第101話 芽生えた希望

 グラトーニアを拠点に前線への兵站供給を確立したフォーリアンロザリオ軍は更に進撃。グラトーニア陥落後一ヶ月で戦線をファウルハイト地方内部まで押し上げることに成功していた。その上空にはベルゼバブ戦闘機の機影は無く、代わりにミカエルⅡが誇らしげに飛び回っている。


「しっかしすげぇよな、あの三女神を撃墜しちまうパイロットが出てくるなんてよ」


 小銃を抱えながら、紫煙を空に向かって吐き出す。


「ああ、いまだに信じられねぇ…てか、興奮が収まらねぇよ。本当にこれで戦争が終わるかも知れねえな」


「なんて言ったっけ? バンシー隊、だったか? 最初は女神のデータを採るのが目的の部隊だったんだとよ」


「そいつらが敵の情報を掴んできてくれたから、今の戦闘機は高性能になったんだろ?」


「そういや聞いたかよ、ヴァルキューレ隊が出来てからのウチの軍の戦力消耗率! 陸・海・空全軍合わせても開戦した頃と比べて半減してるらしいぜ!」


 ここのところ兵たちの話題と言えば彼らのことで持ちきりだ。いまや彼らの存在が軍全体の士気を支える大きな柱となっている。中でもヴァルキューレ隊の2トップの戦績は素晴らしかった。


「今回もあいつらが来てくれなかったら女神にやられてたさ! いくらミカエルⅡとかローレライの性能が良くても、パイロットの腕が良くなきゃ意味がねぇ!」


「そうそう、結局今回あいつら一機も落とせなかったろ? 三女なんて爆弾抱いたまま帰ってったじゃないか!」


「あの三女神が戦果ゼロで退散とはな。ヴァルキューレ隊の下にいればこの戦争生き残れるぞ!」


「死んでたまるか! 本国には母さんも恋人も待ってるんだ」


「ハァ!? おい、恋人とか初耳だぞ。詳しく聞かせろよ」


 ここは戦場、それも最前線だというのに兵たちは陽気だった。こんな生死が混在する場所で笑っていられる…それは希望があるからだ。英雄なんてのはゲームや漫画の中だけの存在だと思っていた。運良く生き残ることが出来た奴、それが英雄の正体だと。しかし、英雄はいた。


「さあ、この調子でどんどん進撃してこの国の首都を拝もうぜ!」


「そうだな。ヴァルキューレ隊は海軍の航空隊ってことだから、この地面を踏めないんだろ? 俺たちがあいつらの分まで存分に踏みしめてやろうぜ!」


 兵たちの士気は高い。今ならどんな無茶な作戦でも出来そうな気がした。そう、空に彼らさえいれば…。




 グラトーニア地方南東の町デセオ。そこから約300km離れた洋上に第三艦隊は停泊していた。フォーリアンロザリオ海軍がこの町に補給基地を建設した当初はゲリラ戦による抵抗が頻繁にあったが、最近ではそれもほとんど無い。本国から送られた物資は一度ケルツァークを経由してエンヴィオーネやグラトーニアに輸送される。そのため本国の新聞なんかも一応物資の中に含まれてくるが、それらは大体一週間から半月程度前のものだ。


「ま、別にそんなタイムリーな情報が欲しいわけじゃないが…」


 お茶でも飲もうと休憩室にやってきたところでテーブルに置いてあった新聞に適当に目を通していると、ふと本国にいた頃に思いが向いた。考えてみれば退院した後パルスクート基地でゼルエルを受領して第三艦隊に合流してからこの方、陸地を踏んでいないかも知れない。最初のうちは寝る時にうざったく思っていた微かな波の音や艦の揺れなんかにも慣れたもんだ。


「あ、クロード。こんなとこにいたか、手紙来てたぜ?」


「マジか!? ちょ、早く言えって!」


 同じく休憩室にいたシルフ隊の隊員が慌てた様子で部屋を出て行った。本国に家族や帰りを待つ人がいる兵士にとって、そうした人たちからの手紙が何よりの心の支えになる。手紙、か。そういやティニはまたヴァイス・フォーゲルでエリィ姉にこき使われてるんだろうか…。今度手紙のひとつでも書いてみようか。そう思いながら再び紅茶を傍らに置いてテーブルに広げた新聞に視線を落とし、書かれた記事を読み進めていると…ふと自分のとは違う人影が目の前を暗くした。


「隊長、こちらにいらしたんですね」


 頭上から降ってきた声に視線を上げれば、腰を屈めたファルが新聞を覗き込んでいた。


「お、女神殺しの中尉殿じゃないか。何か用か?」


 三女神の一翼、ラケシス撃墜という快挙は本国のニュースでも即日大々的に取り上げられ、軍令部も即刻勲章授与と昇格を決定した。


「えっと…少しお話でも、と思いまして……ご迷惑でしたか?」


「いや、別に構わんよ。オレにゃ手紙をくれるような身内もいないしな」


 気付けば普段ならいつでも誰かしらいる休憩室がしんと静まり返っていて、オレたち以外に人影は無かった。おそらくはさっきの隊員と同じように本国からの手紙を読んだり、もしくは補給物資で潤ったPX売店などへ足を運んでいるに違いない。


「さて、何を話そうか?」


 新聞を折りたたみ、テーブルの上に放り投げる。ファルはそのテーブルを挟んで向かい側のソファーに座ると「そうですね…」と細い顎に軽く握った拳を当てて目を伏せる。そしてほんの数秒、沈黙した後「夢について…なんてどうですか?」と口を開いた。

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