第13話 未完成の前線基地
部隊名には神話に登場する妖精などの空想の生き物の名前を付けることに決めて一時間後、あれこれ考えてはみてもいまいちしっくり来るものが出ず気分転換に基地内を散策することにした。
建設途中と聞いていたが、各施設の外装は完成しているし、内部が未稼働のものは全体の二割弱といったところだ。離着陸の滑走路は全部で三本。二本が東西に走り、それと垂直に交差する滑走路が一本。輸送機で降りる時に空から見たら巨大な十字架のようにも見えた。
「結局、どんな名前にするか決まらないね…」
ティクスは食堂にいた時からあれこれ名前を出してくれるが、どれもこれも戦場で聞いたことのある名前ばかりだった。結局メジャーなものしか思い浮かばなかったのである。とはいえ、オレだって似たようなものなので偉そうなことは言えない。
「まぁまだ時間はあるだろ。さっき隊員のリストを見たが、第一線で活躍してる二つの部隊から二人ずつに加えてもう二つ…そっちからは一人ずつ引っこ抜かれるらしい。そんなんなら全員揃うまでに一週間ぐらいかかるだろうよ」
こういう面倒なことを先送りにしてしまうのは嫌いだが、思い付かないのだからしょうがない。
「四つの部隊から合計六人か、じゃあフィー君と私を合わせて八人だね。資料だとミカエルって複座だし、てことは小隊規模なんだ」
「そういうこったな。…ティクス、お前は確か
空軍の複座戦闘機にはパイロットとは別に、ウェポン・システム・オフィサの略でWSOと呼ばれる人間が搭乗する。縦列複座の場合はパイロットの後ろの席に座ることが多く、レーダーや兵装の操作に加えて必要に応じて操縦も担当する。隊員のリストを見ながら、どう振り分けたものかと思案を巡らせていた。
「うん、一応そのカリキュラムも受けたよ」
そう返事した直後、こちらの意図を察したらしいティクスはニヤニヤと微笑みだす。
「えへへ~、そんなもったいぶらなくてもいいんだよ? 私に後ろに乗って欲しいなら素直にそう言えば、私は二つ返事でオーケーなんだから」
「だ・れ・が、オレの後ろに乗れと言ったよ」
うざったいぐらいにご機嫌なにやけ顔の、文字通り「目と鼻の先」にスッと右手を差し出し、多少力を込めた人差し指で鼻先を弾いてやると表情が一変する。両手で鼻を押さえて、空色の双眸は既に涙目だ。
「い……ったぁぁぁああぁぁああいっ!!! いきなり何するのさぁ!?」
昔からこいつに対しこれが絶大な威力を発揮することは学習済みだ。どうやら鼻はこいつの急所らしい。
「お前が調子に乗るからだ」
「調子に乗るって…なんでよ、フィー君の胸の内を代弁しただけでしょう!?」
何を根拠にさっきの発言がオレの胸の内と同じものだと言っているのだろうか、こいつは…。
「まぁ可能性としてその選択肢もあるということだけ覚悟しとけ、と言おうとしたのであってお前にオレの後ろ任せるとは…」
「そんな見え透いた嘘は吐かなくていいよ。フィー君だって気心知れた人に乗ってくれた方が楽なくせに、まったく照れ屋なんだからぁ」
さすがにちょっとイラッとしてすかさず右手をさっきと同じポジションに差し出し、先程よりも気持ち強めの力加減で人差し指を弾く…が、ティクスはそれを寸でのところで避けて見せた。
「ふ~んだ、そう何回も当たらないよ~」
いっちょまえに学習しているというわけか、くそ。それならば…。オレはもう一度視線を資料に落とす。
「ち、まぁいい。だけどさっきお前の言ってたことも一理あるな。知ってる人間でペアを組ませた方がいいかも知れん。それにお前はオレの副官だしな、そうなるとオレたちが組むのは自然な流れか…」
「ま~たそんな理屈っぽいこと言っちゃって、まだ素直じゃないよ?」
ティクスは眉間にしわを寄せながら両手を腰に置いている。表情から見てまだちょっと警戒しているか。
「やれやれ…そこまで言うなら、オレのペアはお前に任せるぞ? しっかりサポートしてみせろよな」
その言葉にパッと表情が明るくなり、「うん、任せて!」と満面の笑顔で返事が返ってくる。…このタイミングならこいつが悶絶するクラスの鼻ピンをお見舞い出来るが、まぁそのやる気に免じてここは許してあげようか。
「でもホンット、フィー君は昔っから素直じゃないよね~」
はぁ、やれやれだぜ…。
「お前も昔っから何ひとつ学習しないのな!」
そうやってすぐ調子に乗る!
オレは一度引っ込めた右手の人差し指に思いっ切り力を込めてティクスの鼻先にポジショニングさせる。ターゲット・インレンジ、ロックオン。そして間髪いれずに人差し指に溜まった力を解放してやるとビシィ!っと我ながら痛そうな音を立てた。
「ほにゃぁぁぁああああぁぁああぁぁあああぁぁああ!?!?」
途端にカッと両目を見開き、条件反射的に両手で鼻を押さえてうずくまる幼馴染を後目に、与えられている部屋がある兵舎へと向かった。
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