第235話 永遠の恋敵

「えっとだな…ファル、君の意思は理解した。でもマホロバだって何も無限に構成員を求めてるわけじゃないし、アマテラスの乗員数にだって限度がある。君は優秀だし実績もあるから、また同じ組織で働けるなら心強いが…それもオレの一存でどうこう出来る話じゃ…」


「つまり、マホロバへの参加資格とアマテラスへの乗艦許可をもらえれば、また私はあなたの傍で働ける…傍にいてもいいということですね?」


 こっちが言い終わる前に言葉を被せてくるファル。その気迫に押されて深く考えもしないまま「あ、ああ」と生返事を零した直後に、しまった…と後悔が押し寄せる。弁解する間もなく、両腕でオレの頭を抱えるようにして彼女の胸に顔を埋める格好にさせられた。


「有難う御座います、フィリルさん! 大好きです」


 頭上から降ってくるこっ恥ずかしい台詞と今自分が置かれてる状況に顔が熱くなる。あ~もう、まったく…十年前からこんなんだったっけ? もうちょっと大人しい印象だった気がするんだけどな…。


「解った、解ったからちょっと離れ…」


 拘束から逃れようとファルの体に手を掛けたその時、部屋のドアが勢いよく開く音がして…。


「フィー君! ファルちゃんたちが来て…る、て…」


 終盤途切れ途切れになっていったティクスの声。次女が生まれて医務室から出るのはもう少し先だと聞かされていたんだが…なんでこんな時、こんなタイミングで。


「な…なな、ななな……」


 戦闘機で空を飛んでる時と同じくらい脳味噌はフル回転してるが、この状況を好転させる策は何も思い付かない。嫌な汗が背筋を伝い、この状況をどう説明したものかと思考を巡らせる。


「てぃ、ティクス…。えっと、これは…その…」


 とにかく口を開くも、思うように言葉が浮かんでこない。というか、もうあれか? 何も喋らない方がいいか? そんな諦めが胸裏に浮かぶ中、「ぬゎにしてんのさぁぁぁあああああ!!!」という妻の絶叫が部屋に木霊した。




 懐かしい顔触れがアマテラスに来ると聞いて、まだ体力が戻っていないけど居ても立ってもいられず生まれたばかりの次女を医務室のスタッフに預けて部屋に戻ったら…何この状況!?


「何してる…って、見て解りませんか?」


 つまらなそうな顔をしながら冷たい…というほど冷めてはいないものの生温い視線を向けてくるファルちゃん。その両腕でしっかりとフィー君の頭を抱き締めて、放すどころか更に体を密着させたように見える。フィー君も何か言おうとしてるみたいだけど、顔をファルちゃんの胸に押し付けられているせいで、もごもごと意味を成さない音に変換されてしまう。


「と・り・あ・え・ず、妻帯者抱き締めながらなんでそんな『さも当然』って顔出来るのか問い詰めてもいい?」


「親しい間柄なら、抱擁は挨拶みたいなものですよね? まぁ私がこんなことするのは、フィリルさんにだけですけど…」


「とにかく! フィー君も困ってるじゃない、は~な~れ~て!」


 言っても視線がどんどん冷ややかなものになるだけで一向に私の旦那様を放そうとしないファルちゃんだったけど、身をよじってどうにか顔だけ密着状態から脱出させたフィー君が「ファル、頼むから一旦放してくれ」と言ったら渋々体を離す。…フィー君の言うことには素直に従うんだなぁ。相変わらずの忠犬っぷり。


「ふぅ…え~っと、ティクス。一応オレに弁解の機会はもらえるのか?」


「ん? ん~、弁解…かぁ」


 フィー君の隣に駆け寄り、ファルちゃんとの間に割って入る。ひとまず衝撃的過ぎた状況を収束させることは出来た。二人の顔にそれぞれ視線を走らせ…およ? 旦那様の右目の色が変わってる? …けどまぁ、とりあえず今はいいや。一度気持ちを落ち着けて考えてみる。たった今見せられた光景の精神的破壊力は、確かになかなかだったけど…。


「まぁ、二人が抱き合ってたからって即浮気だ~なんて騒ぎ立てる気は無いよ。ちょっと過激なスキンシップだとは思うけど、相手は他ならぬファルちゃんだしね」


 これで相手がミコト大尉だったら、フィー君から譲ってもらったリボルバーが火を噴くぜ…という部分は飲み込んでおくことにした。あの人だけはダメ、絶対。


「…なんで私なら許容出来るのか、理由を聞いてもいいですか? フィリルさんが私を選ぶことは無いとでも?」


「あ、いやそうじゃないよ? むしろフィー君が私以外でパートナーを選ぶとしたらファルちゃん以外あり得ないと思うし」


 十年前には恋敵として争った仲だ。ファルちゃんがどういう人間かは理解してるつもりだし、あらゆる面で超絶ハイスペックだということも知っている。ぶっちゃけ私じゃ軍人としても女としても敵わない部分は多分にあると思う。


「でも…うん、そうだね。さっきあんなリアクションしちゃっといてなんだけど、そんなファルちゃんが相手なら…まぁちょっとくらいの浮気なら許しちゃえそうな気がするなぁ」


 そう言葉を発した途端、表情が凍り付くフィー君とは対照的にファルちゃんの眼は鋭く輝いた。


「…なんですかそれ、正妻の余裕とでも言いたいんですか? 実に不愉快です、フィリルさんベッドはどこですか?」


「いやいや待て待て待て待て待て! こいつはなんの冗談だ!? ティクス、お前何言ってんの!?」


 辺りをキョロキョロと見回しながら腕を絡ませてきたファルちゃんを振り解き、フィー君が詰め寄ってきた。襟首を掴まれ頭を前後に揺さぶられる。おおぅ、最近じゃ滅多に見れないレベルで動揺してるね旦那様。


「だだだだってさ、フィー君も言ってたじゃん? ファルちゃんには散々世話になってたのに何も返せてないって悔やんでたよね? 私だってそうだよ、ファルちゃんがいてくれたからあの戦争を生き抜くことが出来たって思ってるもん。そんなファルちゃんが戦後に退役を…フィー君の傍を離れる決断をした時に私、気付いてたんだ。グロキリア計画阻止に動いてくれるんだって。いつでもフィー君のためにって頑張ってきたファルちゃんが、自分から愛する人の傍を離れる道を選ぶなんて…他に考えられなかったしね。ファルちゃんが動いてくれてるって思いがあったから私は安心してフィー君の傍にいられた。だからファルちゃんには本当に感謝してるの」


「グロキリア計画の存在に気付いていて、それで動かなかった…ということですか? あなたはいつも…!」


 ファルちゃんの金色の瞳が冷たく私を睨む。あ~うん、ファルちゃんの言いたいことは解る。戦時中、いつだってフィー君を支え、そのために誰より努力を重ねてきた彼女からして見れば、私はいつだって自分では何もしない人間と見られてても不思議じゃない。その評価は…悲しいことに正しいって自分でも思う。あの頃の私がPTSDを理由に何もしないポンコツ人間だったのは紛れも無い事実なのだから。


「だから…ファルちゃんも幸せにならなきゃ、それだけのことを重ねてきたんだもの。あ、でもフィー君の一番の座は譲らないよ?」


 フィー君の背中に右手を回して体を抱き寄せ、左手は口元に寄せて人差し指を立てる。


「…ふん、そうやって余裕かましてられるのも今のうちです。必ず勝ち取って…いいえ、取り戻して見せますから、私の居場所を」


 不敵な笑みを浮かべるファルちゃん。彼女は第二次天地戦争において最強の戦闘機部隊である運命の三女神隊が操る最強の戦闘機ハッツティオールシューネを初めて撃墜し、空中戦だけじゃなく情報の収集や処理にも長けたフォーリアンロザリオ軍最強の天才パイロット。普通に考えれば絶対敵に回したくない相手…だけど、彼女にはこんな風に自信に満ちた顔をしていて欲しいし、なんだかこんな関係がしっくりくるって感じてる私がいる。ふふ、ファルちゃんとは一生の付き合いになりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る