第44話 運命の三女神隊
「あ~、もう畜生ッ!」
今日の戦果報告を確認していると、部下の一人が飲み終えた炭酸飲料の空き缶を思いっ切り壁に投げつけた。
「どうしたの、ミレット? 敵の空母を沈めてみせたにしては、ご機嫌斜めね」
「どうしたもこうしたも…今回別働隊が遭遇したのって、敵の新型なんでしょ!? それも数的戦力差があってもうちの連中をこてんぱんにしてくれるような相手なんでしょ!? 同じ空にいたってのにそいつらと戦えなかったなんて、運命ってヤツを呪うね!」
私たちもその「運命ってヤツ」を名乗ってるってことは解ってて言ってるのよね?
彼女はミレット・アスティス、階級は特務中尉で我が運命の三女神隊の二番機・ラケシスのパイロット。私たちの乗るLu‐666『ハッツティオールシューネ』の名は「永遠に不完全なるもの」を意味している。新技術が開発されればまず初めに試験運用という形で導入される機体…それ故に常に進化し続ける戦闘機ということで、そう名付けられた。
そんな変化し続ける機体を若干二十歳の女パイロットが操っている、それは彼女の持つ感性の成せる業なのだろう。彼女の機動は雑だが鋭い。今日の戦闘でもそれは活かされ、数多の護衛艦から引っ切り無しに飛んでくる対空砲火をかいくぐって中心に鎮座する空母を沈めたのだ。将来が楽しみな逸材であることは間違いないのだが、如何せん性格が好戦的過ぎて戦争が終わってしまったら苦労するだろう人種である。
「今回は縁が無かったのよ。そもそも、うちの量産機がこてんぱんにされるなんて珍しいことじゃないじゃない。新型の性能についてもパイロットの性能についても、今のところ判断材料は無いわ」
「そうでもありませんわ、レイシャスお姉さま」
そう言いながら新聞のスクラップを差し出してきたのは三番機・クロートーのパイロット、ミコト・タチバナ特務少尉。この子もミレット同様、十九でこの部隊に配属となったエースパイロットだ。普段はおっとりしていて、良くも悪くも自分の世界を展開するタイプの少女だが、戦場に舞い上がれば対地攻撃に関してはこの連邦で右に出るものはいないと評される凄腕のパイロットに化ける。
そういった戦果もあげているため、彼女の出身地であるルストレチャリィ地方沿岸に浮かぶ島に伝わる民族衣装を、基地内で着ることが黙認されている。華やかな刺繍が施された…確か「フリソデ」とか言ってたような。
敵国の新聞をスクラップした記事の中には、「ケルベロスの二本牙」の文字が躍っている。
「帰還した部隊から、敵の新型部隊はバンシーと名乗っていることが判明しました。ここのところの戦闘情報から推測して、その部隊を率いていると思われるのがこのフィリル・F・マグナード大尉。通称『アイスエッジ』ですわ。これはケルベロス隊にいた頃の記事の切り抜きです」
見れば所々に写真も掲載されている。ヴァーチャーⅡをバックに佇む青年。まだ若いな、二十歳ぐらいか。傍らにはパートナーなのだろう女性パイロットの姿もある。なるほど、二人で「ケルベロスの二本牙」ね。タッグでの通り名と、個人での通り名を別々に持つとは…そこそこのパイロットであることは間違いないらしい。
「確かにケルベロスって名前は聞いたことがあるわね。その中でも突出したパイロット、か」
「ほらほら、姉さんだって気になってきたでしょ?」
ミレットが面白がって私をつついてくる。この子たちは私のことを姉と呼ぶが、もちろん本当の姉妹じゃない。コールサインで私が運命の三女神の長女・アトロポスを名乗っていたら、いつの間にか自然とそう呼ばれるようになった。
「ま、面白そうな相手ではあるわね」
初陣からこれまですべての戦闘で五機以上の撃墜スコアを積み重ね、個人技もチームプレーも高水準でバランスの取れたパイロット。とはいえ、現実を見ればフォーリアンロザリオにハッツティオールシューネを超える戦闘機なんて作れはしない。このパイロットがいくら優れていようと、私たちと戦うに相応しい武器を与える術を持たない軍に彼はいる。そういった悲しい現実があるが故に、私はいまいち彼女たちのようにはしゃげない。
「空母なんて海に浮かぶただの箱じゃん。あんなの何隻潰したって面白味に欠けるっつの。やっぱ戦闘機なんだから空で戦いたいんだよ、あたしゃね。ヴァーチャーとかセイレーンとか、雑魚ばかり喰い散らかすのも飽きてきたところにこのニュース! いいねぇわくわくするねぇ!」
「いくらミレットお姉さまでも、フィリル様を墜とすのはこのわたくしですわ」
「なんでさ? そう言えばこのスクラップ、どの記事もこのパイロット絡みだね」
確かにミレットの指摘通り、どのページを開いてもどの記事に目を通してもすべてこのパイロットに関するものばかりで埋め尽くされている。
「随分ご執心のようね」
それは冗談と言うか、からかうつもりで言った言葉だった。だがミコトは恥ずかしそうに頬を赤く染め、袖でそっと顔の下半分を隠す。
「や、やはり…解りますか?」
私もミレットも、一瞬思考が停止した。なんだろう、マンガとかで見たような異空間がそこに発生していた。
「わたくしは日頃、フォーリアンロザリオの新聞も読むようにしておりましたが…初めてその方の記事を見つけたその瞬間、何かがわたくしの中を迸ったのです。あのような感覚は初めてで…きっとこれが運命の出会いなのだと確信したのです」
恥じらいながらぺらぺらと口から垂れ流す思いの丈…私もミレットも何も言えない。目の前に展開される彼女の世界の一体どこから突っ込めばいいのか判断が付かない。それでも何か言ってあげないとと思ったのか、ミレットが口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってミコト。あんた、その新聞記事で相手を判断して…その、好きになったって?」
「はい、お恥ずかしながら…」
今度は両手を頬に当てながらぽぽっと熱を上げる。
「そんで…さっきのあんたの話だと、あんたその相手を殺そうとしてるけど?」
「結果的にそうなってしまったら非常に悲しいことですが…戦闘不能になるまで機体を損傷させて、捕虜に捕らえればお話も出来ますわ」
感動を覚えるくらいにご都合主義に満ち満ちた個人的な空想世界、それを人は妄想と呼ぶ。
「そこからどうやって…」
「ミレット、悲しくなるからその辺でやめときなさい。頑張ってね、ミコト。遠巻きに見守ってるわ」
だが私の言葉は、スクラップ帳を見ながら恍惚とした表情のミコトには届かない。酷く疲れきった顔のミレットは「ああなるくらいなら、あたしゃロマンスなんか要らないね」と呟く。安心していいと思う。「ああなる」のは特殊な事例であって誰もがなるわけじゃないし、ミレットはどう見てもそんなタイプじゃない。二人が対照的な表情を浮かべているのを眺めていたら、突然内線電話の電子音が鳴り響く。
「レイシャスよ、何か用?」
「レイシャス・ウィンスレット特務少佐、ディーシェント・メルグ特務大佐から連絡が…」
「解った、こっちにまわして」
我が部隊の指揮官にしてファリエル・セレスティア連邦最高評議会議長の懐刀様からの連絡、か。今度は何を言われるのやら。
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