空の上まで来てくれたんだよ? フィー君も私も散々お世話になったファルちゃんが、だよ? これまで受けてきた恩を返すチャンスが巡ってきたんだよ」


 何一つ解らねぇ…いや、妻の口走ってる言葉は理解出来るが、それが何故こういう話になってるのかが繋がらない。こいつさっき浮気OK的なこと口走ってなかったか? そこに今の言葉はどう繋がるんだ?


「フィー君、前に言ってたじゃない。自分に『出来ること』と『すべきこと』、そして『やりたいこと』…ってヤツ。私はね、それにもうひとつ付け加えるべきだと思うんだ。それは、『自分にしか出来ないこと』かどうか。ファルちゃんがどういう人か、フィー君だって充分過ぎるくらい理解してるよね? もうフィー君以外の誰にファルちゃんを幸せに出来るって言うのさ。フィー君だって、ファルちゃんに幸せになって欲しいって思うでしょ?」


「それは…いや、だからってそんなの認められるはずが…!」


「お話は伺いました!!!」


 そんな言葉と共に、唐突かつ無遠慮にドアが開けられた。取り込み中に一体どこの誰が何用だと若干キレながら振り向くと、そこには…。


「ファリエル提督!?」


 あんたカイラスたちと会談中じゃなかったのか? ていうか何故このタイミングでここに…。どうにも嫌な予感しかしない、更に混沌とした状況になりそうだと第六感が騒いでいる。


「あなたがシルヴィ・レイヤーファルさんですね、あのミレットを二度も撃墜したエースパイロットにお会い出来て光栄です。先程カイラス中佐から伺ったのですが、私たちマホロバに参加の意思をお持ちとか?」


「はい、もし可能ならば…ですが」


「もちろん、歓迎致します。カイラス中佐と共にグロキリア計画の全容を解明したことでその能力の高さは既に示されていますもの、我々と共に歩んでいただけるのならとても心強い」


「それでは、娘共々お世話になります。よろしくお願いします」


「はい、こちらこそ。では現時刻をもってあなたはこのアマテラス搭乗員と致します。もしフォーリアンロザリオから運び入れたい荷物などがある場合には、所定の書類で申請してください。解らないことは二人やチヒロに訊けば…」


「ちょ、ちょっと待ってください! 提督、そんな簡単に決めてしまっていいんですか!?」


 なんなんだ、なんでこんなトントン拍子で話が進むんだ? 正直展開の速さについていけない。


「何故です? 願っても無い申し出じゃないですか。実家から縁談の連絡があったミコトを本国に帰してしまったところでしたし、ブリッジに優秀なオペレーターが一人欲しかったんです」


 表情だけ見ればいつもの柔らかな笑顔だが、その眼には鋭い輝きがあった。まさかクロートーを地上に降ろした時点でこうなることを予測していたのか? あの女王ルティナがそうであったように、この人もまた高名な能力者であることを思い出して背筋に冷たいものが走る。


「それから…いくつか伺いますが、大佐は何故先程の話が認められないとお考えで?」


「先程の話?」


「シルヴィさんとのことです。ティクス中佐に異論も無いようですし、私は認めてもいいと考えていますが…」


 その発言にティクスとファルの視線がオレに突き刺さる。…だんだん頭が痛くなってきた。


「い、いや…そりゃ、現代社会ってのは一夫一婦制が一般的であって…」


「一夫多妻制を採用している国も世界には多くありますよ。まぁ、その多くが人口を増やすことを重視する途上国であることは否定しませんが…そもそも何故これほど一夫一婦制が広く採用されているかについてはご存知ですか?」


 採用された理由なんて政治家でも歴史家でもないオレには興味も無ければさっぱり知らない。「そういうもの」というイメージが強過ぎて、そこに疑問なんて感じたことも無かったし…。


「宗教的な理由であったり、やっぱそういう道徳的な観点から…」


「それは後付けの理由ですね。一夫多妻制を採用している国の多くは、戦争や病気などにより平均寿命が短い状況にあることがほとんどです。過去に一夫多妻制を採用していた時代があった国も、情勢の安定化や生活環境の水準が上がったことで平均寿命が延び、一生を同じパートナーと添い遂げることが現実的になった時点で一夫一婦制へ移行しているというのが実情です。まぁ元々が女性を取り巻く情勢が不安定な時代に、養える能力を有する男性の許で複数の女性が助け合いながら比較的安定した生活を手に入れられるようにと考えられた福祉的な意味合いの強い制度なんです。そこまでする必要が無くなったことや戦争が頻繁でなくなったら近しい者同士の諍いが増えたことで、摩擦の種を減らそうという配慮から一夫一婦制になったという話です。または医療技術が充分に発展する前、感染症の拡散を防ぐという観点から信頼に足る相手と添い遂げた方がリスク回避に繋がるので…という説もありますね」


 そう言われると、なるほどそうなのかと思える部分もある。さすがはセレスティア家の現当主、政治に関する部分は英才教育を受けてきているということか。


「しかし今この情勢下ではどうでしょう? 時代に合わせて法も制度もその姿を変えるべきなら、第二次天地戦争で失われた人口を思うように取り戻せていない現状に即した姿へ変わるべきなのではないでしょうか? フォーリアンロザリオが保有していた医療特許開放に伴い、医療水準は世界的に飛躍的な進歩を遂げ、治せない病気や怪我は無いとさえ言われるほどです。感染症などのリスクを警戒する必要も無く、その方が多くの人が幸福に生きる可能性を増やせるのなら…そういう選択肢もあるのではないかと私は思います」


 …なんだろう。なんかもっともらしいことを並べられてるだけなようにも聞こえるけど、なんとなくそうかもって気にさせられそうになるのは相手が元ルシフェランザ連邦最高評議会議長である故なのだろうか。


「一夫一婦制のフォーリアンロザリオに生まれ育ったフィリル大佐が複数の配偶者を持つことに抵抗感があるのは当然でしょうが…マホロバは特定の国家に属さない超国家武装組織であると同時に、準独立国家としての性質を持つことも認められています。そしてそのマホロバの最高権力者たる提督はこの私…あえて言いましょう、マホロバにおいてこの私こそが法律そのものなのです!」


 どうだ、と言わんばかりに胸を張るファリエル提督。つまり提督が是と言えばそれは是であると…まぁ軍ってのはある意味じゃそういう面があってもおかしくは無い環境ではある…けども! 若干眩暈まで覚え始めた時、ファリエル提督の背後にぬっと黒い影が現れた。


「…そういう思い上がりを正すために、ぼくがいるということも忘れないで欲しいね」

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