第230話 王国崩壊から三年後

 真っ白な綿雲の脇を通り抜け、フォーリアンロザリオから飛び立った中型輸送機「ヘルメス」は高度を上げていく。マホロバとの協調路線を歩むという決定に合わせてアマテラスに着艦出来るようにと開発された輸送機で、航続距離と輸送能力そのものは既存の輸送機「リーベラ」に劣るものの、スピードと上昇可能高度に優れている。連絡用特別仕様機とも呼べる機体だ。


「…三年も経ってしまいました」


 マリオネイターシステムの目を盗んで収集した匣庭とグロキリア計画についてのデータは、電子的にも物理的にも分散して保存しておいたため回収に時間がかかり、更に自分自身で組んだ二重三重どころではないプロテクトを解除して新政府に提出。しかし、ただデータを渡しただけでは理解してくれない連中からの事情聴取に協力してあげていたら予想していたよりも大分時間がかかってしまった。

 王政を廃止してエルネスト・ノヴァ大統領の下、幅広く地方自治を認める合衆国へと生まれ変わったフォーリアンロザリオ。匣庭とグロキリア計画の存在は数々のデータから立証され、女王ルティナの指示で行われていた数々の非人道的な実験や拉致、殺人の証拠も公開された。

 それらの事実が国内外に与えた衝撃は小さくなく、当時の政府官僚に対する不満の声は大規模なデモという形で爆発し、当初新政府にオブザーバーとして参画する予定だった元閣僚連中は国外へと姿を消す羽目になった。本人たちは理不尽に感じるんだろうが、怠惰と無関心の報いだ。


「もうすぐ着くわよ、シルヴィ」


 シートに腰掛けながら機体側面の窓から外を見ていた私に、カイラスさんが声を掛けてきた。マホロバの支持を表明してから軍はその規模を段階的に縮小させており、数年後には完全に解体されてマホロバに統合される予定となっている。それに伴って現在フォーリアンロザリオではアマテラス級空中空母「シェヴン」、ツクヨミ級空中巡洋艦「ロヴン」、スサノオ級空中戦艦「ヴァール」が建造中だ。完成すれば二つ目の空中機動艦隊となるそれに、彼女もいずれは搭乗することになるだろうという噂は聞いている。


「カイラスさんは初めてでしたよね、直にアマテラスを見るのは」


「そうね。あんなバカでかいものが空に浮かんでいられるなんて、正直未だに信じられないけど…」


 第二次天地戦争終結後に生まれた、フォーリアンロザリオとルシフェランザを筆頭に多くの国々が参加するアルガード連合には新たにウェルティコーヴェンが加わった。加盟と脱退はフォーリアンロザリオの混乱で多少ありはしたが、世界の七割が参加する巨大な超国家組織となった連合は今や超国家統治機関のような役割を担い始めている。

 そんな連合加盟国は現在ウェルティコーヴェンの呼び掛けから持ち上がった軌道エレベーター建造計画を進めている。大気圏内における太陽光発電の効率の悪さを解消すべく、宇宙空間に設置した太陽光パネルで発電した電力をダイレクトに地上へ送電するための超巨大建造物。「ユグドラシル」と名付けられたその巨大な塔を建設する前段階として、ゆくゆくは軌道エレベーターの頭頂部にドッキングする国際宇宙開発プラットフォーム「フレスベルグ」の建造は既に始まっているらしい。これには無重力空間における実験・研究施設の他に、軌道上から地上へのミサイル攻撃を可能としているイワナガ級航宙駆逐艦や、大気圏内への再突入及び再離脱能力を有し、空中機動艦隊各艦への空中での補給と整備を可能とするサクヤ級航宙補給艦から成る航宙軌道爆撃支援艦隊が補給と整備を受けるためのドッグ機能も付与される予定だ。


「あ、おいカイラス! 見えてきたぜ!」


 私たちとは反対側にいたアトゥレイさんが窓に顔をくっつけるようにして目を輝かせている。


「あんたね、子供みたいにはしゃがないでよ恥ずかしい!」


「いやだってお前、すっげぇぞあれ! 超でけぇ! はは、バカと冗談がてんこ盛りだな! 笑うしかねぇ!」


 メルルさんとソフィさんにも声を掛けたらしいけど、二人は都合が合わずここにはいない。


「んん…」


 すぐ隣から小さな呻きが聞こえてきた。私と同じ色の髪と瞳をした、今年で四歳になる娘が眠そうに目をこする。


「シャーリー、そろそろ起きなさい。アマテラスに着きますよ?」


「…はい、母様」


「あ~もう、あんたが大声出すから起こしちゃったじゃない! ごめんね、シャーリーちゃん。あのバカは後ではっ倒しておくからね」


 カイラスさんみたいな人でも子供には優しいのか、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて娘の頭を撫でる。私が匣庭とグロキリア計画のデータを集めて提出したり事情聴取を受けたりしている間、私と娘の監視役兼身元引受人になってくれたカイラスさん。私が途中で逃げ出さないように見張り、仮に脱走を企てようとしてもそれを阻止する能力…そうした点を鑑みて彼女が適任だと判断された。

 確かに戦時中アトゥレイさんが日頃受けていた鉄拳制裁を知る私としては、あれが自分に向くリスクは冒せない。それに気心知れた相手との共同生活というのも私にとっては非常に助かる状況だった。事情聴取の合間には町で一緒に買い物したり、普通の友人のように接してくれたのも有り難かった。


「はい、お願いします…です」


「え、いや、ちょ…勘弁してくれよシャーリー! 今の言葉は非ッ常に重い意味を持つってことは解るだろ?」


 アトゥレイさんの必死な懇願に耳を貸さず、娘はぷいっとそっぽを向く。そのアトゥレイさんの肩をガシッと掴むカイラスさんの表情は私や彼にとって見慣れた「凍てつくような笑顔」。この二人の関係性や接し方というものは、結婚した後も変わらないらしい。


「私はあんたに、一年以内には父親になる自覚を持てって常日頃言ってるわよね? いつまでもガキみたいなことして…地上に降りたら覚えてなさい? たっぷりお灸を据えてあげるわ」


「お、お手柔らかに頼むぜ…」


 冷や汗をだらだら流しながら引きつったアトゥレイさんの笑顔もとっくに見慣れた。そうこうしているうちに窓から差し込んでいた陽の光が何かに遮られ、機内が若干暗くなる。アマテラスの翼の下に来たのだ。もうすぐ…もうすぐあの人に会える。そう思うだけで、自然と胸が高鳴るのを感じる。用意してきたプレゼントも喜んでくれるかな…なんて、私もアトゥレイさんを笑えないな。

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