第79話 シーツ踊る屋上にて
ティニちゃんを探して病院の中を歩き回る。ナースセンターや廊下を歩く看護スタッフに女の子を見なかったかと尋ねると、下の階には行っていないように感じたので上の階を重点的に探す。屋上へと続く重たい扉を開けると、お日様の光に白く輝くシーツが風に揺れる中、ベンチに腰掛けるティニちゃんを見つけた。
「ティニちゃん、急に飛び出してっちゃうからビックリしたよ?」
近寄って声をかけても返事は無く、俯いたままじっと一点を見つめている。彼女の隣に腰を下ろし、純白のシーツが風と踊る様を眺めていると、ティニちゃんが口を開いた。
「…なんで、なんで戦争なんてするの? なんで殺し合うの? 誰にだって家族がいて、大切な人がいて、逆にその人を想う人がいて…それなのに、そんな人たち同士が殺し合って、なんになるの? 大切な誰かがいなくなるなんて絶対に嫌! お姉ちゃんからもお兄ちゃんに言ってよ! 戦争にはもう行かないでって!」
ティニちゃんの泣き声混じりの訴え…その必死さが胸に刺さる。解っている、この子が心から私たちのことを心配してくれていることくらい。だけど、私にその願いを叶えてあげる術は無かった。
「ごめん、それは多分無理だと思う。私が何を言っても…」
そう言うとまた俯いて肩を落とすティニちゃん。
「実はね、私もフィー君に昔同じことを言ったことがあるんだよ。でもやっぱり、聞いてはくれなかった…」
「…お兄ちゃんは、戦争が好きなの?」
ティニちゃんの問いにそんなわけないよ、と思わず苦笑する。
「中にはそういう変態もいるかも知れないけど、好きで殺し合いやってる人間なんていないよ。フィー君も私も本当は戦争なんて嫌だし、戦場になんて行きたくない。今まで何十機って敵の戦闘機を撃墜してきたけど、人を殺すことは…やっぱり後味悪いしさ。殺気剥き出しで飛んでくる相手を目の当たりにすれば、やっぱり怖いよ」
「だったら、なんで…解らない、解らないよ」
頭を抱えるティニちゃん。その頭の上に、そっと手を乗せる。
「みんながどういう理由で戦場に向かうのかは解らないけど、私は…自分が目指す未来のため、かな」
私の言葉に「え?」と顔を上げるティニちゃんにふっと微笑み、先を続ける。
「根拠は無いけど、多分フィー君もそうだと思うな。戦争で毎日沢山の人が死ぬ、その事実に納得出来ないのは私たちもティニちゃんも同じだよね。ティニちゃんは戦争が嫌でウェルティコーヴェンに行くことを選んだけど、私たちは戦争を終わらせたいって思って軍に入った。そこの違いだけだよ」
「でも、それって他の人にも出来たことで…別にお姉ちゃんたちがやらなきゃいけないことじゃないでしょ?」
「そうかも知れないね。でもそれじゃダメなんだよ、フィー君は…。もちろん、私もね」
「それがなんでって訊いてるの!」
ここが屋上で、他に人がいなくてよかった。苛立ちを隠せなくなっているティニちゃんを落ち着かせ、出来るだけゆっくりなテンポで話す。
「簡単に言っちゃえば、自分が目指す未来なんだから他力本願じゃいられない…そう考えたんだよ。だってそうでしょ? 欲しがってるのは自分なんだし、それが簡単に得られるものでない事も解ってる。なのに自分が何もせず、犠牲になる人間が大勢いるなんてのは気が引ける、そんなとこだよ」
「そんなの…そんなのって」
「あはは、単純過ぎて逆に理解出来ないかな? そんなもんだよ、戦う理由とか命を懸ける理由なんてのは…。だから私も退院したら戦うんだ、フィー君の傍を離れたくないからね」
言った瞬間、ティニちゃんが目を丸くした。一瞬何故そんな反応をされるのか解らなかったけど、最後に付け足した部分に対するものだと理解するのに時間はかからなかった。
「フィー君は大切な幼馴染だもん、小学校に入る前からずっと一緒だった…。いつも一緒にいたから、フィー君だけが危ない場所に行くなんて我慢出来なかった。嬉しいことも楽しいことも、辛いことも嫌なことだって共有したい。だから戦場にだって一緒に行くよ。戦うのは怖いけど、怖いのはきっとフィー君も同じだから」
自分の決意を改めて口にすると、気恥ずかしさが込み上げてくる。
「お姉ちゃん…」
唖然としたようなその声は恥ずかしさを急激に増幅させた。慌ててその場を取り繕おうと体が勝手にわたわた動く。
「いや、だから、その、ほら! 私たちだって好き好んで戦争しに行くわけじゃなくって、戦ってる人にもそれぞれそれなりの理由があって戦ってるんだよってのを知って欲しくてね? ティニちゃんが戦争を嫌う気持ちもとてもよく解るし大切なことなんだけどそれだけじゃどうにもならないこともあるわけで、私の願いは祈るだけじゃ手に入らないっていうか、さっきも言ったようにそれを叶えるのはとても大変だから他人任せにしたくないんだよ。えっと、だからつまり…」
「それがお姉ちゃんの、目指す未来なんだね」
落ち着いた声でそうポツリと呟いたティニちゃんはひとつ細く長く息を吐くと俯いていた顔を上げる。さっきまでの怒りや不安に満ちた眼差しではなく、ただ真っ直ぐに青く晴れ渡る空を見上げている。
「…うん、なんとなく解った。戦争が好きなんていう人も死にたい人もいるわけないよね。それでも戦わなきゃいけなくて、戦うことが大切な人を護る一番いい方法っていうことも…あるのかも知れないね」
戦争が好きな人間は…いないとも言い難いけど、どうやらこちらの意図は理解してもらえたらしいことにほっと安堵する。ティニちゃんは一度大きく深呼吸すると、ベンチから立ち上がって私を見下ろすように振り返る。
「ちぇ~、ずっと前から解ってはいたけどさぁ…。なぁんかここまではっきりすっぱり言われると対抗する気もなくなっちゃうよ。お兄ちゃん、ティニも狙ってたんだけどな」
今度は私が面食らった。だけど頬を若干紅潮させながら恨めしそうに私を睨むその表情から読み取れる感情は私の直感が正しいことを告げている。いやいや、恋に恋するにも程があるでしょうよ。
「その組み合わせでカップルになったら、フィー君警察に捕まっちゃうよ…」
二人が恋人とか…おおぅ、犯罪の臭いがぷんぷんする。でもまぁどうやらその「望まぬ未来」は回避出来そうだし、私たちの戦いへの誤解も解けたみたいだ。とりあえずは結果オーライってことかな?
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