第122話 疾風迅雷

 胴体下部のハードポイントに対地誘導爆弾「タダイ」、主翼のパイロンには中射程空対地ミサイル「マタイ」や対地ロケット「フィリポ」やらを満載。本来の搭載重量限界を超えるため、ブースターを機体背面に追加装備したその姿は戦闘機と呼ぶにはあまりに異形だった。追加装備を付け過ぎて航空力学を完全に無視した形となった外観は本来持っていた旋回性能を完全に殺し、もはやロケットの如くただ与えられた推進力だけで暴力的に飛翔する鉄の塊だった。


「全機、速度を落とすな! 少しでも減速すればすぐに失速するわ!」


「「了解!」」


 グリムゲルテ隊は発艦してからまず西進、プラウディア基地南に展開しているフォーリアンロザリオ陸軍機甲部隊を眼下に捕らえた後に北へ進路を変え、基地上空を突っ切るコース上にいた。引っ切り無しに撃ち込まれる高射砲の炸裂弾が起こす振動に翼が揺れ、視界の端を対空ミサイルが掠めていく。


「隊長! 地上の友軍が苦戦している模様です、支援攻撃の許可を!」


「却下する。今私たちに搭載されている兵装はすべて敵新型砲台破壊のためのものよ。航空支援は他の部隊に任せる」


 ふと眼下を見やる。ようやく基地の外壁を突破したものの、基地内部の各所で繰り広げられている戦闘は悲惨な消耗戦の様相を呈していた。先行した歩兵部隊が地雷で吹き飛ばされ、狭い路地に誘い込まれた戦車部隊が対戦車ロケットの餌食になっていく。満載した爆装をもってすれば奴等を薙ぎ払うのは容易いかも知れない。だけど今はそれよりも優先すべき目標がある。それを進言したのは私だ、そしてそのために犠牲を強いてしまったのも私だ。


「しかし…!」


「命令よ、グリムゲルテ3。進路そのまま、基地上空を突破する!」


「作戦なんだ、割り切ろうぜ。…ああ! 隊長、一時の方向!」


 僚機から促され右前方に視線を向けると、先刻と同じ閃光が再び空を割った。瞬時にレーダー画面を広域モードに切り替えてみると、あの閃光が走ったその周辺だけ綺麗に空白が広がっていた。


「……っ!」


 もう一度、キャノピーフレームに拳を打ち付ける。ガルダ隊は先行して砲台へと向かっていた。あの閃光は彼らに向けられたものだろう。間に合わなかった…いや、元々間に合うはずは無かったのだ。これは当然の結果なんだ。頭では解っていても、怒りと悔しさを何かにぶつけねば収まりそうになかった。


「…一刻も早くあの砲台を無力化しなければ、また犠牲が増える。艦隊が狙われたら戦力低下はもちろん補給が追い付かなくなって作戦全体に支障をきたす。私たちが今、航空支援に時間も弾薬も割くわけにはいかない理由は明確よね、グリムゲルテ3?」


「はい、失礼しました…」


 僚機からの返事には無線の中で飛び交う地上部隊からの応援要請に対する歯痒さからなのかキレが無かったが、とりあえずこちらの意図は汲み取ってもらえたものと信じて北を目指す。




 基地中央をフライパスする頃になると、体感的には対空砲火はそれまでの倍以上の分厚いものとなっていた。ロックオンアラートは鳴りっ放し、たまに違う音が聞こえたかと思えばミサイルアラート。主翼を持っていかれそうなほど近くで砲弾が炸裂し、衝撃で機体が揺れる。昨今の弾幕はそのほとんどが自動制御だ。FCSの追尾性能を振り切れれば当たることは無い。上空の敵戦闘機に狙われないようにと低空を飛んできたが、それは対空レーダーに捕捉される時間を少しでも短く抑えることも期待しての選択だった。


「うわっ!?」


 キャノピー越しの目と鼻の先で砲弾が炸裂し、突如現れた黒煙の中へ機体が突っ込む。衝撃波で機体は激しく揺れたが、黒煙を抜けた直後にコンディションチェックをしても異常無し…という反応。


「グリムゲルテ4、大丈夫か!?」


「ああ、砲弾が至近炸裂しただけだ。チェックしたが異常は無い」


 そのはずだった。だが機体の振動が収まらない。最初は対空砲火による衝撃波だとも思ったが、どうにも違うらしい。そしてそれは時を追うごとに酷くなっていく。コンディションチェックに異常はまだ出てこないがここまで悪化すればもはや機械の方が疑わしい。


「くそったれ、機体の振動が収まらない。グリムゲルテ3、そちらから何か見えないか?」


「ちょっと待て、今見てやる。…背面のブースターだ、破片を食らったのかも知れない。やばい煙を吐いてる!」


 なるほど、合点がいった。間違いなくあの時破片を吸い込んだんだ。追加装備だし接続が上手く出来ていなかったのか、もしくはセンサーが破損したのかも知れない。それでも推進器としての機能を果たしてくれるなら…そう思った矢先、強烈な振動と爆発音が背中から突き抜けた。ブースターが内部から爆発、反射的にパージしたが機体へのダメージは少なくなかった。


「くそ、尾翼破損…エンジン1停止! 駄目だ、速度が…」


 満載した爆装を支える揚力も推力も失って失速していく。隊長機の後ろ姿が見る見るうちに遠ざかっていく。


「グリムゲルテ4よりグリムゲルテ1、自分はここまでのようだ。続航不可能、編隊離脱の許可を求む」


「グリムゲルテ1了解、過剰装備を投棄して地上戦力の支援任務に移行しなさい。…武運を、祈るわ」


「有難う。あんたと戦えて光栄だったよ、ヴァルキューレ。グリムゲルテ4、ブレイク!」


 胴体下に抱きかかえたタダイを全弾切り離し、いくらか身軽になる。背面ブースターの破片を食らっておしゃかになったエンジンは再起動も出来ず、片肺飛行モードに切り替えてフルスロットル。よし、なんとか飛べる。相変わらず引っ切り無しに飛んでくる地対空ミサイルにフレアとチャフをばら撒きながら駆け抜ける。二機から離れ、さっき見かけた友軍の戦闘区域へと向かう。


 基地上空を抜け、渓谷地帯へと侵入する。やはり衛星写真で見るのと実際のとでは訳が違う。ミサイルアラートの代わりに接触警報が鳴り響き、壁のようにそそり立つ山肌は手が届きそうなほど近くに迫る。視覚で訴えかけてくる恐怖はある意味対空砲火より強く感じる。


「グリムゲルテ1、高度を上げましょう! このままじゃ崖に激突しちまう!」


「ダメよ、このルートを選んだ意味が無くなるわ。私たちの意図が発覚して砲台がこちらを向けばすべて水の泡、作戦は失敗する。ガルダ隊の犠牲を…無駄になんて出来ない!」


 操縦桿を右へ左へ手前へ奥へと引っ切り無しに動かし、ランディングギアを下ろせば切り立つ崖に接地出来そうな距離をなんとかすり抜ける。胴体下部に抱いているタダイを地面にぶつけないように…なんて余裕は既に無い。とにかく失速してまったくコントロール出来ない状態を発生させないことと地面にキスしないことにだけ集中し、装備の分など考えない。当たらないことを神に祈るのみだ。


「しまっ…!」


 そんな短い言葉を残した直後、レーダー画面から後続の反応が消えた。


「グリムゲルテ3? グリムゲルテ3、応答せよ!」


 呼びかけにも返事は無い。どうやら墜落したらしい。ちっ、と舌打ちしながら改めて操縦に集中する。やがて唐突に視界が開けた。距離およそ200kmにターゲットの砲台を見つける。


「グリムゲルテ1よりHQ、ターゲット・インサイト! マスターアーム・オン、エンゲージ!」


 FCSに安全装置解除を指示し、満載してきた対地兵装のすべてを発射可能の状態にする。ロックオンアラートが鳴るが、もはや進路を変更している余裕も無ければ迂回しようという気すらない。そもそも撃ち込まれてくる対空砲火もプラウディア基地のそれとは比較にならないほど薄い。こんな弾幕、最大速度で突っ切ってみせる。


「ターゲット、ロックオン…フルファイア!」


 全武装の射程内まで接近したところでそれらすべてを放出する。全高800m近くあろうかという巨砲にミサイルやロケット、爆弾が次々と降り注ぎその機能を奪っていく。砲身を挟んでいた半円のフレームがミサイルと爆弾の直撃によって折れ、自重を支えることが出来なくなった砲身が地面へと横たわる。その様子は…人類が神の世界に近づこうと建造し、神々の怒りによって崩壊したとされる神話の塔を連想させた。


「やった…?」


 まばらに継続して飛んでくる気休め程度の対空砲火を回避しながらしばらく様子を伺うが、倒れた塔が再びその首を持ち上げることは無かった。完全に破壊したわけではないだろうが、その機能を奪うことには成功したようだ。


「グリムゲルテ1よりHQ、ターゲット沈黙! 繰り返す、敵新型砲台は沈黙した! 作戦成功、これより帰艦する」


 無線越しに発令所の歓声が聞こえる。燃料切れの追加ブースターを切り離し、ほぼ丸腰の状態で母艦を目指す…と、その時地上で炎上する一機の航空機の残骸が目に留まった。ハッとしてもう一度砲台周辺の地上に目をやる。そこには破壊した覚えのない対空戦車の残骸がいくつも転がっていた。


「…ガルダ隊」


 辿り着いた機がいたのだ。撒き散らされた強力な電磁波でレーダーから消えていたが、辿り着いて対空火器を減らしてくれていた。胸から熱い何かが込み上げ、それはそのまま涙腺を伝って頬を濡らす。力尽きたセイレーンⅡの残骸に敬礼を捧げ、母艦へと愛機を急がせた。

 帰艦して補給を受けている時に、途中で離脱したグリムゲルテ4は航空支援へと戻った後に撃墜されたと聞かされた。僚機をすべて失った私は同じ境遇の攻撃機部隊の臨時編成に加えられ、新たな僚機を得て戦場に戻ることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る