第50話 格納庫にて

 ヴァイス・フォーゲルから基地に戻ると、私服から軍支給の軍服に着替えて格納庫に向かう。四機のミカエルに加えて、その隣で整備兵が忙しく整備をしている新型機ゼルエル。

 ミカエルと同様、エンジンユニットが後方へ大きく飛び出たようなデザイン。垂直尾翼が外側へ傾いているのも同じで、相違点は可変翼が固定翼になったのと、水平尾翼が左右エンジンユニットの内側にそれぞれ増設された部分ぐらいしか外目からは判らない。


 だが一番やっかいなのはミカエルよりも高性能になってより複雑になった情報収集装置の制御をパイロットがしなくてはならなくなった点だろう。ミカエルではその役割をWSOが担当していたため、パイロットは操縦と戦闘に専念出来た。次の作戦で本当にこいつを使うことになれば、これに乗る人間は熾烈を極めるだろう戦場の中で高性能新型センサーのテストをしながら、慣れない機体を操らねばならない。しかも相対するであろうターゲットはあの運命の三女神ときたもんだ。

 整備兵の誰か、そいつを今から飛べないように細工してくんねぇかな…。


「隊長、こちらにいらっしゃいましたか」


 不意に声をかけられて振り向くと、ファルがその金色の双眸でこちらを見上げながら敬礼していた。


「毎度毎度敬礼しなくたっていい。そういう堅ッ苦しいのは嫌いなんだ」


 そう言いながらも返礼してやると、「それは失礼致しました」と彼女も手を下ろして格納庫の中に視線を向ける。


「ゼルエル…誰を乗せるか、もう決まってるんですか?」


「候補ぐらいは考えてる。ただオレ個人としては、次の作戦でこいつをいきなり投入するのはリスクが高過ぎると思っている。出来れば飛ばしたくないんだよ。いくら実戦テストとは言っても、『女神』との交戦が予想される作戦でなんてふざけてるとしか思えない」


 隠してもしょうがないので、思っていることをそのまま吐き出してみると、ファルは「確かに、危険ですね」と同意を示した後、「しかし…」と言葉をつなげる。


「これまでミカエルで得たデータを使って緊急で開発された機体ですし、悪い機体ではないかと思います。それにおそらく上層部は一機でも多く戦闘偵察機を送り込むことで確実に収集したいのでしょう、彼女たちのデータを」


「つまり、ミカエル四機でも足りないと踏んでるわけだ。全滅してもおかしくない、と」


「無理も無いことかと思います。彼女たちはたった三機で一個大隊を壊滅に追い込めるだけの存在なのですから」


 それもそうか、第二艦隊も手痛くやられたばかりだしな。ならば尚更、試作機なんか前線に出すべきじゃない。新型の試作機なんて言ったら絶対に撃墜されるわけにはいかないし、むしろ傷ひとつつけようものなら何を言われるか判ったもんじゃない。


「まったく、カタログスペックじゃミカエルよりも機動性がアップしてるとか書いてあったが…面倒なもん寄越すんじゃねぇよってんだ」


「ですが私たちは恵まれていますよ。ミカエルは本当にいい機体ですし、他の部隊はヴァーチャーⅡやセイレーンで頑張ってるんですから」


「そうだな。今だって北の空じゃ制空権の維持に頑張ってくれてるはずだしな」


 レヴィアータを完全に占領した軍は以前空爆で破壊した基地を修復し、そこを拠点にエンヴィオーネ基地攻略作戦の準備をしている。特に陸軍はこの間の戦闘で突破した防衛ライン付近のエリアで前線基地を作り、戦車や対空車両で今度はこっちが防衛ラインを構築して侵攻のタイミングを待っている。そしてその彼らを護るため、レヴィアータに配備された空軍の部隊が哨戒任務を継続しているのだ。

 少し前までは度々攻撃を受け、その度にスクランブルで発進するといったこともあったのに、いつの間にやらここは最前線ではなくなり、後方と呼べるポジションになった。


「ま、感覚を掴む意味でもエンヴィオーネ侵攻の前に一度くらい模擬戦はやっておきたい。今日中には誰を乗せるか決めるさ」


「候補に上がっているのって、誰なんですか?」


「聞いたら後の楽しみが減るぞ?」


「期待しっ放しというのもなかなか嫌なものですから…」


 そういうもんかな? オレはとりあえず格納庫の出口へ向かって歩き出し、ファルもその後をついて来る。


「やはり、お教えいただけませんか?」


「別に構わんよ。ティクスに君とメルル…この三人のうちの誰かだ。あのシステム周りを操れるのはWSOメンバーぐらいだろうし、カイラスだとB分隊の統率が機能不全に陥るリスクが高まる。ただ空戦もこなすと考えると…メルルにも少し荷が重いか」


 となるとティクスかファルになるのだが…ティクスの戦闘機動はオレが一番よく知ってるしな、安心して任せられると言えば任せられる。


「いずれにせよ、コールサインはバンシー5になる。奇数番号はA分隊だし、ティクスか君のどちらかにするつもりだ」


「そう、ですか。もしも私に任せていただけるのでしたら、喜んでお引き受け致します…とだけ申し上げておきますね」


 背後から来る明るい声。実戦で見たことは無くても、確かに彼女は情報処理能力だけでなく操縦技術も一級品だと思う。以前シミュレーター訓練でチサトを完膚なきまでに叩きのめしてたのも知ってるし、そういう意味では確かに適任かも知れない。


「ああ、参考にしとく」


 ただしその場合、本来彼女がWSOを務める三番機はどうする? 情報収集行動はまぁ望むべくも無いとして、戦闘能力の低下はあり得ないか? 援護機動が得意のチサトが…あ、それなら逆に五番機の援護に徹するようにすればいいのか。悩みの種だった問題の解決策に、少し方向性が見えてきた。

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