28話 或る賢者の回想
その時点で僕はもう、これはという期待が胸にあったんだけどね。
「さぞ名のある彫金師の作でしょうね」
そう切り出すと、仕事の合間に東京のアンティークショップで見つけたことを。さらに、店主に作者を訪ねたら地元の彫金師の作だということ。縁があって置いてるもので素性は話せないし数も多く作れないことまで、僕が聞いた以上に話してくれた。
それを聞いた時にはもう、飛び上がりたいくらいだった。間違いないっていう確信になったのもそうだけど、遠く日本にも錬金術が伝わっていたことの感動もあったからね。
イヤリングの写真を撮って、店の住所と名前を聞いて……だけども、実際にゴウの元を訪ねるまでには少しかかってしまった。その後すぐに僕は世間から姿を消して、まず大口の、ヨーロッパの錬金術師達を口説きに行かなければならなかったからね。
エレベーターとアカデミー、両方に目処が着いたころ、僕はようやく東京の土を踏めた。あれは、夏だった。とんでもなく暑くてジメジメしてたから、良く憶えてる。
調べればゴウの情報も出てきたかもしれないけど、直接会いに行っても不審がられるだろうからね。まず渡りをつけなきゃあならなかった。
小さな店でね……それこそ片っ端から、血眼になってアンティークを探さなきゃ目にも留めない。
前の道路はそんなに古くない黒々したアスファルトなんだけど、その店は真っ黒い柱と、日に焼けて黄色がかった漆喰の、何時からあるんだろうって『骨董』店だった。
――不思議な町だった。いや、不思議な国だと思ったのかな。ピカピカな物と古い時代の物が一緒になってるのに、何の違和感もない……ああ、話が逸れたね。
正面の、大きなガラスのはまった木枠の引き戸をガタガタさせて入ると、エアコンなんてかかってなくて……羽の、扇風機か。あれで暑さを凌いでたんだ。
外の強い日差しに比べて照明はひどく貧弱で、並んでる商品は皆シルエットだった。
そのうち、音がしたからか、奥からドタドタ聞こえて意外と若い……まあでも中年だったか、店主が出てきた。僕の顔を見るなり、面食らったみたいだった。けど、すぐに英語で用を聞かれたから、僕もちょっと面食らったね。
ん? ああ、日本人はね。昔は英語を流暢に話せる人があんまり多くなかったから。そのイメージだったんだ。
まあ、怪しい奴だよ、僕は。だからいきなり切り出したんだ、この写真のイヤリングはこちらで扱っていた商品ですよね、と。するとますます店主はこっちを怪しみだした。いいえ知りませんよなんてシラを切るから、これはと思ったね。
失礼、こういう者です、ってパーソナルデータを表示したら……どちら様ですか?
僕も焦ってこのパソフォン作ってる会社の社長ですって名乗って、ネットで顔写真とか引っ張って来てようやく分かってもらえてね……。
仕事の依頼じゃないと断った上で、老人であることを最大限に利用した。
店主はずいぶん迷っていたようだけども、最終的に折れてくれてね。
「……分かりました。とりあえず、連絡してみます」
店主はパソフォンを取り出そうとしたみたいだけど、ピタリと動きを止めた。ついっと本来店番をする所へ引っ込んで……あー、黒電話って言って分かるかなあ。ん、そうそう、穴の開いた円盤をまわしてね。
まあそんなものが現役で使われてることにびっくりして……うん、そう、名前が表示されないからね、おまけに他人に番号を覚えられづらい。
店主が受話器を耳に当てているのを眺めていたら、品揃えに興味が出てきてね。何も買わずに出ていくわけにもいかないし……。
目が慣れてから見た店内は、それはもう雑多でね。
狭いなりに種別分けはされていたけど、刀剣がいく振りかケースに飾られているかと思えば、ストラップも外れてないようなプッシュキー式のセルフォンが、がさっと籠売りされていたり……。
ふっと小声で話しているのが聞こえてきて、そちらに目をやった。
それまでどうして気づかなかったのか……店主のすぐ横、入って正面の奥まったところに、小さいけれどしっかりしたガラスケースがあって……真っ赤な下布に金のネックレスが、貴婦人のように横たわっていた。
自然と急ぎ足になってそれをのぞき込むと、チェーンの真ん中に小指の先くらいの、先端が尖った袋がついている。ランプのようだったけど、よく見ると表面に細かな隙間が幾本も通っていて、実際に中は空洞になっていた。
さらに目を凝らすと中に珠が入っている。そこでようやく鬼灯の実をモチーフにして造られたものだと気づいたんだ。それもまた恐ろしく精緻で、葉脈の一本まで彫り込まれているような逸品だった。
……今でも鮮明に憶えてるよ。改めて、やっぱりと思った。
電話口の旗色は良くないようだった。ちょっと強引だけど、店主から受話器を譲ってもらうと、明らかに不機嫌な男の声が返ってきた。そこで僕は自己紹介もそこそこに、
「あなたの作に『アルケミー』があると思うのですがそれについてぜひお話したいのです」
受話器の向こうで、息を呑む音がした。
沈黙の後、店主に代わってくれと言われた。受話器を返すと目を剥いて驚いてたなぁ。
電話口で何度か頷くと店主は受話器を置いて、僕に車を出すと申し出てくれた。店もあるし、断ろうと思ったけどその人は頑として譲らなかった。
道すがら店主は自身とゴウと関係について語ってくれてね。
「親の代からの付き合いで、銃さんは出来に見合わない安値であれを卸してくれてるんです。使ってる金の量なんてたかが知れてるからって。
オレが大学出れたのも、両親の入院代出せたのも、あの人がいたからなんです。だからあの人との約束は破れない。足向けて寝れないんです」
やがて車は山道に入って行った。長さはさほどでもないけど……これが、きつい曲がりくねった道で落っこちやしないかと冷や冷やしたよ……本当に、ね……。
やがて、急に開けた場所に出て……そこがゴウの家だった。
山間にある家屋のイメージだったから木造建築をイメージしてたけど、現代的な作りの家でね。だけど、その隣には不釣り合いな古めかしい土蔵が建っていた。その屋根にね……何があったと思う?
煙突だよ。そう、煙突があるってことはきっと炉があるってことだ!
そこで僕は日本の錬金術師と――
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