第98話 再戦

 敵の補給路を寸断してから三週間、定期的に行われた少数部隊による威力偵察から敵基地の防衛能力が落ちてきていることは明らかだった。迎撃機は変わらず飛んでくるものの、地上からの対空砲火は皆無と言っていい。地上で睨み合う陸軍の部隊もそれは感じ取っていたらしく、グラトーニア中枢への大規模攻勢が決定した。

 作戦名、エクスオルキスムス。第一段階では各侵攻ルートに展開中の陸軍のロケット、加えて敵基地から直線距離にして400km沖合に展開する第三艦隊所属第二・第三護衛艦隊が対地ミサイルによる長距離支援砲撃を行い、地上戦力の侵攻ルートに面制圧をかける。その後、陸軍の戦車部隊に先行して攻撃ヘリ部隊が生き残りを掃討して侵攻ルートを確保する。地上戦力の主力である陸軍第四機甲旅団の侵攻ルートが確保された時点で第二段階へ移行。

 エンヴィオーネに拠点を置く空軍の制空戦闘機隊が順次発進してグラトーニアの航空戦力を上空へ誘い出す。そして想定される戦力の半数以上が展開、もしくは友軍の戦力損耗率が三割を上回る状況が発生した時点で第三艦隊の艦載航空部隊が発進。制空権の確保と基地中枢の無力化を試みる。


「ま、そんなこと言ったって…結局はガチンコの殴り合いだけどな!」


 戦場にいれば、ブリーフィングで言われたことなどガイドラインぐらいの意味しか無くなる。目の前の敵機を撃ち落とすだけでいっぱいいっぱいだ。


「ティクス、みんなの位置は?」


「オルトリンデは900m後方をぴったりくっついてきてくれてる。他はヴァルトラオテとシュヴェルトライテが十時方向1200で敵二個小隊と交戦中、その援護にヘルムヴィーケとジークルーネが向かってる。ゲルヒルデはグリムゲルテ、ロスヴァイセの支援爆撃を援護してるよ」


 レーダーディスプレイに視線を落とすと、ヴァルキューレ隊所属機のマーカーが強調されている。作戦全体の推移は順調、地上部隊侵攻の遅れも許容範囲内だ。グリムゲルテとロスヴァイセだけでなく、ガルダ隊やフェノディリー隊の支援も効果的に行えているということか。


「よし、ブリュンヒルデよりオルトリンデ。先行しているデリック隊、アズレイ隊の援護に…」


「待って! 方位000、真正面から敵影急速接近中。数三!」


 ティクスの声に言葉を遮られる。しかしこのタイミングでの増援、しかも機影が三となりゃ…。


「アトロポスよりラケシス、クロートー。今回は敵戦闘機隊を蹴散らして制空権を護るのが目的よ、ここを落とされればグラトーニア地域を敵に明け渡すことになる。敵機の数を減らして戦意をへし折ることに集中しなさい、いいわね!?」


「結局やるこた同じでしょ? 今回は対空装備だし、派手に暴れさせてもらうさ!」


「わたくしも地上への航空支援を済ませたら合流致しますわ」


 この声…あのエンヴィオーネ戦以来、忘れたことなど無い。ああ、そうだ…やっぱりお前らだよな。


「ライブラリ照合、機種特定。ハッツティオールシューネ、運命の三女神隊の接近を確認! 接触まで六十!」


 口元は緩み、首筋がじりじりする。ようやく待ちに待った瞬間が来たはずだが、エンヴィオーネで撃墜された記憶が脳裏によぎる。さすがはパイロットにとって死神と同意語とされる部隊だ。本能的な恐怖は拭い切れない。


「さ、三女神…!?」


「そんな…」


 ソフィとフェイも戸惑いの色を隠せない。そりゃそうか、今前線で確認されている航空部隊で文字通り最強の部隊が目の前に来ているのだ。キャノピーのフレームに取り付けられたミラーで後方にいるオルトリンデを見る。


「…オルトリンデ、怖いか?」


「……ちょっとだけ。ですが、この時のために私は空に帰ってきたんです。逃げるわけにはいきません」


 そうだな、その通りだ。ファルの言葉を聞いて、オレも吹っ切れた。


「その意気やよし。ブリュンヒルデよりヴァルトラオテ、今相手してる敵機はヘルムヴィーケとジークルーネに任せろ。シュヴェルトライテとゲルヒルデを連れて戻ってこい。オレたち五機で三女神を迎え撃つぞ!」


「こちらヴァルトラオテ、了解! シュヴェルトライテ、ゲルヒルデ、行くわよ!」


「おうよ! バンシーの頃とは違うってとこ、見せてやるぜ!」


「ゲルヒルデよりグリムゲルテ、援護位置を離れるけど…気を付けてね」


「グリムゲルテ、了解。いいわよ、この機体じゃハッツティオールシューネと空中戦なんて真似出来ないしね」


 散らばっていたカイラスたちが合流し、五機が楔形陣形を作る。直後に遥か前方、遠くからでも目立つ深紅に染められた翼が見えた。


「ターゲット・ヘッドオン。ブリュンヒルデ、エンゲージ! あの日の雪辱を晴らせ!」


「オルトリンデ、了解! エンゲージ!」


「ゲルヒルデ、了解。エンゲージ」


「ヴァルトラオテ、了解! エンゲージ!」


「シュヴェルトライテ、了解! 行っくぜぇぇえええぇえぇえええっ!!!」


 扇状に五機が散開して迫る三女神の包囲を試みる。だがさすがにハッツティオールシューネ、あの日にも見た爆発的な加速性は健在だ。こちらと同様に散開し、複雑なループを描き始める。


「その声、やはりバンシー隊の…! 久し振りね、また会えて嬉しいわ」


「あははははは、さぁさぁ殺し合いを始めようじゃん! このあたしを楽しませてみせろ!」


「きゃあぁあああぁぁあああああ!! 今再びこうして戦場で貴方様にお逢い出来るなんて…このミコト、恐悦至極ですわ。嗚呼、フィリル様…この胸の高鳴り、昇天してしまいそう」


 ああ、そういやあんたはそんな奴だったっけか。昇天、是非そうしてくれ。あんたがこの世から消えてくれるならこれほど嬉しいことは無い。アトロポスとラケシスはこちらに向かってくるが、そのクロートーは地上へと向かっている。狙いはグリムゲルテとロスヴァイセ…いや、地上の機甲部隊か。


「ヴァルトラオテ、クロートーが降下していく。奴に地上の友軍をやらせるな!」


「了解! シュヴェルトライテ、ついてきなさい!」


 空戦特化仕様のゼルエルが二機、翼端から鋭く雲を引きながら急降下していくのを後目に次の指示を出す。


「アトロポスの相手はオレがやる。オルトリンデ、お前はラケシスを頼むぞ。ゲルヒルデはオルトリンデのカバーだ!」


「了解しました、お気を付けて…!」


 後方で急旋回するオルトリンデをミラー越しに見た後、オレの視線は尾翼に巨大な鋏が描かれた機体に向けられる。三女神の長女と一対一、おっかないったらありゃしない。


「行くぞ、ティクス!」


「サポートは任せて、二度も墜とされる気は無いからね!」


 アフターバーナー点火、運命の裁ち鋏アトロポスとの格闘戦だ。

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