13話・後編 前も後も、人は

「材質は、鉄と……」

 スッとミコトの口から鉄という言葉が出て、耳を疑った。

 

 純鉄みたいにシンプルな構造でも〝視る〟のには脳にそれなりの負荷がかかる。しかもあまり集中した感じも無く、事もなげに材質を言い当てたことに、わたしは信じられない想いだった。


 だからその後に、

「これは……これは、知らないものだ」

 中のほとんど炭素でできた『アレ』をそんな風に言ったことに、違和感を覚えた。


 眉をハの字にしたミコトは摘まんでいたそれを掌に載せて、そっとわたしに差し出す。そしてまた微笑を浮かべて、

「ありがとう」

「もう、いいの?」


 なんとなくそわそわしているミコトに、わたしも早くペンダントを返してあげた方がいいと思った。片手で髪にゴムを通して、ペンダントを観察する。


 金の細工物と比べるのもおかしいけど、なんの変哲もないペンダントだった。丸っこいフォルムで、銀色のフレームには細かな傷が無数に入っている。長い間身につけられていたものなのが見て取れた。この形状は、

「開けてもいい?」


 ミコトは頷く。……やっぱり、ロケットペンダント。新しい傷をつけないよう、慎重に蓋を開ける。蓋は軽かった。何度も開け閉めしたんだろう。


「……綺麗な、女の人」

 中には果たして、微笑む女の人の写真が貼りつけられていた。歳は、妙齢に差しかかるかどうかだろうか。それを認めた時、察しがついてしまった。


「死んだお母さんなんだって」

「――――「お待たせしました。アイスココアと、こちらジンジャーエールですね」

 注文がこれで全部であることを確認して、店員は営業スマイルで伝票を置いていった。


「あ、あの……ごめん。返すね」

「うん、気にしないで。……おじいちゃんが、持って行けって言ってくれたんだ」

「そうなんだ……なんか、ごめんね。大切なものなのに」

「いいよ、気にしないで」

「……うん……綺麗な人ね」

「うん、ありがとう」


 やっちゃった……しくじってばっかりだ。ミコトがこう言ってくれるから、救われてるけど。

 

しばらく、静かな時間が流れた。ミコトは最初の一口でココアを半分飲んでしまって、残りをちびちび味わっている。途中で軽食を注文しに席を立つと、生意気にも「おごるよ」とか言ってきたけど、断った。わたしじゃなくて、自分のことを考えなさい、あんたは。

 

ほどなくして、ホットドッグが運ばれてきた。かなり大振りで、アメリカンなサイズだ。わたしが頼んだジンジャーエールも氷がたっぷりだったとはいえ、グラスも大きいからなかなか減らない。日本人サイズじゃ通用しないのが、空港らしい。


 もしゃもしゃとミコトがホットドッグをほおばる。考えてみると、もしかしたら家を出て初めての食事なのかもしれない。本当においしそうに食べている。

 

 ミコトを見ているのは、飽きない。恋かなとか逡巡したけど、ときめいてはいないから。うん、こんなに冷静だし。これが恋なら、錬金術が初恋相手だ。

 

 見ようによっては、わたし達はカップルにでも見えるのかなと、ふっと気になって周りに視線を向けた。……別に珍しくもない、か。このぐらいの歳の二人連れって意味では珍しいだろうけど。


「歯を磨いてくるね」

 ……まめじゃない。

 行ってらっしゃい、と送り出す。周りの席の会話は、一人でいるには良いBGMだ。


 ああやっぱり、一人はいい。気が楽だ。ストローで氷をくるくる回す。


 ……やっちゃったなぁ。また後悔が押し寄せてきて、背もたれに体を預けた。一人になったらなったで、後悔する余裕が頭にできる。


「レオンさん、遅いな」

 わたしだけで場を持たせられる気がしない。クラスの男子みたいに賑やかな人もやっぱり必要なんだなと、今になって学習した。ミコトが戻ってきた時のことを考えて、会話のシミュレーションを頭の中でする。話題も練っておく。……結局休まらない。


 しばらく悶々としていたけど、ミコトの帰りが妙に遅いことに気づいた。探しに行こうかどうしようか考え始めて、いやいやそんな必要もないでしょとも思うんだけど、事情が事情だからなんだか心配で……席を、立つ。と、


――ああ、そこにいたんだ。

 

 またあの場所に立って、ミコトは遠くを眺めていた。飽きもせず、いつまでも新しく、あの景色を眺めていられるんだろう。


 分かった。

 ミコトが見ている景色はわたしに見えないけど、あの景色を見ている気持ちは解った。

 席に戻る。伸びをして、背もたれに体を預けた。


――もし、世界に錬金術が無かったら……。錬金術が無かったころの世界が今も続いていたら……そう思うことがある。

 

 だから、その頃の話をお父さんに聞いたのだ。〝柱〟から何が変わってしまったのかを。

『何かが変わった』とお父さんは言った。『何か』って何? って聞いたら『それは解らない』。

 

 何それ、って思ったけど、

『お父さんさ、磨理が生まれる前から今まで、ずっと同じ仕事続けてるんだよ』


 人々の常識は、柱以来変わってしまった。

 スプーン曲げが流行って、錬金術が足し算されて……。

 

 でも、それだけなんだ。

 世界は変わっても、人は変わってない。

 

 錬金術が在っても無くても、悩んだり喜んだりするのは変わらないんだ、きっと。


「ほんと、嬉しそうにしちゃって……」


――ゆったりと時間が過ぎていく中で、わたしは久しぶりに安らいでいた。

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