第69話 不満というものは
「ピア、本当に助かったよ」
「無事に晩餐会を終えられて良かったですわ」
大人の男女なら、ここでキスの一つでもするんだろうけど、あいにくと俺は子供だし経験もない。
「それじゃ、また」
「はい、お休みなさいませ」
ピア嬢の美しい礼を目に焼き付ける。
ドレスもアクセサリーも身に付けた十四歳のピア嬢は、今日しか見られない。
俺は笑って手を振り、馬車に戻る。
そうか、俺も次の春には十四才。
前世で死んだ年齢になるんだ。
顔が暗くなった俺を心配したのか、
「ピア嬢には明日も大使館に来てもらえばよろしい」
と、団長の爺さんが訳分からん言葉で慰めてくる。
いや、普通に彼女は明日も大使館に来るよ。
小赤の業者のところに案内してもらうからね。
翌朝、昨夜は何も言って来なかったギディが運動中も、弟たちの世話をしている間も、ずっと質問攻めにしてくる。
「ちゃんとラカーシャルさんはずっと側に居たんですか?。
団長は?。
えっ、あのジジイ、自分を優先してコリル様を」
待て待て、あれも外交らしいからさ。
晩餐会に俺の護衛として参加出来なかったのが相当悔しかったらしい。
仕方ないだろ、それは。
体格も戦闘面でも、より優秀なほうが選ばれる。
しかも選んだのは俺じゃないしね。
「がんばって近衛の爺さんに認められればいいんじゃない?」
それしかないよな。
「分かりました」
ギリッと俺を睨んでも、こっちは何も出来ないから。
文句を言うヤツが他にもいる。
グル グルルルッ
「しょうがないだろ、グロン。
ツンツンは小さいから連れて歩けるけど、ここはブガタリアじゃないから」
【コリル、イッショ、イク】
うん、行きたいのは分かるけど。
俺も弟たちと一緒に居られるのは、とーってもうれしいけど。
「街の外はグロンが頼りだから、その時は頼む」
グルル
東の砦の事件で俺を守れなかったのが不満だったらしい。
でも俺は知ってる。
ヤーガスアの連中は俺たちのゴゴゴにも目を付けていた。
餌に薬を入れようとしたり、外に連れ出そうとした形跡があったそうだ。
「グロンが居たから他のゴゴゴたちが安心して過ごせたんだよ。
ありがとうな」
本気でグロンが威嚇したようだ。
あれからしばらくの間、俺以外の人間が近寄れないほどグロンも気が立っていた。
あの時、
よし、ここでもオヤツ作戦だ。
「今日、お前たちが好きな魚をたくさん買ってくるから!」
グルッ グルッ
よしよし、撫で撫で。
ゼフも盛大に尻尾をビダンビダンしてるけど、お前がやると周りに被害が出るから控え目にな。
今日から朝食は、俺も皆と同じ広間でバイキングになる。
やっほー。
ピア嬢と向かい合わせの上に、マナー指導されながらの食事は味がしなかったからなあ。
俺が食べるのは、パン、ハム、水、あと果物。
エオジさんとギディが肉だの野菜だの皿に載せるけど、俺は拒否。
ツンツンが【スキ】ならあげる。
「殿下の偏食、すごいな」
ラカーシャルさん、褒めないで、照れる。
「シーラコークの魚を出してくれたら食べるよ」
「本当ですか?」
料理長に知らせに行ったっぽい。
大使館では故郷の料理のほうが喜ばれると思われているようだ。
基本的にはあまり外で食事を取らない俺は、いつもと同じってことは偏食が変わらないってことだ。
せっかく美味しい食材があるんだから頼むよ。
国の情報を扱っているため、大使館で働いているのはブガタリアから来ている者が多い。
「ブガタリアからいらっしゃる方は皆さん、魔獣のお肉が好きだと思って」
そんなわけあるかっ。
もう少し他国の料理にも興味を持ってくれ、料理長。
美味しいものなら食べるから、たぶん。
朝食後の打ち合わせにも参加させてもらい、皆の動きを確認する。
昨日までの俺は晩餐会オンリーのスケジュールだったから、今日から少し自由になる予定。
また釣りにも行きたい。
「ピアーリナ様がいらっしゃいました」
「今、行きます」
さて、ヒセリアさんの実家に行くぜ。
珍しい小魚、楽しみだ。
海岸まで歩いて行くには遠いので、馬車に乗る。
「この人数なら乗り合い馬車が良いですわ」
ピア嬢がそう言うので、大通りで周回している大型の馬車に乗った。
以前はエオジさんと二人だったのでタクシーみたいな小型の馬車を拾って乗ったけど、十人ほど一緒に乗れる大型の馬車もある。
今日は俺とエオジさんとギディの三人に、ピア嬢は侍女と護衛の中年男性の三人で合計六人。
小型二台でも良いけど大型も乗ってみたかった。
料金は一定なので乗る時に人数分を払う。
目的地に近付いたら、御者に言えば降ろしてくれる。
ただし、大通りのみ。
街並みを眺めながら揺られ、三十分ほどで海に出る。
「おー、これが海ですかー」
ギディは初めての海に興味津々だった。
ブガタリアは山に囲まれた国だから、きっと一生見ない人もいるんだろうな。
俺の場合は、波の音、潮の香りは前世の記憶と変わらないので懐かしいとは思うけど、そこまで感動はなかった。
港の手前で馬車を降りる。
市場を通ると足が止まるので、ピア嬢が業者用の通路を案内してくれた。
屋台が気になったけど、帰りまで我慢しよ。
「こちらですわ」
桟橋に面した倉庫のような建物の一つに入る。
「おー」
石塀を抜けると、周りを建物に囲まれた中庭のような場所に、大小の丸い池がいくつかある。
「お待ちしておりました」
ヒセリアさんに似た小柄なおじさんが待っていた。
「こんにちは、よろしくお願いします」
俺が手を差し出すと不思議そうな顔をされた。
これは、あれか。
「ギディ」
ヒセリアさんからの紹介状を受け取り、渡す。
「よく間違われますが、私がコリルバートです」
「は、え、失礼しました!」
うん、ギディのほうが王子様っぽいよね。
間違えても仕方ない、うん。
相手の失態は見逃さない。
これ、商売の基本ね。
池の構造や、餌魚の仕入れ状況を教えてもらう。
「ここは海に近いのに、淡水の魚は問題ないのですか?」
川や湖があるなら分かるけど、ここは港である。
目の前は海なのだ。
「魔道具の木箱に詰め込まれた小魚は、船で運ばれて来ます。
港から魔道具を使って、中身だけをこの池に移します。
池に設置した魔石は淡水用の特別製で、一年に一度、取り替えるだけです」
俺は魚がまだ入っていない池の底に沈んでいる大きな魔石を、顔を水に突っ込んで確認した。
思ったよりデカいな。
でも、これがあればブガタリアでも小赤を養殖出来るはずだ。
ギディからタオルを受け取る。
「これはシーラコークで作った魔道具ですか?」
濡れた顔を拭きながら訊ねる。
ヒセリアさんの話しでは、このおじさんは他国から来た人だ。
「魔石自体はこの国で調達出来ますが、魔法の付与は私の母国から魔術師を呼んで来るのです」
この仕事の中でそれが一番高額になるのだが、年に一度だから諦めている、と笑った。
なるほど、魔法を使わず、魔道具に頼るシーラコークらしい話だ。
「では、そろそろあちらへ」
何やら勿体ぶって建物の中に案内された。
珍しい小魚か、何だろな。
今のところ小赤は前世での
あのヒラヒラした尾びれが良いよなあ。
ふと立ち止まって振り返る。
「あ、皆は自由にしてていいよ」
狭い建物内を六名全員で歩き回る必要はないよね。
「しかし」
ピア嬢の中年護衛さんが渋る。
護衛とすれば離れたくないよな、何かあったら責任問題になるし。
「私が付いてますから大丈夫です」
ギディが鼻息荒く主張し、エオジさんは釣りに行きたそうにしている。
俺はピア嬢の侍女に食糧用の鞄を渡して買い物を頼む。
もちろん、護衛さん付きだ。
「承知いたしました」
ピア嬢からも頼まれてピア嬢の侍女と護衛、そしてエオジさんは出て行った。
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