第59話 小瓶というものは


 山の森は日暮れが早い。


適当に昼食を済ませ、グロンが満足した様子を見てから砦に戻った。


王都からはまだ誰も来ていないみたいだな。


 ギディは獲物を厨房へのお裾分けと持ち帰るものに分けるため、井戸の側で作業を始める。


それを見た誰かが伝えたのか、厨房から手伝いが来てくれて助かった。


俺はこういうところはポンコツだから、ごめん。




 俺とエオジさんは自分たちのゴゴゴの手入れだ。


「お帰りなさい、殿下」


砦の責任者秘書官の女性が声を掛けて来る。


「ただいまです」


俺は子供らしく元気に応えた。


エオジさんがププッと笑いを堪えて肩を揺らす。


えー、似合わないかなあ。




 見張りの話では、そろそろ王都からの遣いが到着するだろうということだった。


そうしたら、またエオジさんやホーディガさんたちは会議になるんだろうな。


お疲れ様です。


「東の部族との取り引きは上手くいったの?」


俺はグロンから飛び降り、エオジさんに訊いた。


「あー、そうだなあ。


色々あったから、要望はゴリ押しでいけたらしいが」


ふうん。


 でも期待ほどじゃなかったのか、エオジさんの表情はあまり良くない。


「やはり弱体化は深刻らしくて。


町の周辺の森も魔獣狩りが進んでいないようです」


秘書官さんの話に「なるほど」と頷く。


まあ、その辺りはこれからがんばればいいんじゃないかな。




 ブガタリアの民族は元々は狩猟民族で、狩りで生活を支えていたはずだけど。


「ねえ、東の部族は狩り以外に何か収入があるの?」


狩りをしなくても生活出来てたんだよね。


「確か、木やガラスの工芸品が特産ですね」


秘書官さんの話では、部族の属性魔法で代々優秀なガラス細工師がいて、その工房がいくつかあったそうで。


職人や製造技術を外に出さないためにも、他の町からの人の出入りを制限してたみたいだ。


「その中にヤーガスアが入って、閉鎖的なままのコミュニティに蔓延かあ」


嫁不足、恐るべし。


「は?、殿下、今の言葉はー」


秘書官さんが突っ込んでくれるけど、ごめん、忘れて。


 最近は工房の品が国内よりヤーガスアなど他国で高く売れることが分かり、力を入れていた。


「そっか。 狩りより金になり、武力を必要としない産業が流行ってたのか」


そりゃ、脳筋の肩身が狭くなりそうだ。


「あ、ガラス!」


俺が急に大声を出してしまい、周りにいた人たちを驚かせた。




 俺は自分の荷物が入った箱を探す。


「はい、これ。 忘れてたけど、お土産です」


小赤の入った飾り瓶を秘書官さんに渡す。


「え、私にですか?」


「本当は東の部族や、これから回る予定だった部族にも渡すつもりだったけど、行けそうもないから」


おそらく王都に連れ戻されるから、俺。


「可愛い、ありがとうございます!」


そういえば、この砦は珍しく女性兵士が多いんだよな。


「えっと、実はまだあるんだけど、欲しい人がいれば差し上げますが」


「ホントですか?、皆、喜びます」


老若関係なく女性の笑顔っていうのに男は弱いというか。


うん、全部あげちゃえ。




 秘書官さんが傍にいた兵士に希望者を募るように頼んだ。


俺は秘書官さんに小赤の説明を始める。


「俺が実験用に飼育しているので、減っても仕方ないと思ってください」


飼育に失敗して死んでも、王子からの贈り物だからって罰とか止めてね。


「それと見かけより攻撃的なので、決して二匹だけにしないで。


分けるときは一匹だけか、同じ大きさのものを五匹くらいにしないと喧嘩するから」


共食いするとは言いづらかった。


ふむふむと頷きながら秘書官さんはメモを取っている。


「ここに入ってる石は?」


「ああ、これは魔道具なんだ」


えてシーラコークの名前は出さない。


嘘はついてないもん。


「瓶の中の清掃や栄養の調節をしてくれて、放っておいても一年は持つらしいよ」


魔力切れになったら自分の魔力を補充すればいいだけだ。




 いつの間にか俺たちの周りに女性たちが集まっていた。


おおう、皆、兵士らしく身体はごついのに、小赤を見る目がキラキラしてるな。


何とか数は足りそうだったので、一人一人にお騒がせしたお詫びを言いながら渡していく。


俺の魔力を込めた餌もちゃんとね。


「これは餌です。 たぶん一年は持つと思いますが、足りなくなったら王都の店に注文してください」


商売商売っと。


「このお魚も注文できますか?」


「あー、まだ実験中なので出せません。


今度また行商に来ることがあれば用意してきます」


まだ売るほどは無いんだよね。


俺の手土産がせいぜいです。




 ガヤガヤやっていたら、エオジ兄と砦の兵士に連れられて王都からの遣いが来た。


やっと到着したみたい。


「コリル、元気そうだな」


団体さんの中に祖父じい様がいた。


「お祖父じい様!」


何だかうれしくなって、俺は祖父じい様に飛び付いてしまった。


「わざわざ来てくれたの?」


「あはは、まあその話は後だ。


来る途中で色々話は聞いたが、本当に無事で良かった」


ホッとした顔の祖父じい様に、改めて心配をかけてしまったのだと感じる。


「ごめんなさい」


大きな手で頭を撫でられる。


「いや、生きているならそれで良い!」


ガハハハッと笑う祖父じい様は、俺にとって本当にありがたい存在だ。




 エオジ兄に案内されて、祖父じい様たちは休憩がてら報告を聞きに行った。


俺とエオジさんはギディに処理してもらった肉や素材を砦の担当者に渡す。


「ありがとうございます、助かります」


食堂へ移動すると、窓辺に小赤の飾り瓶が並んでいた。


その近くを通る度に兵士たちがホワンと笑う。


俺がそれをうれしそうに見ていると、


「癒しというのは若い女性だけではないんですなあ」


厨房担当のごついおじさんが微笑んだ。


「今までは力のあり余った若い兵士たちに必要なものは、若い女性だとばかり思っておりましたが」


あー、ここでは俺の癒しであるゴゴゴまでが鍛えられてたからなあ。


「ふふっ、癒しはいいですけど、見かけだけに惑わされないでくださいね」


女性も小赤も、可愛いだけじゃないんですよーっと。


「はい、殿下のお蔭でこの身体にみましてございます」


丁寧に礼を取られた。


いやいや、そこまで深い考えがあったわけじゃないんですけど。


俺はボリボリと頭を掻くハメになった。




 その夜、俺は祖父じい様と一緒に客用の特別室に泊まることになった。


祖父じい様と一緒に寝るのはシーラコーク以来かな。


「コリル」


「ん、何?、お祖父じい様」


着替えて寝る用意をしていたら、ベッドに腰掛けた祖父じい様がしみじみと言った。


「わしはお前に」


「待って、お祖父じい様、もう謝らないで」


謝るのは俺のほうだ。 でも祖父じい様とこのまま謝り合っても意味はない。


だから。


「俺、お祖父じい様にはいつも感謝してるよ」


シーラコークでも、王宮の中でも、祖父じい様は何も言わなくても俺を信じてくれた。


それだけでうれしい。




 ブガタリアの男たちは武寄りで、ごつくて、恐そうだけど、皆、気は優しいんだ。


特に女性や子供を守ろうとする気持ちが強い。


子供は女の子の場合は母親に任せ、男の子の場合はしっかりと心と身体を鍛える。


そういった古い伝統がある国なのだ。


「東の部族長ガガーシは若い頃は良い奴だったがな」


頼まれて、他国の女性を一夫多妻の中の妻の一人にした。


物珍しさもあり、周りも部族長の嫁だから持ち上げたんだろうな。


特別扱いされて勘違いしたのは妻だけでなく、その息子もだった。


「女ひとりで男は変わる」


祖父じい様は横に座った俺を見て、ため息を吐いた。


「お前はどんな女に騙されるんだろうな」


ええっ、騙されるの確定?。


「もうっ」


不貞腐れた俺は自分のベッドに潜り込んだ。




 疲れているのに、眠れなくて見上げた天井。


その時、俺の頭の中をピア嬢の姿が横切った。


彼女なら将来はきっと素敵な女性になるだろうなと思う。


そして、大人になった彼女はどんな男性を選ぶのか、少しだけ気になった。


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