第14話 デート?②

 代金フリー、しかも遊園地。

 それに加えてかわいい女の子(外見に限る)が一緒についてくるなんて。

 その言葉だけを聞いたら、遊園地が超絶嫌いという人以外皆行きたがるだろう。

 まぁ、俺も? 行きたくは無かったけど? 楽しかったっていうかなんというか? 

 ・・・・・・楽しかったですねはい。


 いつ以来だか分からないジェットコースターは思った以上にスリルがあったし。コーヒーカップは思いっきり回されて気持ち悪くなった。しまいには垂直落下する絶叫系にだまされて乗らされ・・・・・・、あれ? これって楽しいのか?


 それ以上に男どもの熱い視線がキツかった。後ろから刺されるんじゃないかって本気で思ったのは初めてでしたね。正直寧々以上でした。寧々も加わっていたら今頃俺はご先祖様と面会していたかもしれない。いなくてよかったー。


 昼飯は小洒落たところでバイキング形式のものだった。普段カップ麺しか食べていない俺にとってありがたく初めて月見里に感謝したのも覚えている。チケット、なんて有能なんだ!


 だが、だがだ。


「じゃ、並んでてね。この分だとあと一時間弱ってところだから私は乗り物乗ってくるから」

「……」


 列に一人並ばされるのは違うと思うんだけどなぁ!!


 ♪♪♪


 遊園地の入り口から百メートルほどの場所に噴水のそばに映えるようにしてそのピアノは置かれていた。

 水にかなり近いのだが大丈夫なんだろうか、という疑問は置いといて。

 八本の水柱が左から順々に打ちあがっていき細かい水しぶきが太陽の光に反射してきらめいていた。

 とてもロマンチック? で現にカップルも腕を組みながらキスしている。……昼間っから堂々としていていいですねぇ。俺への当てつけですか?


 さて。ピアノに関してはどうなっているかというと―――


「ただいまー、約一時間待ちとなっておりますー。最後尾はこちらになりまーす」


 長蛇の列が鎮座していた。

 赤いテープが何重にもかけられている光景はある意味圧倒的だった。コミケの列に似ているかもしれない。

 噴水をぐるっと囲む形で並んでいるので遠くから見るとカラフルに彩られていることだろう。俺も遠くから眺めていたい。人がゴミのようだって叫んでみたい。

 もう諦めの空気に慣れてしまい、すごすごと列の最後尾に並ぶ。一人さっと割り込むようにして入ってきたがもうそんなのどうだっていいことだ。スマホを取り出すも人が多すぎるせいか重く使い物にならない。

 俺は諦めとは違うため息をつきポケットに手を手袋をつけたままつっこむと肩の力を抜いて目を閉じた。



 皆、せっかくだし弾いてみようかという感じのノリで弾いてるのだろう。『かえるのうた』とか『きらきら星』。たまにジブリの名作『ハウルの動く城』や『となりのトトロ』なんかも聞こえてきた。

 クラシックを弾いている人もいる。意外とうまく、誰も知らんだろと思いながらも聞き入ってしまうこともあった。


 だがそれらは予想通りというべきか、パーク内のバックミュージックと合わさってしまい何というか……汚く濁ってしまっていた。

 ピアノにも申し訳程度のマイクがつながれており音も通常よりは大きいのだが、30メートル間隔で建っている柱につけられているスピーカーの音量には負ける。というか負けなかったらおかしい。

 やはりピアノはパーク内の音楽に合わせるしかないだろう。


 スマホはというと、月見里からの「いいでしょ~」メッセージを次々と受信し俺の尻ポケットをダイエットマシーンかのごとく振動させていた。これは製品化しても問題ないレベル。片側だけ尻が引き締まりそうだ。


 そんなことを思いながら、五月の日差しを受けうつらうつらしているといつの間にか前には人がいなくなってた。


 俺はそろそろの旨を月見里に送ろうとメッセージを開く。通知が50件を超えていたがスルーし文言を打った。幸いというべきかすぐに既読の文字が付き、似つかないほど可愛いスタンプで「了解!」と返される。


 そのまま前の人が弾いている『KING』を聞きながらぼけーとしていると係員から肩を叩かれた。いつの間にか終わっていることに驚きながら俺は会釈をしピアノに向かう。

 今日は撮影の奴は来ていないのでどこどこから、などと指示する必要もなく背もたれがない椅子に腰かけた。


「さてと……。どこから入ろうかね」


 おそらく―――うとうとしていて注意書きを読んでなかった―――制限時間は五分ほどだろう。弾き始めてからだと思うのでパーク内の音楽がAメロにはいったところからで丁度いいはずだ。

 手をぶらぶらさせ、いざ参らん! と鍵盤に手を置いた時、「すいません!」と声がした。

 見ると月見里が走ってきている。

 係員が止めようとするも勝手に「連れです」と言って躱し、赤いテープをスカートだというのにジャンプして飛び越え俺に近寄ってきた。それ、お前の台詞じゃねぇかんな。

 唖然としていると彼女は周りの人たちのざわめきをつれ俺に近寄ってくる。腕にはたくさんのお土産らしき紙袋がたくさんかかっていた。それを当たり前のように荷物入れのかごに投入する。


「あ。あとで持ってね」

「絶対に嫌だ」


 月見里は軽口をたたき隣に座ると鍵盤に手を置いた。どゆこと? と混乱している俺を顎で動かす。仕方なく鍵盤に手を置くと彼女はAメロに入るアーフタクトでスッと息を吸った。

 つい反射のように俺も合わせ、頭の中で考えていた旋律を―――セコンドを弾き始める。指が鍵盤に吸い付くように滑らかな弾き始めだった。



 練習もしていないのに不思議と月見里との連弾は息が合った。

 跳ねるようなファーストに俺が重低音を利かせたセコンドを弾く。月見里の左手が俺が弾くべき拍をとったら俺が重低音でメロディーを弾く。

 合わせようとしてしていないのに自然と合っていた。


「どうして弾きに来たんだよ。アトラクションはどうした」

「え?」


 俺の問いに月見里は目を丸くするとしばらく手を動かしながら考えるそぶりを見せる。そして首をかしげてこう言った。


「ただ弾きたくなっちゃったから弾いただけ。それがなんか悪いの?」


 同類だ。同類がいる。

 俺が不協和音を奏でると、それを諫めるように月見里が丁寧に和音で収める。

 彼女が不協和音を奏でたら、俺がそれを後押しするように悪化させ、ダイナミックかつ丁寧に収める。

 ここだけの話だ。これは口にしたら月見里が調子に乗るであろうので言わない。俺はとても、

 

 ———久しぶりにピアノで興奮していた。


 空気が震えるのがわかる。視線が集まるのがわかる。呼吸も自分の体中の血液の流れも鳥のさえずりもすべてが伝わってくる。体中がセンサーにでもなった気分だ。

 感覚が異様に冴えている。

 ピアノに置かれている四本の腕。初めてなはずなのにどっしりとした安定感。即興のアドリブも完ぺきにできている。

 

 楽しい。

 

 そう思っている自分がいた。

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