第12話 ヒマツブシ

 と、いうわけで…。


 司令室を出た私とフィー君は与えられた部屋に荷物を置いた後、基地施設内にある食堂で白紙を前に頭を抱えている。


「…お前、なんかアイディア浮かんだか?」


 紅茶を口に運びながら、フィー君がほとんど独り言のような声量で訊いてくる。私が首を横に振ると、これまたローテンションな声で「役立たず」と吐き捨てられた。


「だって部隊の名前なんて今まで考えたこと無いもん。どんな名前付けたらいいかなんて…」


「基本、うちの軍って妖精とかそういう神話に登場する生き物の名前付けるの多いよな」


 言われてみればそうかも…。ケルベロスは三つの頭と二股の蛇を尻尾に持つ地獄の番犬らしいし、他にも風の精霊を現すウンディーネという名前の部隊もある。


「でも…えっと、確かメファリア教官が使ってたコールサインのデイジーって…あれは花の名前だよね?」


 私が空軍パイロット養成訓練学校に入った時にはもうフィー君は任官してたけど、私たち二人は同じ人にパイロットとしてのいろはを教わっている。辺境防空飛行隊に所属していた頃からヴァーチャーの特性を熟知していた女性士官で、教導隊への異動命令を受けてパイロットを志す人間の手解きをしている。


「ああ、確かそうだったな。デイジーは雛菊…だったっけか。でも他に花の名前を付けてる部隊は聞かないぜ?」


「少数派なんだね。でもその方が選びやすいかもよ? 他とかぶる心配が少ないし…」


 我ながらいい考えかも…と思ったのだけど、意に反してフィー君は渋い顔だ。


「花の名前かぁ…。でもなんつーか、花の名前を冠する部隊の隊長が男ってのはどうなんだろうな? デイジーはそのトップがメファリア教官だったからアリな気もするんだが」


「確かにちょ~っとフィー君にお花のイメージは無いかなぁ…」


 なるほど、渋い顔するわけだ。私たちはお互いに手元の紅茶を口に運びながら再び頭を抱える。


「あ、お花がダメなら宝石は? エメラルド隊とかガーネット隊ってあったよね?」


「アメジストにサファイア、トルマリンにダイヤモンド…既存部隊だけで大分使われてるけどな」


 あちゃ…ネタ切れな分野だったか。部隊名って一度くらい自分で決めてみたいなぁとは思ってた時期もあったけど、実際考えてみるとなかなか浮かばない。でも当たり前か、すぐ思い付くような名前って先に使ってる場合が多いもんね。


「困ったね、何も浮かばないよ…」


「頑張れ、乗る機体とか部下になる連中が到着してもまだ部隊名が決まってませんじゃ示しが付かねぇぞ」


「私も頑張るけど、フィー君だって頑張ってよ。隊長でしょ?」


「お前はその補佐役だろ? オレは元々こういうデスクワーク的なものは苦手なんだ。そこを補わずに何が補佐役だよ。存在意義が問われるぞ」


 フィー君、そんな責任丸投げな言葉は上に立つ人間の台詞じゃない気がするよ。声に出したら不毛なキャッチボールが始まってしまいそうなのでぐっと飲み込んだ私は偉い。それに存在意義が問われるなんて言われちゃったらなんかこう、頑張らないわけにはいかない気になってきた。


「やっぱり妖精の名前にしようよ。世界には色んな神話があるんだし、そのひとつひとつにネタはたくさんあるんだからまだ使われてない名前もあるはずだよ」


「…そうだな、そこは決定でいいかもな」


 賛同を得られた。やった、1ポイントゲットだね! 心の中でガッツポーズをしながら、頭では幼い頃読んだ物語の中によさそうな名前が無いか記憶を辿り始める。

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