第123話 鬼札殺し

 砲台無力化成功の一報を受けたフォーリアンロザリオ本国の軍令部はエデンとグングニルの作戦投入を決定。その情報が前線で指揮を執る空母アレクトに伝わる頃には既にエデンは基地を飛び立っていた。


「そうか、こうなることを予想し…いや、期待していたと言うわけだ。偵察機を撃墜したのが戦闘機であれ砲台であれミサイルであれ、それらを引きずり出して叩くまでが我々に期待した仕事だった…のだな」


 アレクトの艦橋で、私は震えるほどの怒りをどうにか押し殺す方法を探していた。


「祖国の勝利を信じ戦う将兵がまだ基地内部にいるのだぞ。軍令部は…自国の兵をも焼き殺すつもりか?」


「艦長、地上部隊に急ぎ後退の指示を…!」


「この混乱状態では伝達出来ても安全圏への退避は間に合わん。くそ、軍令部のウジ虫共め!」


 右の拳がギリギリと自制が利かないほどに握り締められている。手袋が無ければ掌に爪が食い込んでいただろうその右手を左手で覆い、自分に落ち着くよう言い聞かせる。戦場で指揮官は常に冷静でなくてはならん。そうでなくては死ぬのは兵たちなのだ。


「…軍令部の対応は実に不快だが致し方ない。作戦に変更無し、攻撃の手を緩めるな。全部隊にそう伝えろ!」


 オペレーターの女性士官が複雑な表情を浮かべながら了解の返事を唱え、前線から送られてくる情報の整理に戻った。現在までに全作戦機の半数近くを失っている。特に艦載部隊の損耗が激しいのは例の荷電粒子砲による被害が大きい。地上戦力の被害は予想よりも少なく済んでいるが、それも航空部隊の支援があったからこそだろう。護衛艦隊も弾薬の尽きた艦が続出して補給が追い付かない状況が増加してきている。早期決着を図れる選択肢…それは解る。しかしそれだけでは整理のつかない気持ちを拭い切れない自分の存在に、自身の老いを痛感した。




「ふん、存外に役立ってはくれたが…所詮は固定砲台か」


 荷電粒子砲「オロチ」を失って動揺するプラウディア司令部の中にあって、指揮官は唯一人落ち着いていた。


「完全にしてやられた。よもやあの渓谷を抜ける攻撃機がいようとは…」


「敵も無能ばかりでは無いということだな。まったく、我が軍にもそういう逸材が欲しいものだ」


 溜息混じりにそう零すと、指揮官は席を立つ。「どちらへ?」と尋ねる基地司令に指揮官はさもつまらなそうに再び溜息を吐いた。


「敵の次の手は読めている。ここの指揮権は貴様に返すぞ、私は空へ上がる」


 保険はかけておくものだな、そう呟いた指揮官の顔は…やはりつまらなそうな表情だった。




 プラウディア基地上空…というより、基地と艦隊の周辺はどこの空域も敵味方入り乱れての乱戦状態が続く。


「オルトリンデ1、フォックス2!」


 エアインテーク脇のウェポンベイからヨハネが飛び出し、敵機に突き刺さる。だがレーダーを見れば依然敵を示す赤いマーカーで埋め尽くされていた。こうなっては索敵も肉眼に頼る他なく、一機撃墜したら周囲を見回す癖がついてきた。今の撃墜で何機目だったか、もう数えるのはやめていた。生きて帰れた後で戦闘記録を見直すとしよう。


「さて、そろそろ残弾も心許無くなってきましたね。一度補給に…え?」


 広域レーダーに新たな機影…東の空、それもかなり高高度をこちらに向かってくる。東からということは友軍だと思うけど、この高度…。3万フィートなんて…まさか、エデン? 今回の作戦は不参加って聞いていたのに、なんで今更? さっき敵の荷電粒子砲はメルル中尉が破壊したとは聞いたけど、それを聞いての対応だとしたらいくらなんでも早過ぎる。最初から計画されていたのかも知れない。そんなことを考えていた時だ、視界の隅に映っていた地上施設から何かが起き上がるのが見えたのは…。そこから物凄い勢いで何かが射出され、天高く昇っていく。


「あれは…!?」


 目で見ただけでもスピードが違い過ぎて追撃は不可能だと悟ったが、嫌な胸騒ぎがする。帰艦する途中で機体のカメラが捕らえた画像を解析、すると奇妙なシルエットの…ロケットのようなものが映っていた。


「弾道ミサイル…いえ、それにしては小型過ぎるしあんなカタパルトで打ち出す意味が無い」


 もしミサイルなら基地中に点在するVLSで事足りる。あれは格納庫と直結したカタパルトに違いない。ほぼ垂直に近い角度で打ち出すカタパルト…。その時ふと半世紀前に勃発した第一次天地戦争の際に計画され、結局実用化されないままお蔵入りとなった航空兵器が頭をよぎった。ロケット推進の高高度迎撃機…資料で読んだことはある、でも…そんな馬鹿な。答えが出ないなら考える意味は無い。自らの考えを打ち消し、母艦へと急いだ。




 成層圏ギリギリの空、八つのエンジンを主翼に抱いて飛ぶ世界で最も高く飛べる戦略爆撃機エデン。ここまで高く飛べれば自衛用の兵装なんていらない。四機編隊で一路プラウディア基地を目指す。


「いやはや、下じゃあ友軍が頑張ってんだろうなぁ。それだってのに俺らはこんなゆったりしてていいのかね?」


「まったくだ。だがここまで上昇出来る戦闘機なんてフォーリアンロザリオもルシフェランザも持っちゃいないからな。平和な空を飛んでミサイル降らせて帰るだけ…気楽なもんさ」


 談笑してるうちに任務は終わる。これまでだってそうだった。ファウルハイトもヴラトフもみんなそうやって焼き払ってやった。今回だってそうなる。下で戦ってる連中はご苦労なこった、せいぜい殺し合っててくれや。対地攻撃モードON、後は爆弾倉を開いて発射ボタンを押せば終了…だったのだが、突然編隊をリードしていた指揮官機が爆発した。


「なんだ!?」


 爆炎の中を突っ切って、現れたのは漆黒の戦闘機…。機体後部にロケットブースターのようなものが取り付けられており、それを分離させるまではICBM大陸間弾道弾と見間違うフォルムだったが、確かに戦闘機だ。


「ば、馬鹿な!? 戦闘機がこんな高度まで来れるはずが無い!」


「だが現に攻撃されているんだぞ!? 畜生、一体なんなん…うわぁあぁあああ!」


 続いて最後尾だった四番機が爆発。


「もう駄目だ! グングニルを発射して帰るぞ!」


 同僚がそう言った直後、「愚かな…」と囁くような声が無線から聞こえた。やはり幻ではない、あれは敵の戦闘機! 三番機も爆発、レーダーにはもう自分の乗る機と敵機しか映っていない。


「は、早くグングニルを! 三本だけでも撃ち込めば充分損害を与えられる!」


「わわ、解ってる!」


 グングニルが格納されている爆弾倉の扉を開き、発射体制を整えた直後…機体を激しい衝撃が揺さぶる。


「な、何が起こっ…!?」


 後ろを振り返って視界に入ってきたものは、本来ならば敵基地を焼き払うはずの煉獄の炎だった。




 空軍の…フォーリアンロザリオの切り札であるエデン四機が遥か上空で想定外の接敵をしてからものの二分で全滅した喜ばしくないニュースを、私は空母フォルトゥナの格納庫で聞いた。


「そんな…」


 信じられなかった。もし敵にそんな高性能機がいるとしたら間違いなくハッツティオールシューネのはずだが、偵察型で情報収集能力と解析能力においてはおそらく世界一のブリュンヒルデ、オルトリンデの二機からもたらされた情報でもそんな性能は無かったはず。


「補給が終わった。頼むぞ、艦隊を守ってくれ」


「…任せてください。こちらヘルムヴィーケ1、発艦許可を」


「了解した。ヘルムヴィーケ1が出るぞ! 甲板要員は仕事にかかれ!」


 格納庫からエレベーターで飛行甲板へ出る。飛行甲板をゆっくり進み、カタパルトに接続して翼の動作確認のため首を回したその時、敵機が攻撃アプローチを開始しているのが見えた。


「八時方向より敵機! 対艦ミサイル接近中、本艦直撃コース!」


「CIWS起動、撃ち落せ!」


「駄目です、迎撃間に合いません! 着弾まであと五秒! 総員、対衝撃防御!」


 左舷後部甲板に設置された自律制御式対空バルカン砲が弾丸を秒間50発のペースで発射する。だがそれでも、ミサイルはそう簡単に捕らえられるものではなかった。直撃の衝撃に大きな船体が揺れる。


「左舷後部甲板に被弾! ダメージコントロール急げ!」


「隔壁閉鎖! 浸水・火災箇所を調べろ!」


「被弾区画周辺で断線発生。左舷後部CIWS、及び対空ミサイル使用不能!」


 無線で被害は知ることが出来た。…まだ沈みはしないだろうけど、かなり深刻である。


「ヘルムヴィーケ1! 艦の被害は気にするな、君はなんとしても射出する。幸運を祈っているよ!」


「了解、出してください!」


 カタパルトで機体が前へ押し出される。黒煙をあげる第二艦隊旗艦の上空を旋回してギアを格納しながら一時見つめ、再び艦隊の防衛戦闘に頭を切り替える。


「これ以上…やらせるものですか!」


 燃料もミサイルも補給した。前線で戦うすべての同胞たちのためにも、この艦隊は私が守らなければならない。戦いを終えた時、彼らはここへ帰ってくるのだから…。


「ブリュンヒルデ1、出るぞ! ブリュンヒルデ隊各機は補給完了後、E1エリアで合流する!」


 ふと目に入ったアレクトの飛行甲板からゼルエルが飛び立っていく。機体背面に背負った増速用追加ブースターを発艦直後から点火し、一気に前線へ飛んでいく。死を告げる妖精…同じヴァルキューレ隊でも、隊長を始めとする元バンシー隊のパイロットたちは別格だ。


「ケルベロス隊でも、トップでしたものね…」


 思えばあの頃から既にエースだった隊長とパロナール大尉。あの二人の足を引っ張る真似はしたくない、してはならない。もしもそんなことをすれば…きっとシルヴィ中尉に殺されますね。私は心の中でふっと微笑した。

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