第6話 音楽室と後輩
「憂鬱だ」
扉の前で誰とも知れずそうつぶやく。手にはラインを表示したままのスマホ、足取りは超重い。
語尾のび男くんに言われたらネタとして注目されてしまう。それだけは勘弁だ。いや、絶対に嫌だ。不登校、もしくは転校しちゃう自信がある。
……なんて卑劣なことを考えるんだ! 月見里さんめ!
心の中でも「さん」をつけてしまうあたり彼女には逆らえないと本能的に分かっているらしい。
そんな自分に落胆しながら扉を開けた。ゆっくりと中を覗く。すると中からこちらを見ていた奴と目が合った。
「うおっ」
「おおっ!」
中から驚きの声が漏れ俺も思わず声を出してしまう。
体をドア前から離すと同時に覗いていたくりくりっとした亜麻色の目も遠ざかった。
突然のことでうるさく鳴っている心臓をなだめもう一度中をゆっくりと覗く。――提督! 敵の姿、視認できません!
心の中でかわいらしく叫びノリノリで隙間をのぞいていると後ろから冷めた声がかかった。
「……あなた、何してるわけ? 覗き?」
「ひぃぅ!」
提督! 後ろから敵影発見! 間に合いません! キャアアッッッ! これはもういいか。ごめんなさい。調子乗りました。
ゆっくりと振り返るとやはり仁王立ちした月見里の姿。若干こめかみが引きつっているのは気のせいだろう。
俺は中腰になっていた体を起こし何事も無かったように咳払いを一つする。
大事なのはポーズ。どっかで誰かが言ってた。
――開き直ってどうどうとすれば大抵のことは乗り切れるって……!
「何しているって、何が?」
「……あなた、それで誤魔化せると思っているなんてたいした根性ね。見直したわ」
そんなことで見直されると思っていなかったよ。人生何が起こるかわからないものだな。
超冷めた目で見上げてくる月見里を見てふと「俺より小さいんだな」と思ってしまった。普段教室で見ているときは存在感が大きいのも影響しているのかもしれない。
ジッと見つめすぎたのか月見里は嫌そうに咳払いをすると親指で音楽室のドアを指した。目で、入らないの? と言っている。
俺は聞こえるようにため息をつきながらドアを開けると――
「有希せんぱーい! お帰りなさい! あのですねさっき変人が――って、キャアアアアアア!」
いきなりのお出迎えだった。変人って誰のことかな~。わからないな~。教えて欲しいなぁ~。
「一目で変人って見分けられるなんてすごいわね。彼女、偏見は持たないはずなんだけど」
「……ほっとけ」
その偏見を持たないという少女とはいうと、音楽室に取り付けられている大きな円柱の影に隠れるようにして俺のことを指差していた。
亜麻色の目と同じ色の髪を持っていて、ふんわりと軽くウェーブしたショートボブは彼女がぴょんぴょん跳ねるたびに小刻みにゆれている。そしてぴょんぴょん跳ねるたびに変人変人という単語がきこえてくる。
変人へんじんって言うのやめてくれませんかね。かわいく言っていてもそれ暴言だからね?
「有希せんぱい! そのボサッてした髪をしている陰キャみたいな人が昨日言っていた新入部員ですか? 正気ですか? 病院行きますか?」
「あんたねぇ、確かに臥龍岡のことは陰キャでも変態でもう○こでも好きに言っていいって言っけど、私のことは許してないわ!」
「キャー!」
俺も許した覚えねぇよ。それにいい年頃の女がう○ことか言うんじゃねぇ。教室で言えんのか、それ。
急に騒がしくなった音楽室と二人に呆れ、響くように設計された高い天井に視線を向けた俺だった。
♪♪♪
「さっきは失礼しました。本当にすいません」
「いや、別にそんなに気にすることじゃないよ。うんほんと」
「有希せんぱいもすいません。私知らなくって」
「知らないって何が? 私何かあなたに言ったっけ?」
そう言った亜麻色の女の子は人差し指を可愛らしくツンツンしながら顔を背ける。月見里はそんな彼女に向かってはやくはやくとわき腹をつついていた。
こういうのできるのって同姓か女子から男子だけだよな。男子からも出来るように誰か意識改革してくれると俺、うれしい。
むしろ俺が意識改革の先導者になるか! と馬鹿なことを考えていると亜麻色の彼女はもじもじして言った。
「有希せんぱいの思い人がこの人だって分かっていたら、私そんな失礼なことしなかったのに! って話です!」
「
「恋バナですか! 恋バナですね!」
「ちっがうわよ!!」
パッと表情を明るくして楽しそうに「恋バナ恋バナ~」と歌い始める亜麻色の彼女は俺の視線に気づくとわざとらしく咳をした。
「おっと変人さん。お名前はなんですか?」
「俺、一応先輩なんだけど」
「はい、知っています。だから敬語です」
「一周まわってより失礼だな。こいつ」
俺は丸椅子を体重で後ろに傾けながらため息をつく。ついでに言うとさっきから月見里がひとりで「そんなんじゃない!」って連呼している。……独り言ってこんなに怖いんだ。気をつけないといけない。
「俺の名前は臥龍岡魁人だ。まぁ、今日だけになると思いたいけどよろしく」
「思いたいって、有希せんぱいのこと怖いんですね」
「ああ、怖い。教室の笑みが不気味に思う今日この頃だ」
「あ~、わかりますそれ。たまに先輩の教室に行くと鳥肌がブワァッってなりますもん。ほら! 思い出しただけでこんなに!」
「調子に乗るな!」
「アデッ」
月見里の拳骨がクリーンヒットし頭を抱えながら彼女も自己紹介してくる。
「あ、私の名前は
「お、おう。よろしくな」
拳骨すごい音していたけど大丈夫なのだろうか。宇賀神って強そうな苗字だから丈夫とかそんなのもあるのかもしれない。
ビシッと敬礼して笑ってくる宇賀神は小柄な容姿も相まってとても可愛らしかった。後輩ってこういうものなんだな。小動物みたいで癒される。
敬礼していた手を下ろすと宇賀神は月見里のほうへ顔を向け首をかしげる。
「この人はなんで連れてきたんですか? せんぱいの彼氏さんじゃないんですよね。ハッ、これからそういう予定だから連れてき――あ、ああ! 暴力! 暴力反対ですよ私!」
「こいつは音楽部に入りたいって言ってきたの! 私からは一言も誘っていないわ!」
「いや、お前の記憶大丈夫か? 海馬、機能していないんじゃ・・・・・・。オススメの医者紹介するぞ」
「うっさい!」
り、理不尽だ。
月見里は落ち着くためか息をつくとスマホをいじり始める。そして画面を宇賀神に見せた。宇賀神のほうは興味深そうにスマホを覗き込んでいる。俺のYouTube動画を見ていると分かった。
三分ほどすると宇賀神は俺とスマホを交互に見、突然笑い出す。
「えっ! ちょっと本当ですか? この着ぐるみがこの冴えない陰キャ?」
「なんだよ冴えない陰キャって。陰キャよりもカースト低いのかよ・・・・・・」
「そう思うわよね」
「あ、でもあるかもしれませんね。陰キャだからこそこうやって着ぐるみを」
「話、聞いて。俺の話聞いて、ね?」
「とにかくこいつはこれだから拾ってきたの」
拾ってきたって・・・・・・。もちょっと言い方ってものが、そのあると思うんだけどな。
宇賀神はふーんとつぶやくと立ち上がりピアノのほうへ向かっていく。すると一段高くなっているステージにおいてあるグランドピアノの屋根をあけ始めた。よっと言って突上棒を穴に差し込みふぅっと言っている姿、かわええ。
そして椅子をご丁寧に引き、声をかけてくる。
「それじゃあ、本当に実力があるのか聞かせてください」
「は?」
「だーかーらー!」
宇賀神はピアノにどうぞと手を向けながらにっこりと微笑んだ。
「ピアノ。弾いてください。な、が、お、か先輩?」
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