第14話 相部屋

「う~、まだ鼻がズキズキするよ…」


 陽が落ちて夕食をとり、部屋に戻ってもまだ痛む。フィー君め、かなり本気でやったな?


「いい薬だ。ちょっとしたことですぐ調子に乗るからそういう目に合う」


「それにしてもこれはやり過ぎだと思うな。鼻がぺちゃんこになっちゃったらどうしてくれるんだよ…」


 精一杯恨めしそうに睨みつけても、当の本人は「その時は矯正されるまでやってやるから安心しろ」とかって全然安心出来ないこと言ってくれちゃうし…。第一、フィー君の鼻ピンは痛過ぎるんだよ。それが解っててやってるんだから意地悪にも程がある。もうちょっと他の「薬」にしてくれてもいいのにさ。


 とりあえずこれ以上この話題を続けてても鼻の痛みが増すだけ…そう思って私たちが今直面している課題に頭を働かせる。


「部隊名、どうするの?」


「アイディアが浮かんでたら言ってるっつの。とにかくここには資料が少な過ぎる。明日朝食とったらすぐ外へ出て何か無いか見て回ろうぜ」


 確かに基地内の娯楽施設はその重要性の低さから内装整備は一番後だろうし、今日見て回った時も様々な本が詰まっているだろう箱が山積みにされていただけで放置されてたけど…。外って言ってもこんな最前線に民間の本屋さんなんて無いはずなのに、そう尋ねるとフィー君は呆れたような顔で私を見て盛大に溜息を吐いた。


「お前な、ここはルシフェランザとウェルティコーヴェンの国境線だぞ? 武器さえ携帯しなきゃオレたちだって外縁地域には入れるんだ。そこに行けば何かしらあるだろ」


 あ、そっか。ウェルティコーヴェンはフォーリアンロザリオとルシフェランザ双方と不可侵条約を結んでいるけど私たちは別に侵略目的で国境を越えるわけじゃないし、武器も持たなければ来る者を拒まず去る者を追わないのが外縁地域のスタンスだ。隣国が戦争の真っ只中にあっても我関せずを貫き、被害を免れている国。あそこなら確かに色々な情報がありそうだ。


「それにほら、随分前になるがエリィ姉が外縁地域に店出したとか手紙が来てたの憶えてるか?」


 エリィ姉…フィー君の従姉で、本名はエレクトラ・シャロン。ウェルティコーヴェンの人と国際結婚してからすっかり会わなくなったけど、記憶の中には「気さくに話せて頼れるお姉ちゃん」みたいな印象がある。


「エリィさんのお店って…確か軽食屋さんだっけ?」


「一応バックパッカー向けの安宿としてもやってるらしい。せっかく近くまで来てるんだ、挨拶がてらそっちにも顔を出したい」


 民宿を兼ねた軽食屋さんか。どう考えてもそこに部隊名のアイディアが転がってるとは考えにくいけど、それでもエリィさんに会っておきたいのは同感だ。それにエリィさんに訊けば外縁地域にある本屋さんなどの場所も教えてもらえるかも知れない。


「じゃあ今日はもうやれること無いってことだね」


「ま、そうだな。しかし…ひとつ腑に落ちないことがある」


 それまでに手に持っていたミカエルの資料を自分の作業デスクの上へ放ると、フィー君はそのデスクに頬杖をつきながらこっちに視線を向けてくる。


「なんでお前と相部屋なんだ?」


 最初にこの部屋に二人揃って案内された時、ベッドが二つ用意されてたことに薄々そうなんじゃないかと思いつつもとりあえず荷物を置くためなのかな~とか考えたりもしたけど、やっぱり私たち二人でこの部屋を使ってくれということだったらしい。

 フィー君はそれが不満なのか…。


「なんでって…ほら、小隊長と副官なわけだし?」


「そうだったとしても男女を同じ部屋に閉じ込めるのはいささか問題があるとは思わんか? 風紀的な意味で」


 確かに普通に考えれば男女で部屋分けするのは当然なのかも知れないけど、開戦直後の激戦でそれまで徴用されて前線で働いていた軍人のほとんどが戦死した後では男女比の逆転した戦線なんて珍しくない。私は志願して入隊したけど、女性の徴兵だって随分前からやってるし…。


「仕方ないよ。基地自体かなり急ぎ足で作ったものだし、他の常駐部隊用の部屋も確保しておかないといけないんだから、たかだか小隊規模の部隊にそこまでスペース割けないでしょ。他の部隊もそうだろうし、どこの戦線だって同じだよ」


 私の言ってることは間違っていない。フィー君も「それは…そうだが」と苦々しい表情をしていても反論はしないのが証拠だ。


「ち、まぁしゃ~ない。今日のところはもう寝るとするか」


「そだね」


 時計に目をやると消灯時間までは少し時間があるものの、特にすることも無いのなら早めに寝るのもたまにはいい。アンダーウェアの上に羽織っていたジャケットを脱いで、ベッドに入る。電気を消すとカーテン越しに窓から差し込むぼんやりとした青い月明かりに部屋が満たされる。


「フィー君…?」


 まだ起きてるだろうと思って声をかけると、案の定「なんだ?」と気だるそうな声が返ってくる。


「さっき男女で相部屋は風紀的に問題があるって言ってたけど、フィー君って私のことちゃんと女として見ててくれてたんだね。軍に入ってから意地悪ばっかりされてたから、そういう風に見てもらえてないんじゃないかって思ってたから…」


「アホらしい。お前が女だってことはちゃんと認識してる」


「えへへ、そっか」


 つまりさっきのは照れ隠しなんだね。まったくフィー君も可愛いとこあるなぁ…なんてそんなことを考えていたら、「ただし」と補足が入った。


「その事実を認識しているとしても、お前をお前として扱うことに変わりは無いからな?」


「う~、出来ればもうちょっとそこを改めて欲しいんだけどなぁ…」


 自分でそう言ってはみても、返ってくる答えも解ってる。


「後ろ向きに検討してみるさ」


 ほら来た。だけど…それでもいい。


「えへへ、お願いね。あ、だからっていきなり襲わないでよ?」


「寝ろ!」


 薄暗い部屋の中、ひゅんっという何かが空を切る音と共に反対側にあるフィー君のベッドから何かが飛んできて目の前に着弾した。暗くてよく判らなかったけど、よく見るとそれはリボルバー拳銃の収められた革製のホルスター。


 これ、当たったらきっとすごく痛いんだけど…当てる気だった? 数cm頭の位置が違ったら直撃だったんだけど?


 私は目の前のそれを返すのは明日にすると決心し、回収されて再び投げてこれないように布団の中にしまい込む。オヤスミ…と言おうと思ったけど、フィー君が愛用してるリボルバーは二挺あることを思い出してやめた。今何か言ったら二挺目が飛んでくる予感が背筋を凍らせる。黙って眠ることにした。

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