第8話 ショパン

 ショパン :バラード 第3番 Op.47 CT4 変イ長調。


 作曲年は1840年とショパンが晩年に作ったとされている。

 元となった話はポーランドの詩人、ミツケヴィチによるオンディーヌ(水の精)の詩といわれている。西洋のオンディーヌ作品は大抵バットエンドで終わることが多いのだがこの作品はそうならない。


 水の精とは人魚に似た存在らしい。空想上の生物だし、会ったことないから知らんけど。海ではなく、湖畔に住んでいる水の精は妖艶で、岸辺の男をたぶらかして遊んでいるんだとか。男は見かけに騙される生き物、すぐその気になってしまう。下半身にもっと気をつけないといけないのは古今東西変わっていないようだ。


 ちなみに海の水の精はお顔がよろしくないようで。やっぱり澄んでいたほうがいいんだろうね! 環境破壊、気をつけよう! 

 さて。


 その見かけに男が近づいていくと妖艶な水の精は本来の姿に戻り、男を喰らう。どっちの意味? 普通に? 性的に? どっちもだとよ。だったら死んでもいいかもしれん。

 だが、このバラード第3番では男を喰らうことはない。水の精が惚れるほどのイケメン騎士が水の精に迫ってきたからだ。やっぱり女はメンクイが好きってことだな。これも今も昔も変わらん。人の性ってやつだ。

 喰らってしまいたい葛藤に見舞われる水の精だが結婚することに決めたのだという。

 これがおおまかなストーリーだ。こんな物語が曲として表現できるショパンには尊敬しかない。



 序盤、つまり起承転結の「起」では木の葉が湖に落ち、騎士とオンディーヌが出会うとこ。リズムと特徴的な旋律で表現されている。


『オンディーヌなのか? その美しい容姿は』

『こっちへいらっしゃい。喰って差し上げますわ』


 そんな場面が展開されているのだろう。ロマン派独特の旋律でうまく表現できていると思う。美女に会ったら喰われないように気をつけようね、ブサメン諸君。俺も気をつけるから。・・・・・・思ってて悲しくなってくるよまったく。

 思っているほど序盤は長くなく、ここから入る中盤がストーリーとして成る部分が大きい。


 中盤「承」の部分は美しい和音構成が特徴的な部分だ。ちなみに俺は一番ここが好きだ。正直一番かんたんだから。

 右手の親指と人差し指で奏でる裏メロが神がかっていると思うのは俺だけだろうか。

 騎士はその類まれなる容姿を持つオンディーヌに見蕩れ近づいていく。オンディーヌのほうもその騎士がイケメンなことに気づき水の上を跳ねるように移動しているのだろう。右手が跳ぶように鍵盤をあがっていく譜面がそれを魅せてくれる。


『いたずらが過ぎる水の精を退治しろという命で来たのだが』

『ええ、それは私のことかもしれませんわ』

『そうか』


 斬るのを躊躇う騎士。それを見たオンディーヌは右手を差し出し言う。


『とりあえず一曲いかがですか?』


 その手を騎士はとり踊りだす。


 っカアァァァァァ!! 俺も恋愛してー! 誰か、だれか俺と踊ってぇ、踊ってくれぇ!! その前に誘ってくれぇ!!

 中学校の臨海学校は行けなくて女子と踊ったことも無い。まぁ俺なんかと踊ってくれる奴はいないだろうけどな。

 流れるように手が動く。弾くのは何年ぶりか分からないってのに不思議だ。ピアノもよく響く。気持ちいい。


 ここで「転」が入る。

 ここだけ唯一「えい短調たんちょう」になるのだ。

 俺もよく知らないのだが踊っている途中に別の騎士が来て何かしらするんだろう。

 だが自分の世界に入り込んでいる二人。

 それとも、もしかしたらオンディーヌのことを慕っている湖の生物たちや微精霊が祝福するように音を奏でているのかもしれない。


 で、演奏なんだが。


 ここが一番難しいんだよ!

 左手のオクターブ連打。腱鞘炎にさせたいのかよってくらい動き回る。美しいから文句はいえないのが微妙に腹立つし。

 オンディーヌと一曲踊り終えた騎士は喰われてもいいと思っていることだろう。俺だったら喰われるもんな。美女と踊るのは金がかかる。キャバクラと同じだ。

 だがオンディーヌにはその気持ちは無かった。それが次で表現されていく。


「結」。最終局面だ。


 今度は旋律、つまり右手が暴れ狂う。愛おしく、なでるように右手が鍵盤を踊っていく。要所要所に主旋律が散りばめられていて、それが響くたびに気持ちがあふれていくのだ。


『愛している』

『私も、あなたに親愛を誓うわ』


 そんな会話が交わされているに違いない。

 あ、あれ? うらやましすぎて目から血が出てきているんだが?

 所詮物語。されど物語。うらやましいものはうらやましい。ああ・・・・・・彼女欲しい。

 そして結婚。チャペルの鐘が鳴る。終了。

 四度の力強い和音を弾き締めくくるのだ。


 俺が最後のフェルマータで和音を力強く弾き終えると音楽室は余韻に包まれた。途中音抜けが激しかったがそれはまだ許容範囲だと信じたい。

 おそるおそる顔を二人のほうへ向けると二人とも目を閉じていた。そして遅れて拍手が起こる。


「オンディーヌが目の前にいました!」

「それ、私のことね」

「違いますよ?」


 さらりとかわいい宣言した月見里をさらりとかわし宇賀神が立ち上がる。


「やっぱりバラ3似合うのね。最後に涙を流すなんてよっぽど入り込んでいたと」

「いや、これはその・・・・・・。・・・・・・ん? やっぱり?」

「うん、決めたわ」


 台詞に引っかかりを覚えながら月見里のほうをみる。だがそれに気づかなかったのか月見里は俺を指差してこう言った。


「あなたの入部を許可するわ。ようこそ、音楽部へ」

「・・・・・・・・・」


 許可ってなんだっけ? そんな思いは当然のように無視され、俺の入部が決まったのだった。


 

☆★☆★


 ほんといい曲だよねこの曲。ほんと聴いてほしい。

 個人的に「クリスティアン・ツィメルマン」の演奏が一番。

 このお話は実際にあるものです。興味のある方は調べてみてはいかがでしょうか。

 バラードといいますがこの曲はスケルツォ(意味は著者近況ノート12/6投稿参照)に似ているとも言われているらしいです。

 これからもお読み下さると嬉しいです!

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