第135話 最終ラウンド
補給を終えて空母からプラウディア上空へ戻ってきた。アトラクナクア…ほとんど交戦しなかったが、アトロポスとの戦いよりも息苦しい威圧感を感じた。アトロポスとの会話を聞いた感じだと彼女の上官にあたる立場の人間が乗ってるらしい。カイラス大尉とアトゥレイ中尉に任せて後退してきたけど、二人とも無事だろうか…。レーダーを広域表示に切り替え、二人の反応を探す。すると戦域を離れて南下中だった。グリーダースで補給を受けるつもりか。ということは、なんとかアトラクナクアを退けたらしい。撃墜の報告は聞いていないし、経過時間から考えてどちらも燃料切れで仕切り直し…と言ったところだろう。
ふとレーダーに一際大きな機影があることに気付く。IFFの反応はブリュンヒルデ1だけど、データリンクが上手くいかない。周辺の敵機を片っ端から叩き落としながら基地中心部上空を旋回している。僚機もいないがグリーダースに行って再編してもらうよりは、隊長の援護についた方がいいかも知れない。先程までとの反応の違いも気になる。愛機の進路を基地中央へ向け、加速させる。
機影自体はすぐに見つけられた。元は同じ機体のはずなのに、異形とさえ表現してしまいそうなくらいに妙なオプションが装備されている。キャノピーが外から見えず、一瞬それが戦闘機であるとは信じたくなくなってしまうぐらいだ。
「隊長、なんですよね?」
恐る恐る無線で声を掛けてみると、「ファルか」とすぐに聞き慣れた声で返してくれた。
「その機体は…どうしたんですか?」
「ああ、これでも一応ゼルエルなんだぞ? イーグレットはG型装備とか呼んでたが、それを取り付けてもらったらこんな有様だ」
G型装備…あの時搬入されていたコンテナの中身がこれ、か。元々ゼルエルに搭載されている二基のエンジンにもう三基加えて飛行するその姿はおよそ空を飛ぶに相応しくないものを強引に飛ばしているかのようで…なんだか強烈な違和感を覚える。右側から変わり果てた隊長機を見ていた時、その向こうで地上施設が動き出したのが見えた。
「隊長、九時方向!」
地上のゲートが開いたかと思うと、そこから勢いよく何かが飛び出す。
「あれは…ハッツティオールシューネ!? 数四、すべてハッツティオールシューネです!」
「見当たらないと思えば、今度は勢揃いか…。オレはヤツ等を叩く。オルトリンデ1は…」
左旋回で現れた敵機に向かう隊長機に続き、私も機体を左に傾ける。
「援護します。このポジションは…誰にも譲れません」
「…解った、助かる。すまないな、巻き込む形になっちまった」
お気になさらず、私は笑って答える。敵味方双方消耗し尽くし、ゼルエル分散配置の意味ももはや薄れつつある。それに相手は運命の三女神とアトラクナクアだ。G型装備とやらがどれほど規格外だったとしても、決して楽観出来る相手ではない。隊長と一緒であれば、少なくとも私にとって怖いものは何も無い。相手もこちらに気付いたらしく、真っ直ぐ向かってくる。
「手強い相手だ。往くぞ、オルトリンデ1!」
「はい!」
アトロポスはエンジンをやられて、クロートーは敵機との交戦で機体を失い予備機へ乗り換えた。ラケシスとアトラクナクアは補給だがラケシスは既に予備機も無い。元々ハッツティオールシューネはアトラクナクア一機と他三機ずつの十機が作られた。これまでにラケシスとクロートーを二機ずつ、損傷したアトロポスも加えれば計五機を失った。
「嘆かわしいものだ。貴様等の腕を少々買い被っていたようだな…」
「返す言葉も無いわね」
上官様の指摘は至極ごもっとも。高コストだが最強であったが故に様々な特権を与えられ、今日まで飛んできた。その私たちが全稼動機の半分を失った。決して看過出来るものでは無いことは重々承知している。ディーシェはまだ戦う気でいるらしいが、もはや趨勢は決したように思う。
地上の防衛線は各所で破られ、対空兵器もほとんどを損失している。航空機は既に予備機も底を尽き、パイロットの消耗も激しい。先程撃墜されて額から血を流す青年パイロットが予備機を寄越せと整備兵に詰め寄っていたところに遭遇し、もはや飛ばせるマステマは無いと首を振る整備兵を殴り飛ばしそうな形相で詰め寄るものだから私の予備機を使いたければ使えと言っておいた。
「おやおや、さっそく空でお出迎えとはいい度胸じゃないかい!」
ミレットの嬉しそうな声がして視線を上げれば、一機の戦闘機と…妙なシルエットをした機体がこちらに向かってきているのが見えた。
「ヴァルキューレ共をすべて叩き落す。そうすれば敵の戦意を削ぎ落とし、継戦の道も開けよう! 雑魚に構うな、各機続け!」
アトラクナクアが先行して接近中の二機に突撃していく。ヴァルキューレ隊がフォーリアンロザリオ軍の士気の支えになっていることは確かだろうけど…。割り切れない思いを溜息と共に吐き出す。
「…しょうがない、わよね」
他の二機も続いていく。運命の三女神…その「長女」たる私が戦わないわけにも行かない。私もアトロポスを二機の機影に向け加速させた。
補給を終えて再度空爆に向かう途中、Eエリア上空を飛んでいた。眼下の湾ではボロボロのルー・ネレイスが比較的被害の少ない右舷側を陸に向けた状態で艦砲射撃を続けている。
「…あんなのを見せられたら、最後まで頑張らないわけにいかないわね」
気化弾頭弾やナパーム弾、クラスター爆弾を搭載し基地奥を目指す。オルトリンデ1からの情報で基地北部に格納庫と直結したカタパルトが存在するということが解っていた。そこを潰せば、この基地からの航空機発進を止められるかも知れない。地上部隊がどこまで進撃しているかも気がかりだが、今はその格納庫攻撃を優先する。
「ゲルヒルデ1より各機、疲れてるだろうけどもう一息だ」
「は、はい…。あはは、さすがにこれだけの長丁場は想像してなかったです」
なんだかんだで全機健在のゲルヒルデ隊、出身はリーパー隊だったか。今は私の援護についてくれている。
「なんだかたった一機のために一個小隊を援護にもらうなんて、気が引けるわね」
「別に気にすることでも無いだろう。ぼくもちょうど発艦したところだったしね、向かう先は一緒さ」
バンシー隊の頃から一緒に飛ぶ彼が護衛についてくれるなら安心出来る。作戦開始から今までに普段よりも大量の興奮剤を服用しているせいで気分は悪いが、自分を奮い立たせる。補給を受けている最中にクロートーと相打ちになった姉が地上部隊に無事保護されたとの連絡があった。頼んだわけじゃ無かったが、誰かが気を遣ってくれたのだろう。
気にならない…なんて言えない。昔から人当たりもよく、世話焼きで文武両道という天から二つも三つも与えられたような姉に対して私は劣等感しか無かったのに…そんな姉が私を自慢だと言った。あの一言で…私の中で何かが変わった気がする。
「…戦争終結を早めるには」
そう呟くと、基地司令部を叩くのは得策では無いだろうね、とイーグレットからすかさず意見が飛んできた。
「停戦命令を出す指揮官がいなくなってしまうしね」
「なら、そこ以外の地上施設を徹底的に叩く。まずは格納庫直結カタパルトを…護衛よろしく、ゲルヒルデ隊」
「了解だ、グリムゲルテ1。各機、周辺警戒を厳に。こちらから仕掛ける必要は無いけど、降りかかる火の粉には容赦しなくていいからね」
時折追い抜いて行くルー・ネレイスからの砲弾を横目に、Nエリアを目指して加速する。少しでも戦闘終了を早められれば、戦い以外のことを考える時間も作れるはずだ。
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