帝国剣聖ノ会、序列八位、共鳴の剣聖レオパール


 

 騎士が突然入って来たかと思ったら、なにやら自分は剣聖であるとほざいている。

 その訳のわからない状況に、アガサは困惑していた。

 無視して寝ようかな。そんなことさえ考えた。

 だが、名乗りを聞いた瞬間に気が変わっていた。

 

「帝国剣聖ノ会のレオパールか」

「そのとおりだ、剣鬼アガサ」

「剣鬼ってなんだ?」

「お前は帝国の敵とみなされたのだよ。すべての剣聖がお前を殺そうとやっけになっている」

「そう。それは恐いことだな」


 アガサは思ってもみなかった。

 まさか、剣聖が向こうから来てくれるとは。


 帝国剣術のマスターたちをことごとく滅ぼせば剣聖流のいい宣伝になる。

 才能あるやつは引き抜いて流派を乗り換えさせてもいい。

 あのイレイナとかいう剣聖と同じように。

 

 アガサは自分の策に満足げにうなづいた。


「では、表へ出たまへ。正式に決闘をしようじゃないか」

「構わない。やろうか」


 ゲニライラの中央の広場へやってきた。

 売春と薬物取引、誘拐に殺人、なんでも起こる危険な広場だ。


 アガサはレオパールの部下から剣を貸してもらった。

 チラッと検分する。刃こぼれしてるではないか。

 剣聖の部下ってみんな準備いいのな。

 アガサはちいさなため息をついた。


「顔色が悪そうだが、なにかあったのかね」

「持病だ」

「ふはははは! 手加減してほしいとでも言いたげだな!」

「? 全然。普通にやってくれていい。あんたのすべてを俺に見せてくれ。有望だったら買ってやる」

「なにをほざいている。試すのは私であって貴様ではないのだよ、アガサ・アルヴェストン」

「残念だが、いま俺が感じてる人間圧の質からして、あんたには負ける気がしない」


 レオパールは先ほどから、チクチクと圧の攻撃をしていた。


 本来なら恐怖にすくみあがるべき剣聖の威圧だ。

 ただ、アガサは恐怖をまったく感じなかった。

 むしろ「この感じは……なんというか、雑魚臭がする」とさえ思っていた。


「私を怒らせたな……アガサ。お前たちよく見ておけ。正々堂々たる決闘でもって、私が剣鬼を討つさまをな!」


 レオパールの足元、石畳みがはじけ飛ぶ。

 驚異的な脚力による踏切だ。その大きな姿がかき消える。

 あわせてアガサは剣をスッともちあげた。

 ゆったりしたどうさで最小限の動きだった。

 ギィンッ! と火花が散って

 アガサはまだ剣を振ってすらいない。


「「「「「は?」」」」」

 

 野次馬をしていたゲニライラの小悪党やら、レオパールの騎士たちが一斉にまぬけな面をさらした。


「元気だな」


 アガサはそれだけ言って、剣の状態を確かめる。

 欠けた様子はない。

 元からひどい状態なので、これ以上ひどくなり様がないのもあるが。


「うが、ぁ」


 レオパールのうめき声。

 突っ込んでいった建物の屋根から転がり落ちてくる。


「な、なんだ、今のは……ぅぐ……」


 レオパールが埃を払って立ちあがる。

 広場へ戻ってくる。


「私は確実に斬ったはずだ、なのになんで私のほうが吹っ飛ばされる!!?」

「なんでだろうな」

「さてはどこぞの過疎流派の奥義だな? ははは、なるほど、帝国剣術にない業だとおもっていた。そういうことか」


 奥義では無かった。

 ただの受け流しである。

 剣が水平に斬り込まれるのに対して、限りなく鈍角で刃をあわせる。

 刃を剣に乗せたら、あとは適度に力を逃がす。

 こうすると剣が痛まない。

 アガサがやったのは、元気いっぱいに突っ込んできたレオパールの速力を、そのま明後日の方向へ逃がしただけだ。


「ただ斬り込んでもダメだというのか。やるな、剣鬼。私はお前の評価を改めてやろう! ほかの剣聖では手も足もでまい!」

「俺の評価はひとつ下がってるけどな。頑張れよ。あと2点失点でこの面接はおしまいだ」


 レオパールはのどを鳴らす。

 額を汗がつたっていく。

 本能は警鐘をガンガンに鳴らしていた。


「舐めるなッ!!」


 上下左右、縦横無尽の剣。

 先ほどの学習で勢いよくはつっこんで行かない。

 が、レオパールの剣とアガサの剣がまじわるたびに、共鳴の剣聖の体幹はくずれて、前のめりになっている。

 斬り込んでも斬り込んでも、99.9%の力を逃がされてしまうせいで、ほとんど空振りしているのと変わらない状況なのだ。


 アガサはレオパールの目にだんだんと恐怖が浮かんでいくを見守りながら、まったく同じ要領で受け流しつづけた。

 

「まさかこれで終わりなのか?」

「隙ありッ!!!」


 アガサが逆の意味で焦燥感を感じはじめた瞬間。

 レオパールの剣気圧が一気に膨れあがった。

 共鳴の剣聖。その異名はオーラの性質の超振動にあった。

 体を覆うオーラが微細に高速振動し、その高周波は剣にも伝わる。


 共鳴の剣聖の戦場では、絶えず悪魔の悲鳴のような、おぞましい音が響いていると言われている。


「私の剣はすべてを斬り裂くッ!」


 その斬撃は防御不可能。

 まじえた刃をバターのように斬り裂く。

 正しく無双の一振りである。


 ──帝国剣術奥義・神動斬

 

 キィィィィィィィィィ!


 ゲニライラに悪魔の悲鳴が響きわたった。

 剣の波動ですぐ近くの建物がまっぷたつに斬れ崩れる。

 轟音と振動がやまぬ広場で、アガサは手刀で神動剣を受け止めていた。


「……ば、ば、ば、かなっ!!?」

「あんたの剣は斬れ味悪いな」


 アガサはそのまま手刀で剣を押し返した。

 レオパールは腰をぬかし奥歯を鳴らして尻餅をつく。

 

「な、なぜ、なぜだ、ありえない。不可能だ……! そんな、素手で受け止めるなんて!! 剣気圧すら使っていないのに!!」

「リンゴは木から落ちるだろ」

「…………な、なんの、、話だ」

「それと一緒だ」


 上から下へ物が落ちる。

 世界が決めた物理法則。

 アガサは剣である。

 世界が納得してしまえばそれはもう新しい法則だ。


 究極の剣とは、斬ることはあっても斬られることはない。


「ばかな!! そんな話で納得できるか!!」

「納得する必要はない」

「どうやって、それほどのチカラを! 教えろ、どうすれば、それほど強くなれる!」

「剣聖流剣術というものがあってな──」


 アガサは帝国剣術の不純な剣を説き、自分が剣のすべてを知っていると告げた。

 

「私は、私は、最強のはずなのに……」

「実力主義者なんだろう。なら、俺が弱いやつを足蹴にするのも許してくれよ」

「そんなことは、許されない……」

「都合のいい主義主張だな。自分が弱い奴になったら手のひらを返すのか」


 レオパールは涙を飲みながら、地面に額をこすりつけるように下げた。


「わ、わかった……私も、私も、その境地にたどり着きたい……」

「帝国剣術を捨てるのか。皇帝への崇拝を放棄するのか」

「あ、ああ、捨てる」

「そうか。残念だよ」

「え? で、でも、アガサ、いえ、アガサ様は優秀な才能を探してるんじゃ……私があなたの一番弟子になろうと──」

「面接は終わりだ。死んでいいぞ」


 アガサはレオパールの腹を突き刺し、串刺しにしたまま持ちあげていく。


「な、なぜ……ッ」

「俺も弱者から搾取しようと思ってな」

「っ、な、ん、だと」

「ん? ダメか?」


 宙へ放りなげ、首を刎ねる。

 頭部と胴体が血の雨とともに降ってくる。

 そこへ黒い大きな傘がにゅっと出てくる。

 おかげで血塗れにならずにすんだ。


「おっほほ~、容赦がないですねぇ~」

「公衆の面前に出てきていいのか?」


 悪魔は白い歯を見せて笑う。

 

「わたくしの姿はあなたにしか見えておりませぇん」

「そうか」

「しかし、あなたの弟子になろうとしていたのに殺してしまうとは」

「治癒チケットとやつの価値を天秤にかけた結果だ。それにこいつは成長しない。剣士としてひとつの完成を迎えている。俺には不完全にしか見えないが」

「なぁるほど~。でも、そんな合理的な判断には見えませんでしたがねぇ〜」

「まあ、あとあるとすれば、普通に好きじゃないからかもな

「気に入らないからぶっ殺したと〜? 鬼ですねぇ〜!」


 言いながら悪魔は紙きれをアガサに渡す。

 アガサはこれでようやく体調が良くなると思った。


「これが治癒チケットですよぉ~」

「……5枚集めたら一回無料?」

「剣聖アガサ殿に直接商品を渡しては契約になりますからねぇ~」

「これは冗談か」

「いいえ~」

「そうか」


 アガサは悪魔の首根っこを掴み、壁に叩きつけた。

 殺気はない。

 ただ死をありありと感じる恐ろしい圧だけがその場を支配していく。

 その圧倒的な覇気をまえに、広場の全員がいっせいに膝から崩れ落ちた。

 

「う、グ、ぅ!」

「殺されたいのか」

「け、剣気圧は、使えない、はず、ですがぁ~? 今のあなたでは、悪魔を、ころせ、ません……」


 真実の一太刀が悪魔の四肢を斬り飛ばした。


「なにか言ったか?」

「……………………ぃぇ、なにも」


 悪魔の顔から微笑みが消えた。

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