第60話 息子というものは(別視点)


 ブガタリア国の東の地を任されている部族の長ガガーシ。


彼は今、目の前の息子をじっと見ていた。


ブガタリアと隣国ヤーガスアとの国境にある砦の地下牢。


息子はそこに捕らわれていた。


「父上、私はどうなるのでしょう」


魔力を使えぬよう封じられ、身体も身動き出来ぬほど縄が巻かれている。


「……王都に連行され、王宮で裁判を受けることになるであろう」


武寄りの国であるブガタリアは、ただ強いことを尊ぶのではなく、清廉であることも求められる。


「お前は私利私欲のために、国の第二王子を拐い、傷付け、他国に売ろうとした」


そんな者が無事で済むはずはない。


「お前はわしだけではない。 部族の名も汚した」


「そ、そんな。


父上様は以前からおっしゃっていたではないですか。


古いブガタリアの伝統など捨てるのだと!」


息子はズリズリと身体を動かしながら近寄って来る。


「黙れっ、お前にはやって良いことと悪いことの区別もつかないのか!」


これではあの十一歳だという第二王子よりも子供の思考だ。


情けなくて涙も出ない。




 ガガーシはこの牢に来る前に、あの第二王子に言われた言葉を思い出す。


「あなたの息子さんがもしこの場所で命を落とすようなことがあったら」


十歳を超えたとは思えないほど小柄で、少女のような愛らしい顔をした少年。


「私は、東の部族を反逆者の町として国王陛下に告発します」


あの冷たい言葉を、怒りの籠った目を思い出して身体が震えた。


 あれは、父親であるガガーシが勝手に息子を殺さないように釘を刺した言葉だ。


王子は本気だった。

 

何がそこまで王子の気にさわったのだろうか。




 ガガーシは目の前の息子が愚か者だということは分かっていた。


一部の者からおだてられ、己の身体を鍛えることをおこたり始めたとき、


「そんなことでは立派な部族の男にはなれぬ」


と、さとした。


そこにヤーガスアから来た妻は当然のように口を挟んでくる。




 彼女は何故か森に迷い込んで、魔獣に襲われていたところをガガーシが助けた女だ。


どうして他国の女が、しかも一人で、さらにガガーシの目の前で襲われていたのか。


後で考えれば怪しい事ばかりだったが、その時のガガーシは彼女の妖艶な美しさに目が眩んでしまっていた。


 困っている女性を助けるのはブガタリアの男として、部族の長として当たり前のことだ。


そう思っているうちに、気が付けば妻にし、息子が生まれていた。


そして、彼女は事あるごとに口を挟むようになっていたのである。




「まだ子供です。


そんなに鍛えてばかりで怪我でもしたらどうするのです」


怪我をしないために日頃から鍛えるのだと教えても、息子がかわいそうの一点張りだ。


 ガガーシの他の三人の妻たちはブガタリア育ちで、夫のすることは理解し口を出すことはない。


「これがブガタリアのやり方なのだ」


そう説得したつもりだった。


 だが翌日、彼女は日頃から鍛錬を怠る息子に、また泣き付かれた。


「痛い痛い」


「まあ、かわいそうに」


「少しは痛くなければ、それが危ないものだと分からないからだ。


そのためにわざと怪我をさせることもある」


ガガーシの言葉に女性は怒り、家を出て行った。




 戻って来たとき、彼女は数名の子供と母親を連れていた。


「それでは、他の女性たちの話も聞いてみましょうよ」


そして、彼女が連れて来たのは同じようにヤーガスアから来た女性たちだ。


 それは嫁不足で困っていたガガーシに、ヤーガスアの妻が親族だと言って連れて来た女性たちであり、すでに部族の若者の嫁となっていた。


「ここにいる母親たちが皆、そのような野蛮なやり方はしたくないと言っていますわ」


日中は男たちは仕事に出ている。


その場にいた者は、夫や部族長に逆らわぬブガタリアの女たちと、何事にも大声で反発するヤーガスアの女たちだけだった。


「他国から来て身寄りもない私たちの意見は取り入れてくださらないのですね」


わざと泣くそぶりまでしてくる。


 本来ならば、部族長のガガーシの言葉は絶対である。


逆らう者など今までいなかった。


しかし、ガガーシはキャンキャンと喚く女たちに勝てず、妥協したのである。




 己の精神も身体も鍛えようとしない若者が増えた。


部族長の息子がしないのだから、誰も苦しい修行や疲れる狩りをしたがらない。


これでは部族の未来が危うい。


 ガガーシはブガタリアの妻との間に生まれた長子に望みをかけて、後継にしようとしていた。


しかし、その長子は二十歳の修行として、王都に出掛けたまま戻らない。


手紙では「もう少し修行します」という返事ばかり。


調べてみると、ヤーガスアの母親を持つ若者たちから脅迫まがいの嫌がらせを受けていたことが分かった。


命の危険さえあったという。


「あいつらがいる限り、戻らないだろな」


ガガーシは肩を落とした、



 同じ息子として、同じように育ててきたつもりだった。


しかし、どうみてもガガーシはヤーガスアの妻の子供にだけ甘い父親になっている。


そんな姿を見て、他の子供たちはどう思うのか。


息子だけではない。


部族の若者たちはすでに楽をすることを覚え、誰かがやれば良いと、自分では動かなくなっていた。


 まだ年寄りや、身体を鍛えることが好きなブガタリアらしい者たちもがんばっているが、このままで良いわけがない。




 頭を悩ませていると、ヤーガスアの妻が言う。


「次の部族長は私たちの息子で良いではないですか」


ヤーガスアの妻は当然のようにいうが、あんな弱い者では部族をまとめることも、他の部族との交渉も出来ない。


「あの子は特別、人を上手く使えるようですわ。


これからはブガタリアもヤーガスアのように、魔道具や出稼ぎの他国人を使う時代なのです」


ガガーシはヤーガスアがどんな状態なのかは知らない。


そんなものなのかと黙り込んだ。


 仕方なく、息子に部族長になるために必要なことを教えてみたが、三日と持たなかった。


「そんなことでは部族長にはなれぬぞ」


そう話をしても、


「父上はもう古いのですよ」


と、ヘラヘラと笑い、最近また増えたヤーガスアの若者たちと遊んでばかりいる。




 最近、その者たちと国境警備の砦に出入りしているという。


用もない他国の者が入れる場所では無いはずだが、噂では怪しい者からもらったという魔道具を使っていると聞いた。


問いただすと、


「自分が強くなくても、強い者を操ればいいのですよ」


と、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。


息子が本気でそんなことを考えているとは思えない。


どうせ誰かにそそのかされて、そんなことを言い出したのだろうと、ガガーシは思い込もうとした。




 王都からの、いつもの行商が来る頃になり、準備を始める。


「なんだ、これは」


部下に問いただす。


大幅に数が変更されていた。


これでは王都から来るマッカス殿の商隊に顔向けが出来ない。


「え、あの、奥様と坊ちゃんが」


「なんだと!」


息子が、まるで自分がすでに部族長になったかのように振る舞っていた。


「まあ見ててくださいよ、父上。


私が全て上手くやってみせますから」


「ガガーシ様。 あの子の努力も認めてあげてくださいな」


母親からの援護もあり、仕方なく、今回だけという話で了承した。


してしまったのだ。




「すべてわしの落ち度だ」


ガガーシは、見なかったことにした過去から、もう目を背けることが出来なくなった。


息子が目の前で王子を投げ落とし、ヤーガスアに渡そうとした事実は消せない。


 あの時、舞い降りた大鷲を操る王子を見て、ガガーシは自分の浅はかさを痛感した。


「あれは神だ。 神はいつでも我らを見ておられる」


自分もいずれは裁かれるだろう。


国のため、いや、自分自身が信じる正しさにさえ従えなかった愚か者はガガーシ自身だったのだ。


そして、


「あの王子がいる限り、この国はまだまだ大丈夫だ」


と、安心したのも事実だった。


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