第36話 王族というものは


 北門に俺とエオジさんが戻って来た時には、すでに大勢の参加者たちは解散した後だった。


そらそうだろうな。


俺は飛びたがるテルーをなだめるのに苦労して、やっと落ち着かせて戻って来たんだ。


 北の森への出発は早朝だったが、今はもう夕方に近い。

 

そして、家に戻ると俺はすぐに王宮内に呼ばれた。


「えー、疲れてるからやだー」


何だか気恥ずかしくてグズっていたら、


「雪の中で寒かったでしょう?。 参加者の皆、浴場に行ってるのよ」


と、母さんに教えられた。


なるほど、確かに大きな浴場が王宮内にあるとは聞いていた。


んじゃ、行ってみようかな。


大きな銭湯とかって前世でも好きだったし。


 でも、甘かった。


使用人や兵士たちが利用する大浴場の入り口で、俺は陛下の従者に捕まってしまう。


そして王族用の豪華な浴室に、手際よく脱がされて放り込まれた。




「コリル、ありがとう」


「いえ、ヴェルバート殿下の忠臣ですので、当然のことをしたまでです」


まだ九歳の子供が精一杯背伸びをして臣下の礼を取る。


裸だけど。


兄弟で仲良く裸の付き合いをした後、俺は逃げないよう腕を掴まれて、そのまま王族専用の部屋へ運ばれて行く。


 自慢じゃないけど、俺たちは兄弟仲も親子仲も険悪だったことはない。


俺が馬鹿丁寧になってしまうのは、周りに対する牽制なんで王族に対する嫌味じゃないし。


その辺りは母さんがちゃんと伝えてくれている。


最近、特にイロエストの従者たちがいなくなってからは、こうやって王族専用の部屋に呼ばれることが多い。


いや、呼ばれても俺が顔を出さないから、こうやって無理矢理連れてかれるんだけどね。




 部屋に入ると母さんがお茶を淹れたり、菓子の皿をテーブルに並べたりしていた。


「コリルバート、いらっしゃい」


何故か、俺は王妃様に呼ばれて湿った髪をタオルで拭かれている。


えええっ、ナニコレアリエナイ。


俺が直立不動で固まってる間、ヴェルバート兄に似た優しい笑顔が目の前にあった。


「ふふっ、コリルバートの黒髪は少しくせっ毛で、とっても柔らかいのね。 一度触ってみたかったのよ」


いやいや、王妃様、いつでもなんぼでも触っていただいて構いません。


けど、俺って前世足すと二十歳越えてるんで、ちょっと恥ずかしいです。


やっと手を離されてヴェルバート兄の隣に逃げる。


その向かい側のソファには陛下と王妃が並んで座った。




 俺が顔を赤くして俯いていると、周りの空気が何だかホワンとしている。


給仕を終えた母さんが陛下の隣に座る。


「さて、今日はご苦労だった。


本当はもっとゆっくり休ませてやるつもりだったのだが、まずはねぎらわせてもらいたい」


エオジさんの話では今日の参加者には明日、王宮の謁見室で褒賞の儀式があると聞いた。


その前に俺の褒賞についての話し合いなのかもしれない。


「お前たち、二人とも良くやってくれた。 さすが私の自慢の息子だ。


ヴェルバート、これで誰もがお前を王太子だと認めるだろう」


「はい、ありがとうございます」


ヴェルバート兄が胸を張って答える。


「だが、これからはもっと精進しなければならぬぞ」


「はい、承知しております」


王族としての責任がさらに重くなるという。


がんばれっ、兄様。




「さて、コリルバート」


あ、こっちきた。 俺は背筋を伸ばす。


「お前に関しては、私は本当に何と言っていいか分からん」


ええ、どういうことよ、それ。


俺は褒めてもらいたいわけではなかったけど、父王を困らせてしまったのは申し訳なく思う。


「今回の作戦に関しては、立案も段取りもすべてお前のお蔭だ。


それは参加した兵士たちも魔獣担当の飼育員たちも認めている」


あ、いや、そんな。


だって、結局は俺のアイデアなんて穴だらけで、じいちゃんや王妃様がいっぱい考えて修正してくれた。


だから出来たこと。


「お、おれ、私だけの功績ではありません。 王宮の皆が力を合わせて出来たことです」


俺は自分のやれることをしただけだ。




「そうね、皆のお蔭だわ」


王妃様が俺を見ながら微笑む。


「でもね、コリルバート。


この作戦はあなたや、あなたの魔獣たちがいたから出来たことなのよ」


大鷲だけじゃない。


ゴゴゴたちに魔力の保持の仕方を教え、雪の中でも長時間移動出来る方法を与えてくれた。


特殊な能力を持つ個体がいることを見せてくれた。


「それは間違いなく、今回の作戦にはとても大切なことだったわ」


俺はヴェズリア様の言葉に目が潤むのを感じる。


「あ、ありがとう、ございます」


テルーだけじゃない。 弟たちも役に立ったんだな。


「それでな、二人にはこの日を記念して祝いを贈ろうと思う」


「あ、はい」


俺は涙を拭って姿勢を正す。




 あれ?、父王の顔がちょっと赤い?。


ん??。


王妃様は相変わらず微笑んでいるけど、母さんはちょっと顔を赤くして背けているな。


 咳ばらいを繰り返し、なかなか次の言葉が出ない父王に、兄様は首を傾げている。


「あの」


俺はなるべく子供らしくアドケナイ表情を心がけてみる。


「もしかしたら、この間、お願いしたやつですか?」


ちょっとイジワルかもしれないけど、ちゃんと喋らない父王が悪い。


「この間?」


ヴェルバート兄が俺を見て、しばらくの間考え込む。


「あ、まさか?!」


そして勢いよく立ち上がった。




「僕は妹がいいです!。 いつですか、父上様」


「私はどっちでもいいです、母様?」


父王に期待の目を向ける兄様と母さんをじっと見る俺。


それに答えたのは王妃様だった。


「うふふ、二人とも大歓迎みたいね。


産まれるのは次の夏よ。 ヴェルバートにもコリルバートにも弟か妹が出来るわ」


は?、それって王妃様にもお子様が。


王妃様も母さんもお腹に手を当てて頷いた。


俺は父王に視線を移して睨んでしまった。


「お前たちが欲しいと言ったんだからな!」


顔を背けた父王は「まさか両方出来るとは思わなかったんだよ」という顔をした。


はあ、これだから脳筋はっ!。




 その日から、ヴェルバート兄はグリフォンで空を飛ぶことが出来るようになった。


あの若い個体も一度飛ぶことを覚えると、後は平気で兄様を乗せるようになった。


初めて飛んだ時、ヴェルバート兄という人間に触れ、その優しさを理解したんだろうなと思う。


魔獣担当のじいちゃんは、ヴェルバート兄とあのグリフォンの風魔法の相性が良かったんだろうと言ってた。


なるほど、空に上がらなければ分からない相性っていうのもあるんだな。


そして、王太子と王太子専用グリフォンの間に確実に絆が強まったと俺でも感じられる。


 王族特有の赤い瞳、魔獣グリフォンからの信頼。


王妃に似た整った容姿と金色の髪は俺から見ても父王とは違う独特な雰囲気があって良いと思う。


もうヴェルバート兄が王太子であることを疑う者はいないだろう。




 そして春になり、俺の十歳の祝いの式典が行われた。


俺は母さんと王妃様が懐妊中であることを理由に、兄様の時のような豪華な式典を拒否し、内輪だけの小さな宴にしてもらう。


今回はブガタリアの国内の部族の血を引く俺の祝いなので、他国からの招待客はいない。


ただ、国内の部族からは祝いの品が多く届いた。


「うへえ」


その多くがゴゴゴやその他の魔獣の幼体、そして最高級の魔獣用の餌だ。


皆、どれだけ俺が魔獣好きだと思ってるんだよ。


好きだよっ!、餌も助かるけど!。


正直、王宮では飼い切れず、デッタロ先生に頼んで城下の学校の一部に飼育施設を作ってもらうことになった。


将来はじいちゃんのような魔獣の研究者とか優秀な厩務員が育ってくれるといいな。




 イロエストからは祝いの品と共に、相変わらず王弟殿下から俺に修行に来いというお誘いの手紙が来ている。


そしてシーラコークからは例の店からまたしても大量の食材が届き、ピア嬢からは新しい本と手紙が届いた。


『また、あなたのゴゴゴに乗せてね』


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