実力主義者
早朝、ゲニライラの町を馬車が行く。
そこらの行商人の馬車ではない。
デカくて騎士団の徽章が施された高貴なる馬車だ。
それが6台隊列を組んで町へ入っていく。
ある建物のまえで馬車が止まった。
屋根の高い館であった。
馬車からおりてきたのは体躯の大きな騎士だ。
甲冑を着こんでいるが、筋肉の厚みが目に見える。
「ここで待て。すぐに戻る」
部下たちにそう命令して騎士は館に足へ向かう。
両開きの扉の前には、番人たちがいた。
厳めしい顔をしており、騎士を歓迎していないのがわかる。
「なんだい、ご立派な騎士の旦那。こんなしけた町になにか用がありますんかい」
「プラカトレアに話がある。さっさとボスをだせ」
「あいにくとボスは留守ですわ」
騎士の男と体格で劣らない屈強な番人は、冷ややかに笑みをうかべ、あたりの部下たちを見やる。
「お前たち、この騎士さんにゲニライラの流儀ってやつを教えてやろうぜ」
番人と野蛮な男たちが剣をぬく。
「怪我するまえにその剣をしまいたまへ雑種」
「いつまでデカい態度とってんじゃあ!」
「「「「やっちまえええ!」」」」
斬りかかる番人。
騎士は手先でつまんで速刃を止めた。
時間が制止する。その場の全員が息をのんだ。
「忠告はしたぞ」
騎士はつまんだ剣を奪い取ると、番人を一振りのもとに斬りすてた。
首、右肩、右腕といった右上半身が、ぼとっと落ちる。
異常なほど綺麗な断面から、血がドバドバと流れ出てくる。
「ば、ばかな?!」
「なんだよ、あの曲芸は……ッ!」
「な、なにもんだ、あいつ?!」
騎士は奪った剣をゆるく片手で持つ。
「無礼者ども。私こそが帝国最強の剣聖、レオパールであるぞ!」
その名乗りを聞いた瞬間、取り囲んでいたマフィアの下っ端たちの顔が青ざめていった。
「きょ、共鳴の剣聖……!!」
「最強のひとりって言う、あの剣聖レオパールだと……!」
「なんで剣聖なんかがこんな町にいるんだよ!」
「勝てるわけねえ……」
脱兎のごとく逃げ出すマフィアたち。
騎士──レオパールは楽しげに一振りした。
途端、逃走者たちの胴体が真っ二つにわかれて鮮血の雨となって噴出した。
「はは。弱い者を惨殺するのは楽しいな!」
レオパールは笑いながら剣をほうり捨て、血が降ってくる前に館の扉を蹴り開けた。
「だ、だれだてめえ!?」
「レオパールだ。死にたくないなら道を開けたまへ! 雑種諸君!」
プラカトレアの構成員たちは顔を見合わせる。
「レオパール」の一声を聞いて、皆が「あの剣聖レオパール……!?」と畏怖畏敬の念をいだき、つい通路の奥へと道を空けてしまう。
構成員たちが40人ほどひしめくように棒立ちして、馬鹿の一つ覚えのように、みなが驚愕を顔に張りつけていた。
「なんで、剣聖なんかがうちのファミリーに……」
「それをお前たちが知る必要はない」
レオパールは背中越しにおざなりに答える。
「な、なんだと、てめえ! 俺たちゃプラカトレアはゲニライラの有力マフィアだぞコラ!」
「お、おい、やめろ、相手は剣聖だぞ?!」
「知るかよ、なんなんすか、そろいもそろって敵を前にビビり散らして! 相手はたったひとりなのに!」
レオパールはチラッと視線を動かす。
人間圧が放たれた。彼に喰ってかかった若者が、白目をむいて膝から崩れ落ちる。そのまま泡をふいて痙攣しだし、やがて動かなくなった。
「ひ、ひいいい?!」
「人間圧だ……ッ、睨まれたら殺されるぅう……!」
「うわあああ!?」
「もう少しで、無害判定を受けれたのに。残念だったな雑種諸君。君たちは連帯責任だよ」
レオパールは通路の奥にたどりつくなり、くるっと振りかえって、人間圧を全開放した。
通路に立っていたマフィア全員が口から血を吐いて、床に崩れていく。
レオパールに近いものから順番に気絶していく様は壮観ですらあった。
「はっはははは! ああ、私も人間圧だけで人を大量に殺してみたいものだな!」
レオパールの人間圧は剣聖でも3本の指に入る強さだ。
それでも人を殺すとなると、特定の個人を集中して睨みつける必要があった。
そんなことするなら斬ったほうがはやい。
「さて、ここか。──邪魔するぞ、プラカトレアのボス」
両開き扉を蹴り破るレオパール。
部屋のなかには3人。
真ん中に白い髪をした少女。
目を見開いて驚いている。
その両脇には屈強な男たち。
「だれだお前は!!」
「外が騒がしいと思ったら侵入者だったか!」
ボスの護衛2人が剣をぬいて斬りかかっていく。
レオパールは片方を素手で掴みとり、片方を足蹴にし、たやすく不意打ちを回避してしまった。
そのまま、奪った剣で2人とも斬り殺す。
「なんてことを……なにが目的ですかっ! 剣聖っ!」
「よく聞けよ、健全な社会を食いものにするゴミ。現在、騎士団はある人物を追っているのだよ。名はアガサ・アルヴェストン。隣の都市ガライラの騎士学校で400人以上の右腕を斬り落とした狂剣士だ。君が善良なる帝国民であるなら、捜索に協力してくれたまへよ」
「こ、これが人にものを頼む態度ですか……っ」
「イキがるな、このクソメスの雑種がああ!」
レオパールはプラカトレアの白い髪を掴み机に叩きつける。
数回繰り返すと、今度は無理やり立たせて腹部に膝蹴りをいれた。
少女は悶絶して泣きながらひざまずいた。
「弱者から搾取することしかできないクズめ。お前が弱い者から搾取するのなら、私だって弱いクソマフィアから好きなように搾取してもいい道理だ。そうだろう?」
「げほっ! がほっ! も、もち、もちろん、でしゅ……がほ!」
「よし、いい子だ。それじゃあ、アガサを見つけたら私に教えろ。10日は滞在する。我が隊は34騎体制で運営している。人数分の部屋を用意しろ。いいな?」
プラカトレアは涙を流しながら何度もうなづいた。
「はははは。まあ、恨むなよ。怪物の脅威からなら私たち選ばれし人間が矢面に立って守ってやる。だから、お前も自分を矮小な存在と自覚して、日々、私たちに感謝して生きていれば悪い事にはならないんだ」
「げほ、げほ……レオ、パール様」
「ん? どうした、なにか言いたいことでもあるのか?」
嗜虐的な笑みをうかべるレオパール。
プラカトレアの細い顎を指でもちあげる。
「アガサ、なら、います……」
「ほう! やはり、この町にいたか! ははははは! 私が一番乗りのようだな! はははっ!」
レオパールはプラカトレアを突き飛ばすと部屋の中央でぐるぐるまわって、まるで歓声をあびる音楽家のように天を仰いだ。
「雷神の生娘を倒したくらいで調子に乗ってもらってはこまるぞ、剣鬼アガサ。で、どこにいる? いますぐに案内しろ」
レオパールの言葉に、プラカトレアは首をぶんぶん縦に振った。
──しばらく後
「やあ、お前が剣鬼アガサだな!」
「だったらどうした」
顔色悪くベッドで寝込むアガサは、実に不機嫌そうに問いかえす。
なにせ扉を蹴り破って、ずかずか入って来たのだ。
キレないほうがおかしい状況だ。
「いざ、尋常に立ち会いたまへ!」
「嫌だ。普通に寝てたい。あんたが思うよりこっちは病人だ」
「我が名はレオパール! 共鳴の剣聖とうたわれる最強の剣士なり! ここで戦わないというなら、一方的に斬り伏せるのみだ!」
「レオパール?」
アガサはむくりと起き上がる。
カモがネギをしょって鍋を被って来やがった。
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