第7話 突撃
五月が終わって結構経った。
なんならあと少しで六月まで終わってしまいそうだ。
時間が経つのは速い。わたしの残りの人生何年あるかはわからないけど、大事にしていきたいものだ。
そういやそうそう。
今日から遂に梅雨入りになるみたいだ。
今日が終われば土日。外に出るのは今日だけで済むといいな。
いつもと特に変わらない一日になるかな――なんて思っていたんだけど、どうやらそうじゃないらしい。
バスから降りた時に気づいた。
かえでがいない。
つまり今日学校お休み?
こんなことは初めてだ。
心配だ。でも連絡先とか持ってないし……。
しれっと聞いておけばよかった。
……決してわたしがコミュ障なわけではない。
今までも何回か聞こうかなって思ってはいたんだけど、何故か抵抗感があって一歩踏み出せなかった。
もし断られたら――なんて考えが頭を黒く染めあげてしまうから。
コミュ障ではない。もっと別の、何か違う問題だ。
今日の学校は退屈だった。
午後もこの調子なのかな、と少し……いやだいぶ憂鬱だ。
そもそもわたしは学校では、必要じゃない限り他人とあまり会話しない。かえでは特別だけど。
一人でお弁当を食べるのは何時ぶりかな、なんて思う。
かえで大丈夫かな。
わたしに話しかけてくる物好きなんていない、なんて思いながら一人でお弁当を食べていたんだけど、そうじゃないらしい。
「えーっと、伊藤? さん。今いいかな?」
名前も知らない同級生が話しかけてきた。
えーっと、誰だっけ。
ああ、GW前までかえでに付きまとってた奴。
奴ってなんか毒強いな。
あだ名をつけるとしたらギャルもどきだろうか。
長ったらしくて覚えづらそうだから”もどき”で。
「……なに?」
学校に着いてから一度も言葉を発していなかったせいか、口からとび出た言葉は思いの外硬く乾燥していた。
愛想良く答えるのは難しい。とてもわたしにはできない。
こういうのをそつ無くこなすかえでが羨ましいけど、真似をしようとは思わない。
めんどくさいから。
それにわたしはかえでじゃない。
だからかえでが気になる。
「かえでさん今日どうしたの? 休み?」
「らしいね」
適当に答える。
「もし良かったらなんだけど、かえでさんの連絡先教えてくれない?」
「心配でさ」
言い訳するみたいに取ってつけたような心配を口にしながらはははって笑っている。
ダメだ。なにか苦手意識――というか、嫌悪感があるとマイナスなイメージしか湧いてこない。
これは良くない。フラットに物事を見なくては。
さてどうしたものか……、困った。わたしだって持ってない。
まあ持っていたとしても教えてあげないけど。
というかなんでわたし?
とりあえず適当に理由をつけて誤魔化すしかない。
「本人の許可無く教えられない……」
「あっ、そ、そうだよね。ごめんね、無茶言って」
「ううん。ていうか、なんでわたし?」
思わず聞いてしまった。
「嫌味言ってる?」
顔を顰めて言われた。
「え?」
「冗談。かえでさんに気に入られてるみたいだったから」
「気に入られてる……」
顔が熱くなるのを感じる。それが露見しないよう真下を向いて誤魔化す。
かえでのこととなるといっつもこんな調子だ。
単純な自分に嫌気がさす。
「すごいね、どうやったの? あの白雪姫に取り入るなんて」
「白雪姫·····そういやそんなあだ名……あったっけ」
「彼女寝ることにしか関心ないと思ってたんだけどな。私、最初仲良くなろうとしてついてったんだよ? それなのに私達のこと気にせず寝てるの。まるで眼中にないみたいに。結構冷たいよね」
「気持ちはわからなくはないけど、なんやかんや、かえでは優しいよ」
「……そう? まあいいや。話聞いてくれてありがと。白雪姫に唆されないようにね」
怪訝な顔をしたあと、彼女は手を振り仲間たちの元へ戻って行った。
なんか嫌な感じだ。
なんだろうこの心が痒い感じは。
勝手に入ってきて欲しくない領域に入ってきて、そこを引っ掻かれたような感じ。
わたしとかえでの間にズカズカと入ってこまれたような、割り込まれたような気持ち。
……不快だ。彼女は別に悪いわけじゃないし、どちらかというとかえでに問題がある気がするけど、何故か不快な気持ちになった。
唆される――かえではそんなんじゃないし。
それに白雪姫なんかじゃない。かえではかえでなのに。
本人は白雪姫って言われてることに気づいていないと思う。
なのにコソコソコソコソ白雪姫、白雪姫って言ってるのはなにか違う気がする。
わたしだって昔は白雪姫だな、なんて思っていたけれどそれは間違いだって今はわかってる。
かえでが悪い部分だってあるけど、自分の好きに生きて何が悪いんだろう。
ああ、そっか――そういうのは異物なのか。
胃がムカムカする。
ご飯が喉を素直に通ってくれなさそうだ。
帰り、かえでの家に行ってみることにした。
先生に聞いてみたら、どうやら風邪をひいてしまったらしい。
行かずに後悔するぐらいなら行って後悔したい。
この点はわたしの人生において今後もズレることはないと思う。
これまた一人で駅までの味気ない道を歩く。
雑草も刈られていないし、フェンスの隙間から別の草が飛び出してきている。
かえでがもしここにいてこれに気づいたら何を言っただろう。
電車に乗る。
これもまた独り。
おかしいな、以前は毎日一人だったのに。
人といることの喜びを一度覚えてしまったが故に、それを取り上げられた時の気持ちはとても辛い。
以前は耐えられた。
けど、それは知らなかったからだ。
それを教えてくれたのはかえで。
わたしはかえでのことが大事なんだな、って改めて気づく。
こと一層心配になってきた。
お見舞いに行ってみよう。かえでの顔も見たいし。
もちろん心配なのもあるけど。
家の場所はわかっている。いつもかえでがバスから降りるとこの目の前だから。
大丈夫かな。かえで。
親に連絡しとかなきゃ。
あ、あとなんかあってもいいように、簡単な薬とか買ってくか……。
となると電車を乗換える前に、駅にある薬局に行かなきゃ行けないな。
バスから降りる。
かえでといないと時間が無限のように感じられた。
かえでの家は目の前。というか、いきなり行って大丈夫かな。
連絡先なんて持ってないし仕方ないよね。
顔が見たくて家まで来たなんてまるで恋人みたいだ。
わたしとかえではただの友達――そっかただの友達か。
ま、まあ、ただの友達でもお見舞いぐらい行くよね。昼のちょっと嫌な感じの人――なんだっけあだ名。
もどき、だったかな。
彼女だってなんやかんや、お見舞いメッセージ的なものを送りたかったんだろうし。
玄関のチャイムを鳴らす。
……返事がない。かえでのことだから居留守とかしてそう。いや寝てそうだな。
もっかい鳴らす? 迷惑じゃないかな。体調悪いなら寝てた方がいいもんな。
さ、最後に一回だけ……。
思考も体も行き場がないためにその場で巡り回る。
玄関でぐるぐる回っていたら、それを見かねたのかおじいちゃんが話しかけてきた。
「嬢ちゃん、かえでのお友達?」
「はっ、はい! もしかしてお父様ですか!? いつもかえで、さんにはお世話にな――」
「ほほほほほ。違う違う。近所で店やってるもんだよ。かえでに用があるなら、裏口があるからそっから入りな。かえでの部屋は二階の奥だがんな」
「ご、ごめんない! ……あの勝手に入って大丈夫ですかね……?」
わたしの事をよく知らない人とはそれなりに会話ができるつもりだ。
……噛んだけど。
「あー。かえではだいたい寝とるから、いっつも大事な用がある人は起こしにいぐんだ。あんまり気にすんな。それに、家にゃ基本誰もいねえがんな」
家には誰もいない? どういう事だ。
聞いてはいけないことのような気もした。
でも、そんな非日常な言葉に咄嗟に質問をしてしまった。
「家に誰もいないって、家族の方はいらっしゃらないんですか?」
「ああ……かえでが中学に入る直前に他界しちまってよ。あんまり他所のが言うもんじゃねえ事なんだが……。本人に聞いてくれって言いたいけんども、あんまり精神的に不安をかけたくねえのもある。気を遣ってくれや」
言葉に詰まったのか、少し視線を左右に迷わせながらおじいちゃんは言う。
いい人なんだろうな。性格がその言動や挙動から伝わってくる。
「ご、ごめんなさい。……ありがとうございます」
「おう、帰る時は気ぃつけてな。あと良けりゃ、今度何か買いに来てくれよな。かえでと一緒に」
「あっ、はい! ありがとうございました!」
そう言っておじいちゃんはガハハと笑いながらどこかへと行ってしまった。
柄にもなく大声で話していた気がする。やっぱりいい人だったな。
でもそっかかえでのご両親は……。
って今はそんな場合じゃないか。
きっともうそれはかえでは乗り越えているのだ。
その体に見合わないぐらい、かえではたくましい。
……もし乗り越えられていないのであれば、その時わたしは――。
裏口と思わしき場所についた。
勝手に入ってもいいんだよな。これ。
田舎ならではの家に勝手に人が出入りする感じっぽいし。
わたしの実家とかまさにそんな感じだし。
イメージができない訳では無い。
だっ、だったら、いいか。
じゃ、じゃあ、お邪魔しまーす……。
ギィィって裏口が音をあげる。思ったより広いな。
えーっと、二階の奥……二階の奥……。
広い家に対して中には物が少ない。
生活感があまりない――とも言い換えられるかもしれない。
どこか非日常的だ。
仮にかえでが部屋で寝ているとしよう。
勝手に寝てる女の子の部屋に入って大丈夫なものなのか?
いやわたしも女だから別に大丈夫なんだろうけど、 いいのか? 許されるのか?
まっまあいいよね! ここまで来ちゃったし!
音を立てないようにゆっくり階段をのぼる。
泥棒みたいだ。しかも目的地は女の子の部屋。
なんかよくわかんないけど、イケないことをしてるみたいでゾクゾクしてきた。
体温が上がる。一体どうしたんだわたしは。
でもかえでの両親の話を思い出して、体が一瞬にして冷える。
冷静になれわたし。
様子を見に行くだけ……様子を見に行くだけ……。
自分に言い聞かせながら階段を慎重にのぼっていたら、かえでの部屋らしきものの前へと着いた。
「お邪魔しまぁす……」
小さな声で挨拶だけはして入る。
かえではいた。いつも通りスピスピ言ってた。
一安心かなあ……。
安堵のため息が漏れる。
心配させないでよね、ほんとに。
それにしても質素な部屋だ。女の子らしいものはあんまりない。制服がかけてあって、小さな丸机があって、クローゼットがある。あとはベット。
丸机の上には勉強でもしていたのかノートとシャープペンが置いてある。
一人暮らし? だとあんまり余裕がないってことなのかな……。
丸机の上に他に何かあるのに気がついた。
体温計だ。
ボタンを押し、前回の体温を確認する。38.6℃。
高熱じゃん……!
ベッドの横へ行き、かえでに小さな声で話しかける。
「かえで。心配できちゃった、起きて……」
「んん〜? お母さぁん?」
「……あきだよ。大丈夫?」
「ん、んん〜……」
半分寝ていて、寝言みたいな感じ。改めて間近で見たかえでの顔は、それこそ楓みたいに真っ赤になっている。
よく聞くと呼吸も苦しげに小さく喘いでいる。
そうだ! こんな時の為に冷えピタとか色々買ってきたんだから!
冷えピタをおでこに付けようとする。
そ、そうだ。今も熱があるか確かめなきゃ······。
恐る恐るおでことおでこを合わせる。あっつ!
こんな事してる場合じゃない。かえでが苦しんでる時になにしてんだわたしは。
冷えピタ装着!
ちょっと失礼······。
布団をめくり、かえでをすこし見てみる。
汗だくだ。これは着替えさせないと身体が冷えそう。
スイッチがオフの時のかえでが簡単には起きないのは、今までの経験で知っている。ましてやこの状況では尚更起きられないだろう。
やることを1度まとめよう。
薬を飲ませて……汗も拭く。そうなると着替えもだ。それにベットのシーツも変えないといけない。
探せば見つかるよね、多分。
後、親に電話しよう。泊まってくって。
かえでが心配で家には帰れない。
幸いにも明日は土曜日。
看病はできる!
まず薬だ薬。
解熱剤買ってきたよな? あった!
水は……そういや、かえでは天然水が好きだから買ってきたんだ! こんな形で役に立つとは。
かえでの口を指でちょっと開ける。
薬を入れ天然水で飲み込ませる。
とりあえず薬はオーケー。
次は大量の汗だな。
必要なのはタオルと着替えだ。
一階にお風呂場があったはず! そこからタオルを2枚拝借する。
次着替え! クローゼットに入ってるよな。
さすがにわたしがやっていいことにも限度がある。
一線は超えないようにしないといけない。
これで嫌われてしまったら本末転倒だし。
クローゼットの中から、上着を適当にひとつ引っ張り出す。
かえでの上半身を起こさないと。
「ごめんねかえで、ちょっと体起こすよ」
一応声をかける。
上半身を起こす。そこから汗で濡れてしまっているキャミを脱がし、汗を拭く。
これ以上はわたしには許されないので、ここまでにする。
上着を着せ、汗もこれでオーケー。
後はシーツだけど、かえでをベットから動かせないな。何か代用品は……。
下でお布団を発見! これにしよう。
お布団をぱっぱとベットの隣にしく。おばあちゃんの手伝いしててよかった。
そして、かえでをお布団へゆっくり移動させる。
かえでは軽く、割と非力なわたしでも簡単に持ち上げることが出来た。
ちゃんとたべているのかな。その軽さにまた心配になる。
よーし。一段落ついたかな。疲れた。
かえでの顔もだいぶ安らかになった……気がする。
よかった。
現在午後七時。
時間を見て大事なことに気づく。
電話してなかった! 親に事情を説明しなくては……。
まあ、とりあえずこれで一段落かな。
かえではゆっくり休んでいて。
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