第185話 カヴァレリア宮殿

 混乱していたのは何も軍事施設に限った話では無く、王国政府の各省庁は早朝から慌ただしく現状把握に努める職員が走り回っていた。エルダ・グレイによる宣戦布告とも取れる動画の配信とネット上にばら撒かれたグロキリア計画の産物たる実験についての断片情報、そして南東地域を中心に空軍基地が次々と滑走路を爆撃されて航空機の離着陸機能を奪われた。

 イクスリオテとの国境線で砲撃を加えられている国境警備隊の基地以外にも、コクマー地方やティファレト地方などフィンバラのあるマルクト地方に隣接する地域でも陸軍や空軍の施設に向けてロケット弾が複数撃ち込まれたとの情報が飛び込んでくる。そしてそれらの情報はこの王国の統治者が住まうカヴァレリア宮殿にも届けられていた。


「ゾーハル基地から奪われたミカエルⅡがここへ向かってきているというのは本当なのか?」


「レーダーサイトがその動向を追尾しているが、どうやら事実らしい」


 イクスリオテのゾーハル基地からフィンバラまでを結んだ直線上にある軍事施設は軒並み襲撃を受けており、それらはほぼ同時に起きていた。これは事前に周到な準備が進められており、フォーリアンロザリオ国内にも戦力を配置しておかなければ不可能なタイミングだ。戦力を配置すると一口に言っても簡単なことでは無い。国内の主要都市には犯罪抑止目的で監視カメラが至る所に設置されている。兵員の移動だけならまだしもロケットランチャーなんてかさばるうえに目立つ物を隠しておける場所を探し出し、そこへ運搬するのは並大抵のことでは無い。この国の警察や公安だって無能では無いのだ。だがそれでも今日までそうした動きがあるという情報は噂話程度の精度でしか掴めていなかった。


「万一に備えて市民への避難警報を! 女王陛下にもシェルターへ…」


「女王陛下はまだ宮殿内にいらっしゃるのか?」


 宮殿のエントランスに続く廊下から歩いてきた黒いマント姿の少年兵…いや、実際には少年と呼ぶべき年齢では無いはずだが…彼の容姿を見るとどうしてもグリフィロスナイツの次席であり女王陛下が無類の信頼を寄せる兵士だとは思えない。


「守護騎兵殿!? は、はい。陛下は未だ執務室に…!」


「解った、君たちは市民の避難を急がせろ。武装集団の目的が動画による声明の通りなら、ここを狙わない理由は無い。首都が戦場になる前に民間人の安全確保だ。警察と公安、陸軍にも応援を要請。市民の避難に目処が立てば陛下もシェルターに入ることに頷いてくれるだろう。それまで陛下の御傍にはぼくがつく」


 首都が戦場になる…第二次天地戦争開戦時の宣戦布告同時攻撃でこのフィンバラも空爆された、当時の記憶がフラッシュバックする。


「空襲警報鳴らせ、市民のシェルターへの避難誘導を急がせろ! 入口にバリケードを築け、守備隊を編成しろ!」


 夜を切り取ったかのようなマントをはためかせて女王陛下の執務室へ向かっていく守護騎兵、ナハトクロイツ大尉を見送ると事務室にいた同僚たちに指示を出す。これじゃ式典なんてとてもじゃないがやってられない。くそったれ、とんだ終戦記念日になったもんだ。




 七年前に終戦祝賀パーティーを開催した城と同様、このカヴァレリア宮殿の歴史も古く、改築を重ねてはいるが全体的な印象は変わらない。回廊を歩いているとタイムスリップでもしたような気分になる。


「古より続く、変わらない空間…か」


 ある意味…ぼくや女王陛下にとって「変わらない物」というのはなかなか嬉しいものではないように思う。少なくともぼくにはそうだ。鏡を見ても何年経っても、いつからか何の変化も無くなった自分の姿。マグナード家の長女、ウェルフィーだって随分大きくなったと聞く。あの二人が結ばれ、生まれた子供だって成長しているというのに…ぼくはまだ十代の姿のままだ。

 不老不死を羨望する人間が漫画や映画などの創作物で度々登場するが、正直その気持ちが理解出来ない。周りの誰もが未来へ歩みを進めているというのに、自分だけ取り残されているような…言いようのない孤独感が押し寄せる。施設で様々な実験を受けているうちに痛みに対する抵抗感も薄れ、ますます自分が生きているという実感が無くなっていった。すべてが灰色で、無意味に思えて…生きながらにして亡霊に成り果てる。死を奪われるということは、そういうことだ。

 やがて煌びやかな装飾が施された扉の前に辿り着く。女王陛下の執務室…ドアのノックし、名乗ってから入室すると執務机の向こうにいつものドレス姿で椅子に腰掛けるルティナ女王がいた。


「…思いの外遅かったのぅ、イーグレット」


「女王陛下…」


 本来なら跪いて朝の挨拶でもするべきところだが、あえて省略する。女王もぼくが何故ここへこのタイミングで訪れたかは察しがついているはずだ。


「外の騒ぎはお耳に届いているかと思いますが、避難はされないので?」


「必要が無い、連中の刃が妾に届くことは無いからな」


 はっきりと断言する女王の言葉は自信に満ちていて、それが確かだろうことはぼくにも感じられる。今となってはその自信が…実に不愉快だ。


「グロキリア計画は継続されていたのですね、とっくに戦争は終わったと言うのに」


「何を今更、それこそとっくに気付いておったであろうに。だからお主も妾に隠れ、方々走り回っておったのだろう?」


「そこまで御見通しであるなら…ぼくが今、何故陛下の御前に現れたのかもご理解のことと思います。そろそろお聞かせ願いたい、こんな馬鹿げた茶番劇の先に何を見据えていらっしゃるのかを」


 国民の不満も、エルダの反乱も…今のこの状況を招いたすべてが女王の筋書き通りだと言うのなら、その先に一体何があるのか…。それを知らずには、ぼく自身が心を決められない。


「馬鹿げた茶番劇とは言ってくれる。まぁそなたはこの計画に元より賛同していなかった、故にこの七年は計画から遠ざけもしたが…よかろう、どうせ事態の収束には時間を要する。語るとしようぞ」

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