第10話 南へ

 もう、どれぐらい歩いたんだろう…。


 あの空襲からしばらくは避難所で寝泊りし、こっそりとまだ立ち入りが許可されてない「家だった場所」に行って瓦礫の中から以前使っていたポシェットを見つけた。それそのものは熱で歪んでて使えそうになかったけど、その中に入っていたお財布は無事だった。


 空襲警報が鳴る度にビクビクしてあの日の光景が…あの恐怖が甦る。あの時家にいなかったお父さんも、働いてる軍の港から帰ってくることはなかったし…正真正銘の独りぼっちになった。


 それから逃げたくて、ティニは…避難所を離れることを決意した。戦争とは無縁の場所へ…こんな怖い場所に、こんな怖い国にこれ以上いたくなかった。戦争なんて嫌だ。誰かが死ぬなんて嫌だ。


「もう、嫌だよ…」


 足が痛い。駅にも行ってみたけど既に芋洗い状態だったし、聞こえてきた怒鳴り声から察するに電車が動いてるかも怪しい状態だったから諦めた。お財布には元々入っていたお金と、瓦礫の中を探し歩いて見つけた両親のお財布や兄弟の貯金箱を壊して中にあったお金も状態がいいものを選んで取り出した。そこそこあるとは思うんだけど…何があるか判らないし、レヴィアータを出る前に方位磁石とパンを二個、ジュースを二本買ってからは手をつけてない。


「はぁ、はぁ…疲れた」


 朝からずっと歩き続けていたけど、どさっとその場に座って足を投げ出す。周りは見渡す限り青々とした自然に覆われていた。この景色だから、割りと歩き続けていられるのかも知れない。避難バッグからペットボトルを取り出し、喉を潤す。二本買ったうちの一本はずっと前に飲み干し、残る一本ももう半分ぐらいしかない。


「…なんでジュースにしたんだろ」


 飲んでも飲んでも喉が渇く。完全にミスチョイスだったと思う。ポケットからコンパスを取り出し、方角を確かめる。…よし、ちゃんと南に進んでる。北に行っていたならエンヴィオーネの中心部もあるし、そこにはレヴィアータよりもずっと大きい基地がある。


 避難所にいた誰かが持っていたラジオでは、ルシフェランザ政府はエンヴィオーネ中心部の基地に戦力を集めて反撃する準備を進めてるとかなんとか言っていた。それを考えれば北へ向かって軍に守ってもらった方がよかったのかも知れないけど、何かがティニに囁きかけるような感じがする。

 ペットボトルと方位磁石をしまって立ち上がろうとした時、バタバタと騒がしい音が聞こえてきた。


「やばっ!」


 慌てて木の陰に隠れる。木漏れ日の向こうに深い緑色のヘリコプターが二機見えて、そのまま通り過ぎるまでじっとその場から動かない。やがて音も聞こえなくなり、ほっと胸をなでおろす。


「前に男子が雑誌で見てたルシフェランザ軍のヘリとは形が違ったな。てことは、フォーリアンロザリオのヘリコプターかな? それならウェルティコーヴェンとの国境までもうちょっとのはずなんだけど」


 敵に奪われたのは隣の国との国境ギリギリのところだって聞いたし、だとしたらゴールはもうすぐだ。


 ルシフェランザ連邦とフォーリアンロザリオ王国、そのどっちの敵でも味方でもない国であるウェルティコーヴェン共和国。そんなに大きな国ではないけれど、確か貴重な地下資源がすごく豊富な国だって授業で習った気がする。そのおかげでルシフェランザやフォーリアンロザリオにも意見が言える数少ない国だとか。


 そんなウェルティコーヴェンは他の国にはない、ちょっとユニークな特徴を持つ国だ。地図上で定めた国境の内側にもうひとつの国境を持っている。その二つの国境の間は完全非武装地域としてかなり厳重な監視体制は敷かれているものの、何かしら問題を起こさない限り入国審査もパスポートも必要としないで誰でも自由に訪れることの出来る場所になっている。


 戦争が起こる前、テレビでバックパッカーに人気な場所だとかなんだかで見た記憶がある。さすがにお店とか営業をする場合は届出が必要らしいけど、それでも様々な国の文化が入り混じる街はいるだけで退屈しない街。歴史や伝統的な文化を重んじる二つ目の国境の内側よりもある意味魅力的な場所、そう紹介されていた。


「行く当てがあるわけじゃないけど…でも、ウェルティコーヴェンなら戦争からは離れられる。あそこに行けば誰かが死ぬなんてことからは逃げられるんだ」


 だからもうちょっと、もうちょっとだけ頑張ろう。そう自分に言い聞かせて、ティニは南に向かって足を踏み出した。

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