第10話 ストリートピアノ

注)カタカナが連続しているのは商品名です。読み飛ばしていただいて構いません。いや、むしろ読み飛ばしていただいたほうが……


――――――――以下本文



「いるし・・・・・・」


 俺が行くと今は6時30分だというのにピアノの周りには人がたくさん集まっていた。スマホを掲げている人や手を叩いてリズムをとっている子供もいる。俺は呆れて苦々しげに笑うしかない。


「今回はボカロメドレーか。・・・・・・手壊れないのか?」


 消失や激唱といった難曲を飛び回る左手と鍵盤を往復する右手でうまく表現している。時々入れられる一芸は客をワッと沸かせていた。

 さて、どうしようか。


 ――帰るか。


 別に今日弾く必要性はないし、今日は思いつきだから映像を撮る人もいない。まぁ、連絡とれば今すぐに飛んでくる奴だから呼べばいいんだけど。

 盛り上がっている皆を背に俺が帰ろうとすると突然演奏が止まる。ん? と思って振り向くとそれをスパイスに更に盛り上げていた。さらに―――


「目が、合っちまったよ・・・・・・」


 紅い澄んだ目が俺を完全に捕らえていた。彼女は客に気づかれないように顎をクイッとする。

 来いってか? ・・・・・・マジかよ。お前に合わせろと?


「今、六兆年だし。俺の腕を粉砕させるつもりか?」

 

 戸惑っていると彼女は先回りするように椅子の座っている位置を少しずらしてきた。ここまでされたらもうするしかない。

 長袖のワイシャツをまくり手をグッパする。いけなくはない。


「しょうがないな」


 客をかきわけ前に飛び出す。そしてアウフタクトから鍵盤に入った。彼女が伴奏を弾く形となり俺がメロディーを弾く。

 左手をクロスさせ飛び跳ね、階段状に降りるを繰り返し主旋律を弾くと客からの歓声が上がった。


「今日は遅かったんだね」

「曲を弾いているときに話しかけるな。気が散ってミスすんだろ」

「別に一音くらいよくない?」

「この曲は一音外したらそのまま崩れんだろうが!」


 だったらこんな難曲選ぶんじゃねぇ! 彼女は目を鍵盤に向けたままいつもと同じ耳につく高い声で囁いてくる。おい、左手そんなに音出すな。メロディー聞こえなくなるだろ。

 彼女に音量を合わせ俺もヒートアップさせる。駅だというのもあり不協和音で奏でられた曲は独特に反響して雰囲気を上げていった。

 俺は彼女と目を合わせラストスパートに入った。



 ♪♪♪



「いやー楽しかったぁ!」


 演奏の後、俺は引きずられるようにしてある店に連れられていた。緑の髪がもじゃもじゃしているニューヨークのシンボルのような看板がトレードマークのアレである。

 店内は心地よい音量でジャズ音楽が流れていた。


「なぜ俺がこんな呪文のごとき飲み物を飲まなければならないんだ」

「いいじゃん! 奢りなんだから!」

「お! れ! の! 金でな!!」


 ニコニコで呪文、【トールキャラメルスチーマーウィズホワイトモカシロップウィズエクストラホイップクリーム】を飲んでいる赤髪の少女はおいしそうに頬をさらに緩める。

 

「なぁ寧々ねね? なにスマホいじってんだよ」

「ん? ツイッターの更新。『あの有名な着ぐるみYouTuberの中身さんとお茶!』って感じで」

「やめろバカ! 中身ばれたら登録者数減っちゃうかもだろ?!」

「アハハ。冗談だよ。でもそこまで顔は悲観する必要ないと思うんだけどな~」


 その呪文を(キャラメル味らしい)を一気に飲み干した御手洗寧々みたらいねねはその紅い瞳で俺を見つめてきた。


「ねぇねぇかいくん」

「かいくんって呼ぶな」

「魁人って呼びづらくない?」

「その呼び方より一文字少ないだろうが」


 「しらなーい」と笑いながらまた同じような呪文を唱えにいった寧々に「太るぞ」と小さくつぶやきスマホをいじる。エゴサというものだ。さっきの俺の弾き方で気づいた人がいないことに安堵しているとニコニコして寧々が戻ってくる。


「ん」

「ん? なんだ?」

「はい、レシート?」

「金は払わんぞ」

「えええぇぇぇぇ!!」

 

 何が「ええ!」だよったく。・・・・・・おい、財布から勝手に樋口一葉をもってくな。お釣り、勘定おかしいよ! 後輩得ってもんじゃねぇぞ?!

 恨みがましく目を向けていると首をかしげた彼女はなにやら納得した顔で頷くとソレを差し出してきた。


「飲む?」

「飲まねぇよ!」


「これは、【トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ】って言うんだよ!」


「いや、・・・・・・暗記してんじゃねぇよ」

「一番長い名前って興奮するじゃん! 覚えちゃうじゃん!」

「知らんがな」


 呪文を唱えて息切れした寧々は幸せそうにストローを刺しちゅーちゅー飲み始める。俺はため息をついた。

 それを見た寧々はニヤッと笑いずいっと身を乗り出して話しだす。耳元で囁かれたので背筋がゾクッとした。


「ボクたち。こうやっていると恋人、見たいだね」

「・・・・・・なぁ、俺帰るよ?」


 「ボクみたいな女子高には出会いがないんですー」と彼女は軽快に笑うと頬をパンパンにするまでその『呪文』を吸う。カップを持っている手の黒いリストバンドが目についた。寧々はそれを一気にごくりと飲み込むと「それで」と切り出してきた。


「なにかあったの? かいくん」

「だから、その呼び方――はぁ・・・・・・。別になんもないぞ」

「なんか面倒くさいって顔と楽しいって顔が混ざっている。こんな顔けっこう久しぶりだから」

「そうか」

「うんそう。それで? なにがあったの?」


 どうやら聞くまで俺のことを帰さないつもりらしい。俺の財布をキープしているのがその証拠である。泥棒だな。警察呼ばないと。スマホを探すもそれすら押収されていて打つ手がない。


「ほれほれ」

 

 手をふりふりして迫ってくる。俺はため息をつきながらドリンクを飲み干した。甘ったるい砂糖の塊みたいな液体が喉に引っかかった。

 

「まぁ、なんだ?」

「うんうん、で、で?」

「部活に入ることになった」

「うんうん、え?! ・・・・・・まじ?」

「おおまじ」


 口の端からこぼれてんぞ。白いからちょっとエロく感じるだろ。髪の紅と液体の白のコントラスト! ・・・・・・それっぽく言ってみたけどコントラストって意味知らないんだよなぁ。

 ベタベタしているのが気持ち悪いのかカフェに置いてある紙で拭くともう一度確かめてきた。

 身をさっきよりも乗り出してきたので他の客が俺たちのことを見ている。めちゃくちゃ目立ってる。いやだな。帰りたい。


「ちょっと待って、待って待って」

「うるさいな、俺帰りたいんだけど」

「そんな事聞いて帰れるわけ無いじゃん! 夜しか寝れなくなっちゃうよ!」

「それで充分だろうが! 昼間ねてんじゃねぇ!」

「昼間寝て夜寝るのがボクのモットーなの! それに今帰っちゃうとボクのこと振った男みたいに見られちゃうよ?」


 いいの? と目で聞いてくる。後輩のくせに生意気だぞぉ! スネ夫風に心の中でつぶやくも通じるわけが無くすごすごと席についてしまった。クソッ、こ、今回だけなんだからねッ!


「そ、それで何部に、入部したんです?」

「・・・・・・音楽部、ってやつだ」

「ってやつ、って。具体的になんなんです?」

「俺も知らん。じゃ、帰るわ」

「ちょちょちょちょっ! ほら、飲み物奢りますから、ねっ」

「別に甘い飲み物いいや」

「じゃ、じゃあラーメン!」

「俺、もう食ったし。夜飯」


 ガビーンと表情を変える寧々。まじで面白いな。俺は頬を緩め席に戻る。

 それを話す気だと思ったのか、寧々はむふーっと息を吐き胸を張った。



★★★★

 作者、ボカロ大好きです。いつか自分も作れたらと思っています。(機材がありません。それにあったとしても使い方が分からないと思いますが)

 ここに作品名入れていいのか、と悩みましたが注意されたら直す形としたいと思い書いちゃいました。

 作中には弾くのが難しいものを入れたのですが、今は『マシンガン○エムドール』がやばいらしいですね。アレは人間が弾くものじゃない。プロ○カ、キツスギィ。

 作者は「キズ」 - KEI feat.初音ミクが大好きです。はい、ただそれだけでした。


【語句】

 アウフタクト:拍の頭ではなくその一拍前の部分。感覚的に言えば裏拍みたいな感じ

 トリル:指を高速で細かく近くの2、3音を刻むこと。

 クロス:その名のとおり右手と左手の位置を交換して弾く事。連弾の場合二人の腕を交差させることも含む

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