第191話 その切っ先、未だ鋭く
一機撃墜され、不利な状況ではあるがグレイスティグ隊もプラウディアの戦闘を生き抜いている。確か序盤は基地上空への攻撃部隊として参加し、後半…第三防衛ラインが瓦解した辺りから艦隊の防空任務にあたっていたはずだ。あの地獄を生き抜いたパイロットなら、そう簡単に後れを取ることは無いだろう。それに今、油断ならない状況にいるのはむしろ私の方だ。
「シュヴェルトライテよりケルベロス1、お前さんと飛ぶのはあのアトロポスもどきと戦った時以来だな」
「そうですね、それはカイラス少佐のヴァルトラオテですか? よく貸してくれましたね」
通信回線から聞こえてくる懐かしい声。ゼルエルが二機とミカエルⅡが二機、このぐらいは想定内だ。むしろオルトリンデとゲルヒルデがいないだけマシと思える。最悪ゼルエル四機と戦わなければならない状況も考えてはいた。
「借りたっていうか、カイラスは全体の指揮執ってて動けないからな。呼びつけられて乗せられたんだよ」
「ケルベロス6よりケルベロス1、ローレライが一機突っ込んできます」
「ゼルエル二機いるってのは解ってるだろうに、一機で仕掛けてくるなんてよほど自信があるのか?」
いくら私でも、もし接近中のゼルエルがカイラス・アトゥレイのペアだったら正面切っての戦闘は避けたかも知れない。しかしこの七年、戦闘らしい戦闘も無くソフィさんはケルベロス隊のミカエルⅡとの連携訓練ぐらいしてただろうが…ゼルエル同士の連携はやってこなかったに違いない。アトゥレイさんだってそうだ。教導隊に行ってからアグレッサーとして新人相手に戦闘機動自体はやってただろうけど、常に本気を出して命懸けの戦闘など出来るはずが無い。ブランクはお互い様だし、様々なシチュエーションで何度と無くイメージトレーニングもしてきた私に迷いは無い。スロットルレバーを押し出し、アフターバーナー点火。
「敵機視認! ケルベロス、悪いがオフェンスはもらうぜ!」
私が増速したのを見てなのか、シュヴェルトライテが他の三機よりも前に出て迫ってくる。七年経っても変わらない猪突猛進な姿に、思わず口元が緩む。
「了解、小隊各機は散開しつつシュヴェルトライテの援護! ケルベロスの咆哮を轟かせなさい!」
「「了解!」」
真正面から突撃してくるシュヴェルトライテと編隊を解き、こちらの背後へ回り込もうと広がっていくケルベロス隊の三機。私は最大加速のまま、レーダー画面に表示される機点の中から最初のターゲットを定めて前方を睨む。
「挨拶代わりだ、受け取れ!」
シュヴェルトライテのバルカン砲から吐き出される弾丸をバレルロールで回避しつつ、その脇をすり抜ける。
「さすがに避けるか、そうこなくっちゃ…な!? ヴァルキューレのエンブレムだと!?」
交差する一瞬で垂直尾翼に描かれたエンブレムを確認出来るだけの動体視力は健在らしい。すれ違ったシュヴェルトライテを後目に、次に正面から飛んできたのはケルベロス1…かつてはヘルムヴィーケと呼ばれたゼルエル。
「これはどうです!?」
鳴り響くミサイルアラート、時間差でミサイルを二発放出してくる。先に撃ったルカを追い掛けるように飛んでくるヨハネ。ルカは射程が長い代わりに誘導性能が低い、正面から飛んでくる戦闘機相手では相対速度が早過ぎて普通に考えて当たるようなミサイルでは無い。つまり本命は短射程だが誘導性が高いヨハネ。耳障りな警報を意識から追い出し、頭の中でシミュレート…即座にFCSにGUNモードを指示、操縦桿とフットペダルを操って機体を滑らせるように舞わせながらバルカン砲を発射。迫る二発のミサイルは私に到達する前に弾丸を浴びて四散した。
「ミサイルを…撃ち落とした!?」
ひとまず脅威は排除した、今度は私のターン。今の機動で機体が水平よりやや傾いた状態から操縦桿を手前に思い切り引いて急旋回。
「! ケルベロス6、敵機がそちらに向かいます。回避を!」
最初のターゲット…かつてあの人が背負っていたものと同じコールサインを名乗るミカエルⅡ。選択兵装をGUNからヨハネに切り替え、標的の下から迫る。
「は、速い…!?」
遅過ぎる回避機動を試みるミカエルⅡの後方へ機体を滑り込ませると、機首を跳ね上げて運動ベクトルを打ち消しながらミサイルを放出。直撃コースをひた走るミサイルはミカエルⅡのエンジンノズルに突き刺さる直前で近接信管を作動させて自爆、だがそれでも飛び散る破片で充分過ぎるダメージを与えられた。
「ケルベロス6、エンジン1損傷! 尾翼もやられました、舵が…!」
「無理はしないで、パルスクート基地に緊急着陸しなさい!」
「今、あいつ…コブラをやったか?」
ふらつきながら降下していくミカエルⅡをちらりと見やる。やれやれ、この程度ですか…。
「こいつ、よくも…!」
「ケルベロス7、距離を取りなさい! あれは、あのローレライは…!」
勇敢にも突撃してくるミカエルⅡを視界に捕らえ、加速しながら旋回。ロックオンアラートが鳴るけど気にしない。ケルベロス7…ああ、そのコールサインにもなかなか因縁めいたものを感じなくは無いですね。
「捕まえたぞ、ヴァルキューレを騙る不届き者が!」
真後ろに取り付かれたが、わざと減速して距離を詰める。距離が近過ぎる状態でミサイルを撃てばその破片を浴びる危険性があるため、撃つには安全装置を改めて解除する手間が発生する。そういう場合の時のためにバルカン砲が搭載されているわけだけど、そこは既に私の間合いだ。
スロットルレバーを再加速のため押し出しながら操縦桿を限界まで引く。加速しようとする重いエンジンと浮き上がろうとする機体が機体後部を前へと押し出す力となり、機体が縦方向に回転する。回転しながらトリガーを引いて弾丸をばら撒く。
「バカな、その機動は…この攻撃は!」
それだけ接近してしまえば真後ろとて絶対的優位というわけでは無い。運命の三女神と交戦すれば、誰もが思い知る事実だ。片方のエンジンを撃ち抜かれたミカエルⅡは攻撃を諦めたのか離れていく。
「そのコールサインは特別な意味を持ちます。それをあえて背負うなら、相応の覚悟と実力を身に着けて欲しいものですね」
ケルベロスの6と7、かつて「ケルベロスの二本牙」と呼ばれたエースパイロットが名乗ったコールサイン。それを生半可なパイロットが名乗るなんて許せない。…とどめを刺しておくべきだろうか、という思いが脳裏をよぎったが、私たちのターゲットはあくまで女王一人であるということを思い出す。犠牲者は少ないに越したことは無い。王国の弱体化は私たちの本意では無いのだから。
「その声…そんな、まさか!?」
「シルヴィ、なのか?」
さっきヴァルキューレを騙る不届き者とか言われた気もするが、騙ってなどいない。今は「計画の破壊者」を意味する名を持つヴァルキューレ、ラーズグリーズを名乗る私は正真正銘ヴァルキューレ隊の一人だ。
「…お久し振りですね、アトゥレイさん、ソフィさん」
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