第4話 講和
いつも通りの朝――ではない、残念ながら。
別に嫌な訳では無いけど。
原因は隣に座ってるこいつ。伊藤あきだ。
相変わらず私は電車に揺られている。正確にはまだ電車は動いていないんだけど。
いつも通りの朝ではないといったら私も少しいつも通りじゃないことがある。
狸寝入りはやめにした。理由は、なんかそういう気分だったとしか言えないかな。
一方伊藤さんは何故か私のほうを何とも言えない表情で、ジーッと見つめてきている。
なんて形容すればいいのだろうこれは。私の語彙力では複雑な表情としか言えない。
彼女とはたいした関わりはないつもりなんだけど……。せいぜい電車で起こしてあげたぐらい。逆もしかりだけど。
もしかしてまだ根に持ってたりするのだろうか、あの一件。
電車が動き始める。少し考え事をして油断していたせいで、思わず伊藤さんの方に倒れそうになってしまった。
伊藤さんは特にそんなことは気にしていないのか無反応だ。
なぜ彼女は私に付きまとうのだろうか……。彼女、友達いないのかな? 私もか。
私はクラスの人間関係をいまいち把握していない。
人数が少ない学校だから把握する気になればできるんだろうけど、そんな気にはならない。
私は関心……もとい興味を持てば頑張れるけどそれが無ければ動くことすら無い自覚……があるというかなんというか。
伊藤さんと私を比べてみる。
うーん。
私は友達がいないことについては特に気にしていない。人間関係は疲れるし。
それに、私に『気を遣う』なんて行動はできない。
――そんな器用な人間じゃないし。
それが出来ないのに、人と良好な関係を築き、維持するのは難しいだろう。
あと何よりめんどくさいし。
それ故にどこか人と関わるところを避けているのかだろうか。
自己分析は難しい。
めんどくさいことをできるだけやらない、っていうのはよくないのはわかってる。世間的にそういった人間をめんどくさい人って言うとかなんとか。
私にはお似合いの言葉かもしれない。めんどくさいことが世界一嫌いな自信がある。
めんどくさいことが大っ嫌いなめんどくさい人間。
ふむ、悪くないかも。
というか、今日は声かけてこないんだな。せっかく起きてたのに。
……最近はもっぱら狸寝入りだから寝てはいないか。
私にそろそろ愛想が尽きたのだろうか。
こんなに粘る人は初めてだったから残念。
まあ、いいけど。
なんやかんや私は少し伊藤さんに関心を持っていたのかもしれない。
そんなことを考えながら電車から降り、学校への通学路をしっかりとした足取りで進む。
学校についた。
相変わらず教室は適度に騒がしい。
不快感がある訳では無いけど決して居心地がいい訳では無い。
ふと普段は気にしていなかった教室の様子が気になって少し眺めてみる。
先生にバレない程度に化粧をしている女の子のグループは窓辺で何かをお喋りしている。
アイドルとか芸能人の名前だろうか? 私にはよくわかんないや。
後は黒板に何かを書いて笑いあっている男の子たち。
男の人と話すのは苦手だ。おじさんやおじいさんならば割と話せるんだけどな。
後は――うーん、飽きた。面白くないな、これ。
無意識に伊藤さんの姿を探す。すると彼女は例の女の子たちがいる窓辺のちょうど真ん中の席に座っていた。
何をするでもなく、ただ虚空を見つめているように見える。
どこか達観しているような、冷めきったその目には光がないようにも感じられた。
暫く彼女をジーッと観察していた。
すると、私の目線に気づいたのかこちらへと歩いてくる。
普段、彼女は学校についたら一切接触してこないんだけど……。
今日はその限りじゃないらしい。私にべったり付いてくる。うーん、きまずい。
いつものお得意技、お昼寝……朝だからお朝寝? で逃げようかなと思う。
どう関わればいいのかわからなくて、ちょっとめんどくさいのもあるけど……。
なんて思っていたのだけど、伊藤さんはそんなことお構い無しなのか、私のことを離してくれない。
捕まっている訳では無いけど、近くでずーっと私を見つめている。
クラスの何人かも異変を感じたようだった。
これは困った。
ハッキリ言ったほうがいいのだろうか?
「あの、伊藤さん? 寝づらいんだけど……」
「お気になさらず」
「いや、寝づら――」
「お気になさらず」
「あの――」
「お気になさらず」
なんてこった。まるで話が通じない。お気になさらずボットになってしまった。
こんな子だったっけ? 彼女のことよく知らないけど。
私なんかしたかな。ちゃんと寝たほうがいいって言ったけど、お前が言うなって怒ってる? だとしたら……あーめんどくさい。
……これだから人間はめんどくさい。
もういっそ気にせず寝てやろうじゃないか。
なんて思って机に突っ伏した瞬間、教室のドアが開いた。
「席に着けー。ホームルーム始めるぞー」
――先生が来た。いつの間にか朝のSHRの始まりの時間になっていたらしい。
なんてこった……。
授業もひと段落付き、昼休みへと突入。
歳をとると時間が短く感じると聞くが、あながち間違いでもないのかもしれない。
妙齢十五にしてそんなことを思ってみたりする。
ちなみに今日は授業中も視線を感じて仕方がなかった。
このままだとピッタリ張り付いて離さないような勢いまでもをヒシヒシと感じる。
彼女についてこられる前にさっさと移動してしまお――。
「い、一緒にお昼、食べよ。沖、野さん」
……なんてこった。こいつ、いつの間に私の横に並んできたんだ。
言葉も途切れ途切れで、少し顔を紅くしながらお弁当を持ち、俯き気味の伊藤さんが横に並んでいた。
「あ、ん〜……? ん〜……、い、いいよ?」
気まずい。
私たちは一つの机を上下に分けて、それぞれのお昼を食べている。
彼女、誘ってきた割に、私と会話をしようとしていない。めんどくさいよお……。
さっきからこちらを見ることなく黙々と橋を動かしている。
目的や意図もわからないし。なんか怖い。
さて、なってしまったものはしょうがない。
とりあえずお昼ご飯を比較する。
彼女はお弁当。私はおにぎり二個。
――勝った。どう考えても私のほうが先に食べ終わるでしょ。さっさと食べて図書室のソファで寝よう……。
図書室室の司書の先生とはわずか一ヶ月ですっかり顔馴染みになってしまった。
本を借りている人が私以外あまりいないのもあるんだけど。
この気まずい状況から逃げたくて、おにぎりを急いで頬張る。
それが災いの元か、急いで食べ過ぎたせいでしゃっくりを起こしてしまった。
彼女はそんな私を少しにこにこしながら見つめていた。……びっくりしてしゃっくりがすぐ止まった。
なんなんだ、この空間。普段は周りの目線とかを気にしない私でも、今日は周りの目線が突き刺さってくる。
まるで、『何やってんだあいつら』とでも言いたげな。
めんどくせえええええ!
伊藤さんのおかげでおにぎりがのどを通りづらかったが、どうにか食べ終わった。
時間が短く感じる――なんてさっきは言ったけどこの時ばかりは時間が永遠に続いているかのようにも思えた。
「それじゃ、伊藤……さん、私ちょっと用事あるから」
「……図書室」
彼女は静かに、でも確かにそう言った。
「もしかしなく、ても図書室で寝る……つもりでしょ」
どうしようこいつ。ヤベー奴だ。もしかして学校でも私に接触してこなかっただけで、ずっと追っかけてた?
怖いんだけど。
「あの、伊藤さん? 私なんかした? ごめん」
「え?」
「怖いんだけど……」
思わず本音が漏れてしまった。やばいかも。
ヤベー奴の地雷を踏むことほど恐ろしいことは無い。
この時ばかりは自分自身の正直加減にうんざりする。
これだから人に気を遣うことは苦手なんだよな。
彼女はハッとした顔をして私のほうを見る。
もしかして自分がやってることがどれだけやばいか気づいていない?
え、怖。ほんとにストーカーみたいになってるし。
「あ……」
気まずい。二人でしばらく見つめあう。彼女のが身長が高いから、見下ろされてる感じだ。
というか私が小さいのか? いや、そんなことないな。
「ご、ごめん!」
逃げた。伊藤さん逃げてっちゃった。お弁当置いたまま。
ナニコレ。めんどくさ。
というか今回に限っては怖い。
いや、え、怖。
それに大きな声で喋ってるとこ初めて聞いたし。
……お弁当どうしよ。ずっと置いたままってわけにもいかないだろうし、彼女どっか行っちゃったし。
どこ行ったんだろ。彼女のお弁当持って探しに行ってあげるか。めんどくさいけど、置いたままのほうがめんどくさそうだ。
って思って教室を出たらいた。
「お、お弁当忘れてた」
元気な奴だなあ……。ちょっと抜けてるのかもしれない。
彼女の顔が下からまたジワジワと紅くなって行く。
確か名前は”あき”だっけか?
正しくその名前の通りの真っ赤具合だ。
それこそ私の名前のかえでみたいな。
まあでも今がチャンスだ。
ここは今のうちに、釘を刺しといたほうがいい。
「はい、お弁当。気を付けてね。それとストーカーまがいのことやめて」
「あ、ありがとう。ストーカー……ではないけど、わかった」
よくわかんない子。不思議な奴って印象。初めてこんなに会話をしたけど、悪意はないのがわかる。
だからたちが悪い。
「あの、なんていうか、その悪気はなかったっていうか……沖野さんを怖がらせるつもりはなくて……」
そんな私を察してか、言い訳? を始める伊藤さん。
顔は真っ赤だし、お弁当持っているのに腕ぶんぶんしてるし。
なんなんだこの面白い生き物。
「ふふっ……」
思わず笑ってしまった。まるで子供だな。
「……いいよ許す、面白いから。でも、もう一回いうけど、ストーカーまがいのことやめてよね、怖いよ?」
「わ、わかった……」
「それと私これから図書室で寝るから。邪魔しないで」
「……うん」
少し不服そうに見えたのは気のせいだろうか。
「あと、私めんどくさいことが世界一嫌いだから、そこんとこよろしくね」
遠回しにあんまりめんどくさい事しないでね、なんて伝えたつもりだ。
本当にめんどくさい女みたいになってきたな、私。
後ろを振りまかないようにして手を振りながら図書室へ向かう。
わかったことがある。
伊藤さんには気を使うのは逆効果だ。
ハッキリ言ってしまった方がいい。
そして彼女は多分、これからも私に絡んで来るんだろうな。
なぜ私なのだろうか。それはよくわからない。
けど、まあいいや。深く考えようとしたけど、めんどくさくなった。
それに、面白いし。
めんどくさいけど、面白い。
不思議なものだ。少しだけ考えてみたりする、
……。
ふむ。ま、なるようになるか。
明日の私に任せまーす。
それではおやすみな……。
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