第45話 進軍

 自分の声すら聞こえないくらい、爆音と振動が支配する戦場。塹壕からライフルだけを出してトリガーを引き続ける。弾が無くなったら弾倉を入れ替えて、またろくに照準もせず銃弾を撃ち出す。


「隊長! ダメです、敵の侵攻が止まりません! 防衛ラインが…」


 その時、近くにいた戦車が砲撃の直撃を受けて爆発する。部下の進言は鼓膜が吹き飛びそうな爆音にかき消され、傍らの通信兵が背負う中距離無線機から受話器をひったくる。


「グウィシオン隊よりCPコマンドポスト(作戦指揮所)、グウィシオン隊よりCP! エンヴィオーネからの増援はまだ来ないのか!? このままじゃ持ちこたえられないぞ。早くしてくれ!」


「こちらCP。増援は既に発進している。間もなく到着するはずだ。貴官らは引き続き防衛ラインを死守せよ」


「ふざけるな、頭の上は敵機しかいねぇぞ!」


 怒りに任せて受話器を無線機本体に叩きつける。直後、背後から轟音と振動が襲いかかってくる。


「くそ、おい…」


 振動が収まって振り返ると、すぐ後ろにいたはずの部下の姿はどこかに消し飛んでいた。


「畜生!」


 左手でヘルメットを頭に押し付けながら、塹壕から少しだけ頭を出す。視界に入るのは地面と撃破された戦車や撃墜されたヘリから立ち上る黒煙と雲で煙る空、そして絶望を連れて押し迫る敵戦車部隊の群れ。歩兵は戦車の後ろに身を隠し、時折姿を見せたと思えば携行式対戦車ミサイルをぶっ放してくる。

 向こうの損耗率だって低くないはずだ、それなのに退かない。逃げ出したい気持ちを押さえつけ、同じ気持ちのはずの部下に命令を下す。


「グウィシオンより全部隊、ここを突破されたらエンヴィオーネ中心部まで防衛線を敷ける地形は無い! これ以上くそったれなフォーリアンロザリオ共に連邦の大地を蹂躙させてたまるか。死んでも退くんじゃないぞ! 生き残りたきゃ殺せ!」


 塹壕の中に置いてあった武器コンテナから対物ライフルを取り出す。槍のように長い銃身を取り付け、通常のアサルトライフルとは比べ物にならない巨大な弾倉を差し込み、コッキングレバーを引いて初弾装填…塹壕の外へ出す。スコープの倍率を上げて迫ってくる敵戦車を十字の中心に捕らえる。


「喰らいやがれぇ!」


 引き金を引いた直後に、ストックをしっかり肩に当ててホールドしていても脱臼しそうな衝撃を感じる。だがそんなものは一瞬だ。飛び出した弾丸は敵戦車のキャタピラを破壊し、身動きが取れなくなったところに味方の戦車からの砲撃が飛んできて爆発した。


「よっしゃ!」


 コッキングレバーを引き、空薬莢を排出すると同時に次弾を装填する。再び照準を合わせようとした時、何か悪寒のようなものを感じて視線が跳ね上がる。曇り空から黒煙を切り裂いて、四機の戦闘機がダイブしてきた。


「敵の戦闘機!? くそ、やっぱりエンヴィオーネの増援なんか来て無ぇじゃねぇか!」


 対物ライフルをその場に置いたまま慌てて塹壕に戻って無線機の受話器を掴む。


「グウィシオンより対空車両各車に告ぐ、上空に敵機! 迎撃し…」


 もう一度敵機の姿を確認しようと視線を上げる。言葉が途切れたのは、嫌なものが視界に入ったからだ。敵機の腹から吐き出されたそれは、最初は通常の爆弾に見えた。だが機体から離れた後バカッと二つに割れて、その中からいくつもの小さな爆弾が四方に散らばって落ちてくる。


「クラスター爆弾!?」


 しかもそれだけじゃない。後に続く別の戦闘機の腹からは直線上に小型爆弾を降らせながら飛行する、スタンドオフディスペンサーが二発飛び出していった。

「まずい、あの方向には友軍の機甲師団が! 対空車両、スタンドオフディスペンサーがそちらに接近…ッ!」

 頭上で炸裂したクラスター爆弾が、無数のベアリングを地上に撒き散らす。塹壕は水平方向の攻撃に対しては歩兵を守ってくれる盾になるが、上空からの攻撃に対しては無防備だ。激痛が一瞬全身を駆け巡る。何が起きたのかを理解する暇さえ与えられないまま、意識が暗転した。




「やりました、成功です! 敵対戦車陣地に穴が開きました!」


 機体を傾けて地上の様子を確認し、前を行く隊長機に伝える。


「バンシー1より地上部隊へ、ポイントB‐3に突破口を開けてやったぞ。有効に活用してくれ」


「こちら第67機甲師団、リルフェラーズ隊。バンシー隊の正確な航空支援に感謝する」


 地上部隊にそう告げた後、隊長は急上昇をかけて空を覆う雲を突き抜ける。それを追ってほんの数秒、灰色の世界を通過するとそこはもう晴天の世界。清々しいくらいの青いキャンパスに白い螺旋と赤い炎が咲き乱れる。


「バンシー1よりバンシー3、残弾撃ち尽くすまでは帰れないからな。一気にカタを付けるぞ!」


「バンシー3、了解。ファル、情報収集もだけど周辺警戒もよろしくね」


 後席に座るファルは「解りました、任せてください」と頼もしい返事をくれる。カタカタとコンソールを操作する音が引っ切り無しに聞こえてくる。ああ、本当にWSOとして配属されなくてよかった。私にはきっと無理な仕事だっただろう。着任して最初に隊長がWSOが如何に重要なポジションかを説明してくれたが、パイロットよりも働くことになるって話は本当だった。操縦してる方がずっと楽だ。


 隊長機の後方、間隔を空けて同じコースを飛んでいると隊長の機動がよく解る。基本的には自機の近く…というよりももっとも早く攻撃ポジションにつける相手を選んで操縦桿を切る。たとえ近くにいても後ろに回り込めないと判断すれば向かわないし、最寄でなくても自機に背を向けている敵機がいればすかさず加速する。

 一機撃墜してから次の行動に移るまでのラグが非常に短い。おそらく撃墜する前から次のターゲットを決めてあるのだ。ホント、惚れ惚れする手際の良さ。私は置いてかれないようにエンジンの出力を上げる。


「こちらブラウニー5、敵二機に背後を取られた。誰か追い払ってくれ!」


 無線に友軍機からの援護要請が飛び込んできたのはその時だ。レーダーで方向を確認し、右へ視線を投げると敵機に追われるヴァーチャーⅡはすぐに見つかった。


「ブラウニー1より5、待ってろ。すぐに行く!」


 だがブラウニー隊の隊長機と五番機との位置関係から言って、カバーは間に合いそうに無かった。


「バンシー3よりデイジー1、バンシー1の援護を願います。私はブラウニー5の援護に!」


 私はそう宣言した直後にスロットル最大で隊長機の援護位置を離れる。ブラウニー5も全速力で逃げているがミカエルの加速性なら追いつけるはずだ。


「え、ちょっとチサト中尉!?」


 ファルが驚いて私の名を呼ぶが、「放っておけないでしょ?」とだけ言うと溜息が聞こえてきた。


「バンシー3!? ああもう、デイジー7、8。バンシー3のカバーに!」


「「了解!」」


 後ろからデイジー中隊のヴァーチャーⅡが追ってくるが、その距離は開いていく。この位置関係ではまともな援護は期待出来ないが、まぁいい。私はFCSにミサイルの発射準備を指示する。


「バンシー3よりブラウニー5、後ろの敵機を追い払う。ブレイク用意!」


 縦横無尽に回避機動を繰り返すブラウニー5を追いかけ、やがてヨハネの射程距内に敵機を捕捉する。HUD上にターゲットを表す正方形にミサイルシーカーと呼ばれるひし形が重なって赤く表示される。ロックオン。


「バンシー3よりブラウニー5、ブレイク・ナウ!」


 敵機の向こうでヴァーチャーⅡが機体の天地をひっくり返し、エアブレーキを展開しながら急降下する。HUDからその機影が外れたのと同時に発射ボタンを押し込み、ミカエルの胴体から二発のミサイルが飛び出す。


「ミサイルアラート! ブレイク、ブレイク!」


 別の敵機からのものなのか、回避を促す警告が聞こえる。二機とも攻撃ポジションを離れて回避機動を取る。だが放たれたヨハネはそれを許さず、赤々とアフターバーナーの炎が噴き出す敵機のエンジンに喰らいつく。


「ブラウニー5より、バンシー3。助かったよ、有難う」


「どういたしまして。さ、敵機はまだいるわ。最後まで気を抜かないように、帰るまでが遠足だからね」


 こうして礼を言われるのは、やはりいい気分だ。ブラウニー5のすぐ横を掠めるように飛行して、キャノピー越しに敬礼してからバンシー1の援護位置に戻るため旋回する。


「バンシー3よりバンシー1、援護位置に復帰します。デイジー1、有り難う御座いました」


「こちらデイジー1、援護機動が得意なのは解ったけどいきなり動かれると心臓に悪いわ。ただでさえその機体はこっちより足速いんだから」


 まったく…とメファリア中佐は溜息を吐く。


「あはは、申し訳ありません。急を要する状況だったもので…それに隊長は私なんかの援護ではむしろ足手纏いなんじゃないかと」


「いやいや、チサト中尉たちがいないと心細いよ」


 そう言ってくれたのはティクス中尉だ。ここのところ地上で話す機会も多くなり、あそこまで飾らない真っ直ぐな人間は今時稀少だ。子供っぽいと隊長は言うけど、私は好きだな。あの純粋さは一緒にいて気持ちいい。


「あら、私が後ろにいて心細いなんて聞き捨てならないわね」


「え、あ、いや…別にメファリア中佐が不安だとかそんなんじゃなくってですね」


「くっくっく、お前なかなか度胸あるじゃないか。自分の師匠にケチつけるなんてな」


 無線でもティクス中尉が慌てているのが解る。シーリー隊にいた頃は戦場でここまで気持ちに余裕を感じたことなんて無かったなぁ。


「ま、ティクスには後でた~っぷりお灸を据えてあげるわ。シミュレーターで100回殺してあげるから覚悟しなさい! デイジー1よりオールデイジー、地上部隊の敵陣地制圧まで制空権を維持する。攻撃優先順位は攻撃機、ガンシップ、戦闘機の順で対処せよ」


「バンシー1よりバンシー2、A分隊は雲の下の戦況を観測する。雲の上は任せたぞ」


「了解しました、お気を付けて」


 レーダー画面ではさほど離れていないのに近くにはいないと思っていたら、B分隊は私たちよりも更に高度の高い上空で敵機と交戦していた。四機のヴァーチャーⅡの援護を受けながら戦う二機のミカエルを後目に高度を落として再び雲の下へ向かう隊長機を追って、私たちも青空にしばしの別れを告げる。

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