第232話 相変わらずな二人

 今日は父さんから大切なお客さんが来るって聞かされてる。母さんは妹のスィアナが生まれたばかりで、まだ医務室から出られないらしい。…で、それが何を意味するかというと。


「ねぇねぇフリッツ、今度は何をして遊ぶ? カードゲームも飽きちゃったよね、おままごとでもする? それともお医者さんごっことか?」


 姉弟二人きりでお留守番、それが自由気ままな子供だけの時間…であるはずも無く、オレにとっては姉ちゃんからの過剰なスキンシップに耐え続ける試練の時間となっていた。


「…あのさ、姉ちゃんと遊ぶのは別に嫌じゃないんだけど、今出てきた二つはさすがに嫌かな。それにエルダ先生から出された宿題、まだ終わってないし」


「じゃあ水鉄砲で遊ぼう!」


「水は貴重だから無駄遣いするなって、こないだ父さんに怒られたばっかじゃん。書き取りと音読の宿題あるんだから、邪魔しないでよ」


「じゃあお姉ちゃんが宿題手伝ってあげる!」


 あ~もう、姉ちゃんといたら何も手に付かない気がする。今日は家で大人しくしてろって言われてたけどもう駄目だ。居住区画歩いてた方が全然楽しい。そう思って家から出ようと外へ通じるドアをくぐろうとしたら姉ちゃんに捕まった。背中から抱きつかれて振り解こうとするけど、もがいているうちに足を滑らせて床に倒れ込む。


「駄目だよフリッツ、今日はお姉ちゃんとお留守番って父さんに言われてるでしょ?」


「い~や~だ~、オレは外に出るんだ~!」


 外って言っても居住区画から出られるわけじゃないけど、一番外側まで行けば窓から青い空に浮かぶ雲を見ることが出来たり、運が良ければ見回りから帰ってきた戦闘機が飛び抜けていくところに出くわしたりと思わぬ収穫があって楽しい。居住区画のほぼ中心にある商業区画にはいろんなお店もあって賑やかだし、今日は休みのはずだけど保育所まで行けばエルダ先生に会えるかも知れない。


「だ~め、今日はお姉ちゃんとお~る~す~ば~ん!」


 まだ体力的にも姉ちゃんの方が勝っているので、組み敷かれると抜け出せない。どうにもならないのか…半ば諦めかけたその時、不意にドアが開いて誰かが入ってきた。視線を上げるとオレと姉ちゃんをしかめっ面で見下ろす父さんがいた。


「…何やってんだ、お前ら」


「あ、おかえりなさい」


 何食わぬ顔で返事をする姉ちゃん。父さんはひとつ溜息を吐くと、オレから姉ちゃんを引き剥がしてくれた。ああ、自由って素晴らしい。


「さて…フリッツ、お前にひとつ頼みがある」


 頼み? ふと父さんの後ろに知らない女の人が立っているのに気付いた。綺麗な銀色の髪に金色の目…片目を眼帯で塞いでるけど、綺麗な人だなぁなんて見惚れていたら目が合ったので反射的に軽く頭を下げる。


「オレはお客さんと話があるから、その間この子…シャーリーに居住区画を案内してやってくれるか?」


 父さんの視線を追うと、女の人の後ろから体半分を覗かせる女の子がいた。どんなお使いであれ、ここで姉ちゃんと二人で過ごさずに済むのなら大歓迎だ。解った、と頷く。


「父さん、まさかフリッツを他の女と二人っきりにするつもり!? まだ四歳の子供なのよ!?」


「あ~はいはい、ウェルフィーもついてってくれ」


 なんだ姉ちゃんもついてくるのか、ちょっとげんなり…。すると小さな足音が聞こえ、振り向くとさっき父さんがシャーリーって呼んでた女の子がすぐ近くまで来ていてびっくりした。


「…えっと、あなたがフリッツくん…ですね? シャーリーです、初めまして…です」


「あ、うん。こちらこそ」


 なんだか身内以外の女の子相手ってのもあるけど、妙に落ち着かない。思わず目を逸らしたオレをきょとん顔で見つめてくるが、気恥ずかしさで脳味噌が沸騰しそうになったので「ほら、行こうぜ!」とか言いながら彼女の手を掴んで外へ出た。




「ああ、待ってよフリッツ! あんの泥棒猫、私のフリッツを返せ~!」


 耳まで真っ赤に染めながらシャーリーの手を引いて廊下を駆けていったフリッツ君をウェルフィーちゃんが追いかけていく。ここに来る前に聞いていた通り、弟のことが大好きらしい。


「まったく、ウェルフィーのブラコンっぷりにも困ったもんだ。妹が出来て多少は落ち着いてくれると嬉しいんだが…」


「いいじゃないですか、仲良きことは美しきこと哉…ですよ」


 単に仲がいいだけなら、な…と苦笑いを浮かべながらリビングへ案内してくれる。アマテラスの居住区画…なんとなくアレクトのものを想像していたけど、レベルが違った。それはそうか、乗組員が家族ごと暮らせるように造られているのだ。軍艦というよりも、ひとつの都市…いや、国家そのものであると考えた方が正しいように思う。さっきまでいた格納庫などの軍事区画以外に、居住区画や商業区画もあるし学校なんかも整備されている。これだけのものを、元を辿れば一個人の呼び掛けから集まった有志だけで作り上げたというのだから驚きだ。


「国は落ち着いたのか?」


「はい、大統領も頑張ってくれていますから」


 落ち着いた雰囲気のリビングに通され、促されるままソファに腰を下ろす。


「あのノヴァ司令が、今や大統領か…。最初に聞いた時はなんの冗談かと思ったが」


「政治屋共にとっては女王に代わるシンボリックな存在が必要だった、バンシー隊所属基地の司令を務めた経歴は魅力的だったんでしょうね。まぁあの御仁なら連中の傀儡になることも無いでしょうし、国を託すにはいい人選だと思いますよ」


「ああ、確かにまったく知らない人間よりは任せてもいいって思えるな。…ほれ、お茶でよかったか?」


 上品なティーカップに注がれた紅茶からは薄く湯気と共に鼻腔を擽る香りが立ち上る。テーブルを挟んで反対側に座るフィリルさんの手にも同じようにティーカップが握られているのを見て、お礼を言いながらカップを手に取る。


「…なんだか思い出しますね、こんな風に二人でお茶を飲んでいると」


「ん? ああ、プラウディア戦の出撃前か?」


 同じ記憶を思い描けてもらえたことに、飲んだお茶とは違う温かさが胸に宿る。


「考えてみりゃ、もうあれから十年になるのか。歳も取るわけだ…」


「ふふ、まだ老いを気にするような年齢ではないでしょうに」


「いやぁそれでも時の流れは感じるよ。あの頃は世界がこんなことになるなんて思いもしなかった」


 とはいえアルガード連合に加盟していない国はもちろん、加盟国の間でもマホロバに対する見方は様々だ。やはり軍の解体という条件はハードルが高く、そこに対する国内の反発を理由に連合を脱退した国もある。

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