第222話 協力者

 それから山間部の廃別荘や郊外の廃団地なんかを宿にしながらフィンバラまで戻ってきた。町へは深夜を待って入り、彼は迷うこと無く一軒のブティックへと私を連れてきた。そこで戦時中彼の部下だったという三人の女性と出会い、特に詮索することも無くこの衣装と部屋を提供してくれた。


『大尉にはとてもお世話になりました。たとえどのような状況であっても、私たちは大尉の味方ですよ!』


『でも無償提供…って言ったら大尉だって気分よくないでしょう? だから、私たちの店の広告塔になってください。いやなに、変装がてら衣装着て写真撮らしていただいて、あとは街中を適当に歩いてくれればそれでいいですから』


『街を歩いてもバレないよう別人に仕上げてみせます! 大丈夫です、お化粧には自信があります!』


 そんな風に言われながら風呂に担ぎ込まれ、それを終えたら裸のまま全身を採寸された。数時間の睡眠を経て翌朝起きた時には既に服が用意されていた。偽物の胸まで付けて見事に女の子化されたイーグレットと共に、自分でもしたことの無いような化粧を施されてカメラの前に立たされたり…匣庭を出た後、色々なことに手を染めてきたがこんなのはさすがに初体験だった。撮った写真は焼き増しして彼女たちの友人に配られるそうだ。イーグレットに化粧を施したり衣装を着せたりしている時のキラキラと目を輝かせる彼女たちの表情は忘れられそうに無い。

 そんなこんながあり、現在に至るわけだが…確かに街を歩いていても気付かれる雰囲気も無く、気恥ずかしさにさえ耐えれば自由に出歩けることのメリットは大きい。


「…さて、今日の買い出しはこんなところかな。そろそろ戻ろうか」


 元々中性的…男性としては高い声を持つイーグレットは口を開いても男だとは思われない。片手にはド派手な刺繍やレースが散りばめられた日傘を、もう片方の手にはこれまた彼女たちが用意した無駄にフリフリしたトートバックに買った食糧品が入っている。こういうデザインが流行りなのだろうか? いや、街中を歩いていても周りから奇異の視線が容赦なく突き刺さるから多分そうじゃない。ブティックに戻り、買ってきた食糧品を住居になっている二階に運ぶ。

 冷蔵庫の空白を埋めながら、ふと周りを見回す。ここの主たる三人は今一階の店舗で接客をしていたので、しばらくの間この部屋にはイーグレットと二人だろう。


「…ねぇ、そろそろ聞かせてもらってもいい? まさかここが終着点ってわけじゃないんでしょ?」


「うん、まぁ今のところはしばらく連絡待ちかな」


 連絡待ち…他にも女王を殺害した大罪人である彼を助けてくれるような人間がいるということなのだろうか。


「その連絡とやらが来たら、どうなるの?」


「国外へ逃げる。安心していい、信頼出来るし力も持ってる相手だから」


 一体どうやって彼のような人間がそれほどの人脈を構築したのか…。女王への反逆も、それなりに準備されて計画したものだということは想像に難くない。


「それは心強いわね。…でもイーグレット、私が一番訊きたいことはそこじゃないの」


 私が訊きたいこと…それを察してか、ひとつ溜息を吐くと右手でおもむろにウィッグを外し「化粧を落として部屋に行くから、待っててくれ」と言い残して洗面所へ姿を消した。まぁ、確かにあの姿では真面目な話も出来ないか。




 リーパー隊にいた頃とプラウディアでの決戦で一緒に飛んだ三人が特殊な服を扱う店を始めたというのは、今から三年ぐらい前に本人たちから聞かされて知っていた。三人から教わったやり方で化粧を落とし、洗って水のしたたる顔を映す鏡を見つめる。古くは宗教道具としての意味合いが強かった鏡…そこに映る自分の姿、その背後に女王の亡霊が見える時がある。解っている、ぼく自身の胸に残る罪の意識が見せる幻影だってことぐらい。


「…もうぼくは、成すべきことから目を背けないぞ。その過程で背負う罪も、生まれる犠牲も…すべてを背負い受け入れて、そして未来へ進む」


 自分に言い聞かせると同時に、鏡に映る口元や胸から下が血に塗れた女王の亡霊に語りかける。


「統治者として優秀だったあなたは、確かにぼくが仕えるに値する主君だった。あなたの説いた絶望的な未来がこの国に訪れるとしても、その運命に敢然と立ち向かう人はきっと居る。ぼくはグリフィロスナイツ、守護騎兵として見守り続けよう。あなたの愛したこの国を…」


 洗面台の傍らに掛けられたタオルを手に取り、半ば乾き始めていた顔を拭う。再び鏡を見た時に、そこに女王の姿は見えなかった。恨むなら恨んでくれていい、ぼくの背負うべき罪だ。その事実から逃げようなんて思わない。しばらく鏡を見つめ、心の中でそう呟く。

 身に着けていた諸々を脱いでシャツとスラックスに着替えて部屋に戻ると、エルダも室内着として用意されたいくらか落ち着いたデザインのワンピースに身を包んでベッドに腰掛けていた。


「…やっぱりそういう格好の方が視覚的に安心するわ」


「それはまぁ、そうだろうね」


 ぼくだって別に好きであんな格好してるわけじゃない。だけど普段通りの格好で街を歩くわけにもいかないし、已むに已まれずってヤツだ。近くの机に添えられた椅子の背もたれを掴んで引き寄せ、彼女の正面に移動し腰を下ろす。


「…さて、別にもう隠すことも無い。なんでも訊いてくれ、ぼくが知っていることはすべて答えよう」


 エルダは瞼を閉じて「そうね」、と考えを巡らし、再び真っ直ぐにぼくを見据えて口を開いた。


「まずは、なんで私をここまで連れてきたの?」


「君を国外へ逃がすためさ、徒歩や盗んだ車で国境を超えるよりは後先考えた手段でね」


「何故、あなたの飼い主だった女王を殺したの?」


「そうすべきと判断したから。グロキリア計画はこの国に安寧をもたらす手段のひとつであったとしても、ぼくにはその犠牲に見合うほどの未来があるようには思えなかった。だから…結果的に計画を中断させるには至らなかったが、なんとか破綻させたことには満足してるよ」


 彼女からの問いに対して、言葉は思っていたより滑らかに口から出てきた。自分でも驚くぐらい迷い無く答えを紡ぎ出す。

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