第54話 足掻く者たち

 基地に戻り、基地司令に結果を報告する。ミカエルの圧勝という結果はゼルエルの完成度を疑わせたが、単に不慣れな機体でパイロットが戸惑っただけだ、と言うと意外と納得してもらえた。


「しかし、そのように不慣れな機体で…次はエンヴィオーネだぞ?」


 ノヴァ司令の心配ももっともだ。だけどオレの感想としては、それほど心配はしていない。


「それほど大きな問題にはならないかと思います。逆にこの結果はパイロットをより深く機体へ向き合わせるでしょう。機体そのものの完成度は高いものでしたので、あれを使いこなせるようになれば戦力として期待出来る代物です。ただ…」


 ファルに用意してもらった今回の模擬戦で得られたデータ、これがパイロットの練度を上げていくらかマシになったとしても…。


「三女神の操るハッツティオールシューネに敵うかは…不安が残ります」


 そう言うと、ノヴァ司令は少し寂しそうな眼をして報告書を見つめる。


「そうか…。やはり所詮ミカエルのマイナーチェンジの域を出ない、か」


「現状ではそうなります。完成されれば、また変わってくるのでしょうが…。とはいえ、三女神に対抗する術が他に無いのも事実」


「…ああ、そうだな。君たちにはそれをやってもらわなくてはならない。では、さっそくその作戦の詳細を言い渡す」


 報告書がパサッとデスクの上に放られ、ノヴァ司令の鋭い眼光がオレを射抜く。




 その日の夜、オレは隊員全員を再びブリーフィングルームに集めた。


「朝に引き続き、集まってもらって悪いな。A分隊は日中の訓練、ご苦労だった。ファル、君も実戦前に実機に乗れたのはいい経験になっただろう」


「はい、有り難う御座いました」


「完成度は悪くないって判ったんだ、実戦までに確実に自分の武器にしておけよ。さて、お前らも気になってることだろう。エンヴィオーネ侵攻作戦について詳細が決定したため、知らせておこうと思う」


 正直ノヴァ司令から言い渡された内容は言いにくいものだったが、言わなくてはならない。オレは部屋に充満する緊張した空気に押し潰されたわけじゃないが、我ながら重たい溜息を吐きながら大型ディスプレイの電源を入れて言葉を続ける。


「エンヴィオーネ侵攻作戦、作戦名『オペレーション・ディパーチャー』は明後日の未明、○四○○より開始される。第一段階は陸軍第64機甲師団を主力とする地上戦力がエンヴィオーネ中心部への攻撃を開始。次いで沿岸に展開する第二艦隊からの支援砲撃、及び航空支援が始まる。陸軍がエンヴィオーネ市街に侵入、もしくは友軍の損耗率が二割に達した段階で作戦は第二段階へ移行。レヴィアータと第三艦隊からの増援が敵航空戦力を炙り出す。事前の威力偵察により推測される敵戦力の三分の二の出撃もしくは運命の三女神隊の確認をトリガーとして作戦は第三段階に…ここからがオレたちの仕事になる」


 次々とデータが読み込まれ、ディスプレイには作戦の進行に合わせて予想される状況を代わる代わる映し出す。


「第三段階への移行発令と同時に、ケルツァーク基地所属の全部隊は順次出撃。バンシー隊所属機は全機スクラムジェットブースターを装備、携行兵装は短射程空対空ミサイル『ヨハネ』四発に中射程空対空ミサイル『ルカ』二発、中射程空対地ミサイル『マタイ』二発で統一する。最大戦速でエンヴィオーネを目指す。オレたちは戦域到達後、情報収集行動をしつつ最大の獲物である運命の三女神隊を探し出す。エンヴィオーネに彼女たちがいるのはほぼ間違いない。次の作戦では確実にぶつかる…いや、この部隊の創設目的を考えれば、ぶつからねばならない相手だ」


 ふと視線をディスプレイから部下たちに戻せば、これまでのどんなブリーフィングよりも強張った顔が並んでいる。運命の三女神と交戦することがどのような意味を持つのか、パイロットならば誰もが知っているのだ。


「彼女たちと接敵後、情報収集行動を開始する。オレたちの任務には、運命の三女神隊を可能な限り釘付けにして友軍の侵攻を手助けする意味も含まれているが、メインはあくまでハッツティオールシューネだ。あの馬鹿げた高性能の化けの皮を剥ぎ取ってくる…それが今回オレたちが何より優先しなくてはならない第一目標、だがそれと同等に重要なのは試作ゼルエルの防衛だということも忘れるな。この二つの目標は最低限こなさなくてはならない。そこで、戦域到達後の役割を確認しておく」


 そこでディスプレイがエンヴィオーネ基地周辺のマップから五つの楔形が並ぶ画面に切り替わる。


「戦域到達後、敵戦闘機はとりあえず無視しろ。三女神と遭遇するまでは地上の対空火器排除を優先する。仮に三女神と早々に交戦した場合はA分隊が三女神の情報収集、B分隊が地上対空火器の爆撃を行う。ヨハネやルカに比べて、マタイは重いからな…状況によってはA分隊の三機についてはマタイの使用を諦めるという選択肢もあり得るだろう。これは各パイロットの判断に委ねる」


 ただでさえ化け物みたいな機動性を誇る敵を相手にするんだ、機体は軽くしておくに越したことは無い。


「本来であれば国民の血税で生産されたミサイルを無駄にするなんて懲罰ものだが、今回ばかりはそうも言ってられん。それだけの激戦が予想されるし、それだけ余裕の無い相手だ。明後日、○三四五に機上にて最終ブリーフィングを行う。時間厳守だ、遅れるなよ? 明日一日をどう過ごすかは各自に任せる。機体のチェックを入念に行うもよし、シミュレーターで動きを確認するもよし、だ。…通達事項は以上だが、何か質問はあるか?」


 ディスプレイの電源を切り、部屋の照明を点ける。一人々々に眼を配っていると、一人手が挙がった。


「隊長、ひとついいか?」


 アトゥレイだ。言葉の続きを促すと、「例えば、なんだが…」と恐る恐るといった感じで続きを述べる。


「俺たちが出撃するのは第三段階だって話だったが、第一段階で既に三女神が出てきたら…どうするんだ?」


 ふむ、いい質問だ。


「その状況は作戦第二段階Bプランとして用意されている。ただし変更点はただひとつ、オレたちケルツァーク所属組の出番が早まるだけだ。大きな変更点は何も無い、オレたちは三女神が確認された時にはただちに出撃…それだけを頭に叩き込んでおけばいい」


「…どっちにしろ、避けられねぇってこったな」


 珍しく弱々しい声を漏らすアトゥレイに、いつもなら「情けないわね、怖いの?」とか言いそうなカイラスも沈黙を守ったままだ。ま、しょうがないか。オレだって怖ぇしな…。


「そういうことだ。他に無いのなら、今日はこれまでだ。解散してよし」


 だが誰一人として席を立つ者はいない。逆にオレの方が重苦しい空気から逃げるように部屋を出た。




 三女神との交戦が確実になる。たったそれだけのことなのに、それが私たちパイロットに与える精神的影響は大きい。何せこれまで交戦した部隊は陸・海・空すべてにおいて壊滅的な被害を受け、全滅してしまうことさえあるほど絶対的な力を持つ。戦場での遭遇率が低いこともあって、パイロットたちからはある種の天災扱いだ。人の力ではどうにもならない、という意味も込められている。


「ほら、チサト。シミュレーターで機動の確認しましょう」


 そんな相手と明後日には戦うことになるというのに、この子は元気だ。


「次の作戦で私はゼルエルで飛ぶんですから、ナビ無しで三女神と戦えなきゃいけないんですよ?」


「三女神と戦うって…簡単に言ってくれちゃって」


 それが可能なら誰もこんなネガティヴな雰囲気醸し出さないっての。異質と感じるぐらいに、ファルの金色の瞳はキラキラと輝いていた。


「簡単じゃないのは解ってます。私の想像以上に厳しい戦闘になる…でも、それなら尚更、少しでも生還の可能性を高める努力をしなくてはいけない。…違いますか?」


 いまいち三女神という存在を理解していない…いや、おそらくゼルエルという新しい武器を手に入れたことが彼女の恐怖心をいくらか払拭させているのだ。この基地に運ばれてきた時にはエンジンが本来のものではないという状態から完成度が低いのではないかという懸念もあったけど、杞憂に過ぎなかったのは私も知っている。

 だが…彼女の言葉の完全無欠な正しさには、弱気になっていた自分の口元を緩ませた。


「いんや、まったくその通りだわ。だったら精一杯足掻いてみますか、死にたくないもんね!」


「それならぼくらも一緒にやっていいかな? やらずの悔いは残したくないからね」


「お願いします、中尉」

 イーグレットとメルルの四番機ペア、か。攻撃の命中率では部隊一だし、確かに三女神対策の練習には持って来いの相手かも知れない。

「オッケー、今日と明日で1%…いいえ、コンマ数%で構わない。生還の道筋を切り開くよ!」

「「「了解!」」」

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