第68話 撃墜
「…まさか、クラスター爆弾!?」
通常の爆弾と違い、中に大量の子弾を内包するタイプの空対地兵装のひとつ。空中で外装が外れて子弾を撒き散らし、更にその子弾が炸裂することで通常弾頭と比較して倍以上の面積を一発で制圧出来る兵器だ。対空兵装ではないが、今のオレたちの高度では充分その影響を受ける可能性がある。
「クラスターをこんな風に使うなんて…飛ぶ鳥落とすにゃショットガンってことかよ、くそ!」
頭は完全にアトロポスによって押さえつけられていて、少しでも上昇しようものなら間違いなく蜂の巣にされる。ならば降り注ぐ子弾の雨を潜り抜ける以外に道は無い。最大加速と共に地面に機体の腹をこするんじゃないかというギリギリの低空へと下りる。その時前方から迫るクラスター爆弾の外装が外れ、子弾が頭上を覆い始めた。
「そうね、それしか道は無い。でも私もいるということを忘れないで欲しいわね」
「! ミサイルアラート、六時方向より熱源二つ!」
上昇も旋回も出来ないこの低空では回避機動なんて不可能だ。完全にチェックメイト…死への恐怖が心をじわじわ侵食していく。チャフとフレアの残弾をすべて撒き散らすが、この状況で効果は期待出来ない。
「後方のミサイル、着弾まであと…きゃあ!」
突如衝撃がコクピットを揺さぶる。クラスターの子弾が右の垂直尾翼にぶつかって炸裂、ダメージそのもの大したものではないがその後次々と子弾による衝撃が襲う。
「右垂直尾翼被弾、小破。左主翼、機体背面にも被弾! フラップ破損、バランスに注意して!」
「くそったれ!」
その瞬間、ふと時間の流れがゆっくりになった気がした。たまたま左へ向いた視界の中心…やけに近くに落ちてきたクラスターの子弾が見えた。子弾表面のラベルまで読めそうなくらい、キャノピーのすぐ向こうにそれはあった。無意識に目が見開かれ、次に起こるだろう事態を想像して身が固くなる。
子弾はキャノピーにぶつかって炸裂し、その破片はキャノピーさえも突き破ってコクピット内に侵入してきた。それに反応する間もなく視界の半分が真っ赤に染まると同時に激痛が走り、思わず目を閉じる。
「あが、あぁあああぁああっ!!」
「フィー君!?」
激痛に耐えながら必死に目を開けようとするが、左目がどうにも開かない。いや、開いているには開いているようだが視界が無い。咄嗟に左目を押さえた左手が真っ赤に染まっていることに気付き、先程の破片にやられたのだと認識する。
「どうしたの、フィ…きゃああっ!」
さっきアトロポスの放ったミサイルが右主翼を吹き飛ばし、もう一発は左側排気ノズルの脇…尾翼の付け根に突き刺さる。多目的ディスプレイに表示されている機体のコンディションは真っ赤に染まっていた。
「右主翼、左舷エンジンブロック大破! 右舷エンジンも停止…ダメ、墜ちる!」
自分でも何を思ったのか、スロットルレバーを一番手前に引いてエアブレーキを開くと同時にギアダウン。残っていた燃料を放出し、不時着の姿勢を整える。だが主翼を片方失い、尾翼も吹き飛んだ状態では姿勢制御など出来ない。
「衝撃に備えろ!」
そう言うが早いか、ランディングギアが接地。だがついさっきまで音より早く飛んでいたのだ、エアブレーキ全開にしていても速度は簡単に落ちてくれず、着陸には早過ぎる速度で接地してしまったために膨大過ぎる運動エネルギーにギアは脆くもへし折れ、役目を果たせぬまま破片として遥か後方へと消えていった。ただギリギリまで高度を下げていたおかげか、墜落の衝撃は最低限に抑えられた。機体はアスファルトの路面を滑り、やがて止まった。
「ターゲットの撃墜を確認。やれやれ、本当にてこずったわね…っと!?」
「貴様ぁぁあああぁああぁあぁぁあああっ!!!」
朦朧とする意識の中、耳にメファリア中佐の怒号が響く。
「あんたらは、あんたらはどれだけ奪えば気が済むのよ!?」
「くっ、デイジー1か…!」
「お姉さま、南東より新たな機影。敵の増援かと思われますが、如何致します?」
「後退するわ。友軍の地上部隊も防衛ラインを突破されたようだし、私たちだってさすがに活動限界だしね」
「待ちなさいよ、卑怯者!」
「デイジー6よりAWACS、デイジー6よりAWACS。バンシー1が撃墜された、バンシー1撃墜! パイロットの生死は不明なれど、機体の爆発・炎上等は確認出来ない。地上部隊に救援を要請する!」
目を開けて意識が覚醒すると全身を駆け回る痛みに気付かされる。まず視界に入ってきたのは所々赤く染まり、滅茶苦茶に壊れた計器が並ぶコクピット。ジェットエンジンの轟音に頭上を見上げれば、二機のハッツティオールシューネが北の空へと撤退していく。二機に必死に追いつこうとするヴァーチャーⅡが二機…デイジー隊の二機かな。
「…う、うぅ」
前席から聞こえてきた苦しそうな呻き声にハッとして声をかける。
「フィー君!? フィー君、大丈夫!?」
すぐに返事が返ってこなくて不安が膨れ上がる。痛みに堪えながら動く腕でひしゃげた前席のシートを掴んで上体を引き起こしながらもう一度名前を呼ぶと、「生きてるよ…」と弱々しい返事が返ってきた。決して楽観出来るような状況ではないけど、一番身近な不安が取り除かれたことにほっと安堵する。前席を掴んでいた手を放して再び背もたれに体を預け、改めて状況の把握に意識を切り替える。
電気系統は…ダメか、主電源からの反応が無い。あ、副電源は生きてるみたい。断線はどこだろ? コクピット側面に並んでいるスイッチを入れたり切ったりし、電源の迂回路を手動で指示する。しばらくすると突然計器から火花が散って驚いたが、コンソールパネルが起動したのを見て小さくガッツポーズ。エンジンが止まっている現状では発電出来ないから、この非常用バッテリーもすぐに尽きてしまうだろう。だけど、少しでも動いてくれるならやれることはある。
「フィー君は動ける?」
「ああ、左腕は動かんが…足は無事みたいだな。逃げるとするか」
幸い…と言っていいのか、キャノピーは不時着時の衝撃で外れたのか無くなっていた。フィー君がハーネスと呼ばれる安全ベルトを外して立ち上がる。
「おい、何やってる。さっさと逃げるぞ」
そう言って傷だらけのヘルメットを投げ捨てながら私の方を振り向いた彼の顔を見て驚き、目を丸くする。
「フィー君、その左目…!」
額の傷から流れた血だと思いたかった、彼の顔を伝う鮮血の道筋は…彼の左目を起点としていた。よく見ればそれだけじゃない。口元にも吐血の跡があるし、左腕や腹部にも血がにじんでいる。
「ああ、さっきクラスターの破片にやられてな。ただとりあえず、今は友軍と合流するのが先だ」
「…そうだね。ちょっと離れちゃってるけど、この道を6ブロックぐらい南に進めば陸軍の部隊がいるはずだよ。まだこの子のセンサーが生きてる時に見た感じだと、多分その辺りだと思う」
「なら急ぐぞ、さっさと出てこいって」
右手に黒いボディに銀色のラインが輝くリボルバー、アルストロメリアを握り締めるとフィー君がコクピットから外へ降りて私を睨む。
「…うん、ごめん。フィー君独りで行ってくれないかな? 私は、ここに残るよ」
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