第四章:一五九〇年:八月・埋葬

第十三話:死者を弔う

 黒鍬組くろくわぐみとは、各戦国大名が召し抱えていた、築城や道の整理、兵糧の運搬や土地の開墾、そして死体の処理を担当する者達のことである。黒鍬者とも呼ばれる。


 戦国時代、戦場に残された大量の死体は放置が基本であり、鎧などの武具は、近くの村の者などが剥ぎ取り売り飛ばしていた。

 地元の有力商人が死体を処理していた場合もあるが、戦国時代後期にもなると、各大名が黒鍬組を派遣し死者を埋葬し塚を作り、近くの寺院の僧侶を呼び、読経を依頼することも多かった。


 芦澤家あしざわけから要請を受けた果心居士かしんこじ達一同は、くわや踏みすき、大車などの工具と、大量の蒸留酒を持ち寺院を後にし、指定された村へと足を運んだ。

 村へ入る前、果心居士から口当てをつけるよう言われ、髪を手ぬぐいでまとめて見習い僧に変装した紫月しづきとさやは、何故口当てが必要なのかすぐに分かった。


 村の近くまで来ると、凄まじい臭いがさや達を襲う。肉が腐る独特の臭気だ。


 口当ては気休めにしかならず、さやは村に入る前に耐えきれず吐いてしまった。さやの他にも、居士のお付きの者で一番年若い僧が嘔吐する。紫月と居士は眉をひそめただけで、戻すことはなかった。

 村に入ると、ほぼ白骨化した死体がいくつも並んでおり、しかもその殆どが損壊していた。

 恐らく獣たちが死体を食い荒らしたからだろう。


「おおい、坊さん達、こっちだ」


 芦澤家の黒鍬組は、村の周りに獣よけの篝火かがりびを焚いて待っていた。汚れた着物に身を包んだ、屈強そうな人相の悪い男達だ。

 居士達と黒鍬組は、まず死体を埋める穴を掘る係と、死体を運ぶ係に分けた。

 腕力のありそうな黒鍬組の男達は、殆ど穴を掘る係になり、居士やさや、お付きの僧侶たちは死体を運ぶ係になった。力のある紫月は穴を掘る係だ。


 さやは、性別不明の僅かに肉が付いている死体を見て、生理的嫌悪感からまたしても吐いてしまう。紫月が心配そうな視線を寄越したが、しかし彼は鍬で穴を掘る。

 居士や他の僧侶、黒鍬組の者は、さやを気にせず死体を大車に乗せていく。居士以外の僧侶は、最初死体に触れるのに躊躇していたが、居士に一喝され、渋々死体を運んでいく。

 死は穢れケガレであるという考えが根強いこの時代、僧侶達の反応は極自然であった。逆に少しのためらいも無く死体に触れ持ち上げる果心居士の方が、さやには異質に見えた。


 吐いてばかりじゃなく、私も仕事に入らなきゃ――さやが決意して、口元を拭い、傍にあった死体に近づくが、その死体が子供であり、左目から眼球がこぼれ、身体のあちこちが鳥についばまれ内臓が露出し、それが腐りかけていたのを見て、また吐いてしまう。

 酸っぱい胃液を吐きながら、せめて作業の邪魔にならないよう村の端に移動し、落ち着いたら合流しようと思ったが、さやは腐乱した死体を見るとどうしても吐いてしまう。


 結局、さやは最後まで何の役にも立たなかった。


 深く掘られた穴に、大車に乗せた死体を落とし、上から土をかけて埋葬し、そこに簡単な墓石を乗せると、作務衣から正装に着替えた居士が経を読み始める。黒鍬組の者や紫月、お付きの僧侶に混じって、さやも眼を瞑り手を合わせる。役立たずだった自分だが、せめて戦に巻き込まれ死んでいった死者を弔おうと、固く眼を瞑り居士の唄うような経を聞いた。


 手を合わせながら、さやは思う。死んでいった者の中に、この死を望んで受け入れた者がいただろうかと。


 さやは、死ぬ時は死に方を選んで、自分の意思で死にたいと常に思っていた。自害した母も敵本陣で散った父も、自身の意思で死んでいったし、自分もそうなると思っていた。


 だが、それはとんでもない思い違いだったようだ。


 この村の誰もが、こんな死を選択してないし、望んでいないだろう。誰かに殺され、略奪され、獣にその身を食われる死など、理不尽極まりない。

 自分で生きたいように生き、死にたいように死ねる者など、この日の本にどれくらいいるのだろうか。

 生と死を選択しようなんて、おこがましいにもほどがある。自分に望まない禁術が発動したのと同じく、死は望まない形で、理不尽に襲ってくるのだ。


 さやの身体が僅かに震える。それは死に対する恐怖なのか、自身のおごりを悟った後悔から来ているものなのか、自分でも分からなかった。


 ※

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 無事に死体を埋葬し、塚を作った果心居士達と芦澤家の黒鍬組は、手を持ってきた蒸留酒で洗う。

 蒸留酒は居士が作ったらしく、非常に度数が高い。飲むと喉が爛れると教えられ、これで手を洗うと死体から来る疫病を予防できるらしい。

 さやはほんの悪戯心で、手に一滴だけ落として舐めてみたが、舌が焼けるかと思った。


 埋葬は一日がかりだったので、すでに日が落ちている。黒鍬組と居士達はここで野宿し、明日次の場所に移動することにした。

 さやにとって、初めての野宿である。


 さやは、薪枝を拾ってきて、火のおこし方を居士から教わった。


 めのう石で出来た火打石の尖った部分に、麻やイチビの茎を炭にした火口をひとつまみ乗せ、鋼鉄で出来た火打金ひうちがねとこすって火口に火種を作り、息を吹きかけ火種を大きくしたら硫黄が塗ってある附木つけぎに火をつけ、その火を木に燃え移し炎になれば焚き火の完成だ。

 火を起こしたことの無いさやがやってみても、火種が大きくならずなかなか附木に火がつかなかった。こればかりは慣れであると居士は言った。


 火を中心に茣蓙ござを地面に敷き、そこでむしろをかけて皆は横になるが、さやは見知らぬ人の前で仰臥ぎょうがするのを躊躇った。


 さやは大勢で寝ることにまだ慣れていない。三鶴城にいた頃はさやは寝室で一人で寝ていたし、人前で身体を地面に仰臥するのははしたないと教えられていた。事実さやの父は、決して娘や妻に床に伏している姿を見せなかった。体調を悪くしたときでさえ、誰かに会うときは必ず身体を起こした。

 寺院にいたとき、居士達と同じ部屋で床についた時は落ち着かなくて仕方なかった。横になっても眠れない。紫月は横にならず壁にもたれかかって寝ていたので、さやも真似して宝刀を抱えながら掻い巻きを身体に巻いて寝ていたが、熟睡すると床に身体を落としてしまっていた。居士に横になった方が疲れがとれると言われ、渋々床についたが、悪夢ばかり見てあまり眠れなかった。


 紫月は今も木を背にして寝ている。彼は一体どうやってあの姿勢で寝ているのだろうか。

 居士達の事は信頼していたが、芦澤家の黒鍬組は信用できなかった。彼らが自分の正体に気づいているとは思えなかったが、万が一と言う事もある。

 さやは紫月の隣で、むしろにくるまり眼を閉じた。紫月がこちらを見たような気配がしたが、すぐに眼を閉じたらしい。


 眼を瞑りながら、さやは工具の中に隠してある宝刀が黒鍬組に見つからないように祈りながら眠った。

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