第四十六話:大将は誰だ?

 さやが芦澤正道を落馬させるその少し前、二人以外の紅軍と白軍は膠着状態に陥っていた。


 紅軍は自軍の神旗のある“前”の区域の丘に集合し、そこで布陣を敷いている。平地と丘では、丘の上が有利だ。平地である“中”の区域にいた白軍は丘の上から紅軍の矢の嵐を受け、白軍は“後”の区域に撤退せざるを得なかった。

 撤退の最中、紅軍の矢を茂庭綱元もにわつなもとは右肩に受け、留守政景るすまさかげは左脇腹に受けたが、二人ともなんとか落馬しないですんでいる。強力な佐竹義重さたけよししげと戦った白石宗実しらいしむねさげは、落馬こそしていないが人馬共に疲れ果てている。


 白軍の神旗がある“後”の区域エリアと、紅軍の“前”の区域は離れすぎていて、とても相手の神旗を打てる状態ではない。紅軍の大将を射ぬくにしても、神旗を狙うにしても、ここから下りて射程距離まで“前”の区域まで近づく必要がある。


 白軍の、遠藤基信えんどうもとのぶは考える。


 紅軍は、誰もが常に大声で指示しあっていた。通常は軍師か大将が戦況を読み兵に指示するが、紅軍は「金! からきんへ!」「桂! 三に四移動!」と符牒を使って互いに命じていた。

 符牒を使うのはいくさでは珍しいことではないが、紅軍のそれは規則性が読めなかった。遠藤基信は修験道者の親譲りの理知的な思考で推理する。


 戦が始まるなり真っ先に外の区域に出て行った青葉とかいう娘は大将ではない。仮にあの娘が大将だったとしても、正道殿が討ち取ってくれるだろう。

 対峙した最上義康も恐らく違う。彼は随分と矢を飛ばしていた。彼の矢はもう残ってはいない。大将なら神旗を射るため最低一本は矢を残すはずだ。


 そこまで考えていると、片倉景綱が正道殿を心配し、“外”の区域に出て行った。芦澤家の軍師であり正道殿の傅役もりやくであった景綱は主人の身を案じ馬を走らせる。

 片倉を狙い、岩城常孝いわきつねたか石川昭光いしかわあきみつが“前”の区域から飛び出す。それと同じく紅軍からがこちらにやってくるのを遠藤は蹄の音から察した。


 ――やはり、動いたな。


 遠藤基信は、茂庭綱元と泉田重光、白石宗実をつれて“後”の区域を離れる。遠藤は大きな黒馬を操る大柄な男を見つけて、弓を構え、矢を放つ。茂庭と泉田、白石も同じくに狙いを定める。

 彼――紫月しづきは、多数の矢に狙われ、矢を回避すべく蔵王ザオウを大きく旋回させる。そして紫月を庇うように、佐竹義重がこちらにけん制の矢を飛ばす。


「やはり、あいつが大将だ!」


 遠藤が叫び、白軍の四人は紫月を追う。紫月は蔵王を操り、矢を上手く回避させ“後”の区域へと近づく。

 佐竹に打たれ、泉田重光が落馬する。その少し前に“外”の区域から「白軍・芦澤正道、失権!」「紅軍・青葉、失権!」という審判の声が聞こえた。正道殿がやられたか。しかし片倉が上手く青葉という娘を討ったようだ。

 その片倉も、外の区域で岩城と石川に狙われ落馬する。しかし片倉は石川を道連れにし、岩城は疲労のあまり身体を地面へと落としてしまう。

 遠藤基信は紫月へと矢を飛ばすが、そのどれもを避けられてしまう。佐竹義重が茂庭綱元の右肩に矢を当て、同じ所を二度も討たれた茂庭は衝撃で落馬する。


 白軍の神旗へと肉薄する紫月に、観客達が驚嘆の声を上げる。紫月と蔵王が射程圏内に白軍の神旗を捕らえ、弓を構える。


 だが、そうはさせまいと、遠藤と白石は紫月へと集中攻撃を仕掛ける。何本もの矢を受けても必死で耐えていた紫月は、しかし白軍の神旗を守っていた留守政景るすまさかげの正面からの矢を胸に受けて、かはっと唾液と血を吐きながら蔵王から落ちた。


「紅軍・紫月、失権!」


 全ての矢を打った遠藤基信と白石宗実は、勝利の笑みを浮かべた。


 思った通り――紅軍で他の兵に多くの指示を出していた紫月が大将だ。紅軍は大将を誰か悟られまいと皆が大声で叫び合っていたが、遠藤の目はごまかせない。紫月という男は、泉田重光と戦っていた時、矢をあまり放っていなかった。あれは、神旗を射るための矢を温存していたのだ。

 それだけではない。紅軍で一番弓術と馬術に長けているのは、遠藤が見る限りこの男だった。大将となる者は、戦況を把握し最も力のある者でなくてはならない。


 紅軍・青葉(さや)、紫月、岩城常孝、石川昭光……失格。

 白軍・芦澤正道、茂庭綱元、片倉景綱、泉田重光……失格。


「……? どうしたのだ?」


 遠藤は不思議そうに審判役の相馬の者を見た。だが相馬の者は戦終了の合図や法螺貝を鳴らさない。

 大将が落馬すればこの神旗争奪戦は終わるはず。紅軍の大将である紫月は既に落馬しており、勝負は我々白軍の勝利のはずなのに――


 その時。反対側の外の区域から、蹄の音が近づいているのを遠藤は聞き取った。


「……ふ」


 地面に身体を投げ出している紫月が、口の端から血を流しながら不敵な笑みを浮かべたのを見て、遠藤と白石は、事を悟り、そしてまだ戦が終わっていないことを知り、顔を青ざめながら大急ぎで馬を操り、の元へと走らせる。


 空を仰ぎながら、紫月はそっとこぼす。


「そのまま行け、レラ」

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