第53話 妖精の舞踏

 増槽は既に空。燃料の残りから見て、これが最後の模擬戦だな。その内容によっては途中で空中給油機を呼ぶ必要もあるかも知れないな。そんなことを考えていると、警報が鳴り響いた。


「レーダーに感あり。バンシー5、一時方向より接近。高度18000」


 右舷やや上方…真っ直ぐに飛んでくる機影。さっきから薄々感じてはいたが、やはりミカエルより速い。同じエンジンを搭載してるのだし、そんなことがあるのか…と思っていたが、何より信頼しているミカエルの高感度センサー群がゼルエルの優れた加速性と最大速度を示している。


「迎撃する。データの収集とナビゲート、よろしくな」


「了解、今回だって負けてあげないんだから」


 スロットルを最前位置へと押し込み、機首をバンシー5へと向けながら最大加速でゼルエルへと向かう。レーダーディスプレイ上ではバンシー5の反応が見る見るうちに接近してくる。


「バンシー5、ヘッドオン。五秒後に接触する」


「FCS、コンタクト。マスターアーム・オン、オール・ウェポン・フリー。バンシー5、インサイト!」


 後席から相棒の声に前方を睨んだ直後、相変わらず凄まじい勢いで飛んでくるゼルエルとすれ違う。それまで押し込んでいたスロットルレバーを今度は手前に引き戻してエアブレーキ全開、後方へたたまれた可変翼が勢いよく開かれる。揚力が上がり、持ち前の機動性を最大限発揮出来るこの翼位置での急旋回。すれ違ったバンシー5を探して視線を走らせる…が、直後に鳴り響く警報。


「ロックオンされた。ブレイク!」


「なっ!?」


 ティクスの指示に従って再びエンジンの出力を上げ、回避機動を取る。さっきまでどっこいどっこいだった…少なくとも旋回中、それもこんなタイミングで捕まることなんて無かった。機体そのものの性能が上がるなんてことはない、つまり…。


「手ぇ抜いてやがったな、あの小娘!」


 ふざけやがって、まんまとしてやられた。道理で今まで物足りなかったはずだ。あっという間に後ろに喰いつかれ、振り払おうと上下左右へと逃げてみてもすぐに追いついてくる。


「データの収集、やってるな!?」


「もちろん、このデータ取らなきゃ今回の訓練が意味無くなっちゃうしね。敵機、左から仕掛けてくる。ブレイク・ポート!」


 バレルロールと呼ばれる自機進行方向に螺旋を描く機動を取った直後に左方向へ急旋回、それでもまだついてくる。一矢報いる…ついさっき聞いたファルの言葉がふと頭をよぎる。だがそれをそのまま実現させてやるほどオレは優しくない。大人気ないかも知れないが、負けるのは嫌いなんでね。




 やはり思った通り、ゼルエルの完成度は決して低くない。ミカエルに初めて乗った時はヴァーチャーⅡと比較して驚いたものだったけど、自分で操縦桿を握っているせいか感動が一際大きい。

 これまでバンシー隊の戦闘データや、今回の模擬戦で改めて収集したデータ…それらを分析して導き出される隊長の飛び方の傾向を見つける。あとは機動を予測してその対策を事前に練っておく。おかげで急旋回にも動揺することなくついていける。さっきのバレルロールからの左旋回でロックは外されてしまったけど、この分なら再び捕捉するのも時間の問題だろう。


「どこへ逃げようと、今度は逃がしません…!」


 HUDを泳ぐミサイルシーカーが見えているかのように絶妙なタイミングで回避するバンシー1。急上昇したかと思えば、くるっと機体をローリングさせて急降下していくバンシー1の機動をそっくりそのままゼルエルに命じ、音速の2倍近い速度で垂直降下していく。真っ白な綿雲を突き抜け、ミカエルの後姿の先には青々とした海面が迫る。高度計に目をやってちらりと恐怖を感じる数値になった瞬間、前方を行くバンシー1が機首を跳ね上げる。一刹那遅れ、私も操縦桿を目一杯引いて上昇を指示する。

 海面スレスレをミカエルが駆け抜け、エンジンからの爆風で機体の後方にはモーターボートが通った時のような白波が広がっていく。上昇舵の入力はこちらがコンマ数秒遅れたが、旋回性で上回るゼルエルはバンシー1の後方やや上方という好位置を私に与えてくれた。兵装はバルカンを選択、HUDに浮かび上がるRDY‐GUNという表示を確認してトリガーを引く。


「バンシー5、フォックス3」


 右舷エアインテークの外側、主翼の付け根に設けられた砲口から粘着性の高い塗料が詰められたペイント弾が高速発射される。バンシー1の頭上を通過するが、別に当てようと狙ったわけじゃない。上昇すれば被弾する…そう思わせるのが狙いだ。翼の先端が海面に接触しそうになりながら、バンシー1が旋回する。

 だが下に行けば墜落、上に行けば蜂の巣…この状況下では機敏な動きが出来るはずもない。旋回をやめる度にバルカン砲を同じようにバンシー1の頭上目掛け発射し、間隔を空けてまた一秒ほどペイント弾を撃ち込む。さっきまでHUDを迷走するばかりだったミサイルシーカーが、直進を始めたバンシー1を捕まえ…。


「え?」


 きっと若干…本当に若干機体を起こして全身で空気抵抗を生み、それで機体を持ち上げたのだろう。こちらの発砲するタイミングの隙間を縫ってバンシー1がふわっと浮かび上がるように上昇する。わずかにこちらよりも高い位置へ移動した。そして次の瞬間、突然目が眩むほどに光り輝く火の玉がいくつも降り注ぐ。


「きゃっ!?」


 思わず目を閉じ、体を強張らせる。なんなの、これは? 突如現れた火の玉に理解が追いつかず、激しい光で視界が戻らないでいると、耳に警報が飛び込んできた。ロックオンアラートの直後にはミサイルアラート、更には…。


「はいは~い、バンシー3よりバンシー5。状況終了、七回目の戦死お・め・で・と・う。すごいね、十四階級特進かしら?」


 チサトからの楽しそうな声。HUDにはDEADの文字。そんな…一体何が? 未だに状況の整理が出来ず、左右へ視線を走らせるとすぐ隣にバンシー1が並行して飛んでいた。


「どうだ、フレアをこんな風に使うとは誰も思わんだろ?」


「フレア? あの激しい閃光はフレアを…?」


 そこですべて理解した。なるほど、フレアは熱源追尾式ミサイルへの防御兵器として大量の熱を発する火の玉だ。そのフレアを超至近距離で大量に放出することで相手の視界を奪い、その隙にエアブレーキを展開して後方に回り、攻撃。


「ひ、卑怯です! こんな、こんな戦術…」


「戦場に卑怯もクソもあるか、使えるものを使って何が悪い。踏んできた場数と超えてきた死線の数の差だな」


「今回の訓練、事前に防御兵装だけは通常のものを使用するって伝えておいたよね? それに最後の七回目以外真面目にやらなかったファルちゃんに異を唱える資格は無いと思うな」


 それを言われると、何も言い返せない。悔しいけど、確かに防御兵装に関してはいつも通りだと通達はあった。そこに疑問を感じないわけではなかったが、深い意味は無いものと勝手に決め付けたのは私だ。


「う、うぅぅ…」


「くくく、納得行かんか? まぁいい、存分に悔しがれ。存外にいい機体に仕上がっているようだし、ちゃんと使いこなせばミカエルじゃ相手にならないぐらいにはなるんじゃないか? そいつこそ本当の対運命の三女神用の機体って風には感じた」


「あ~あ、システム周りさえ複雑じゃなきゃ私も乗りたいって志願したのになぁ。ファル、今度ちょっと乗らせてよ」


「チサト中尉、ゼルエルは今度の作戦が終わったら本国に戻っちゃうよ?」


 え~、とチサトの残念そうな溜息混じりの声が聞こえてくる。…隊長の言うように、思ったよりもゼルエルはいい機体だ。あとは上手く使いこなせば、か。私の腕が機体性能に追いついていない…そういうこと? 自分の腕には自信もあったのに、少しショックだった。


「さてと、アフターバーナーを使い過ぎたな。ティクス、ケルツァークに空中給油機の発進要請。護衛はB分隊でも使ってくれればいいって言っとけ」


「さぁさぁ帰るよ、チサト中尉も合流して。バンシー1よりケルツァークコントロール。試作機の実機搭乗訓練プログラム終了、これより帰投する。燃料が心許ない、空中給油機による補給の必要を認む」


「ケルツァークコントロールよりバンシー1、了解した。タンカーとの合流ポイントを送る」


 航空燃料を積んでいるためか、空中給油機はタンカーと呼称されることが多い。周辺警戒にあたっていたバンシー3も合流し、三機で指定された合流ポイントの座標を目指す。

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