第3話 迎撃

 帰りのSHR。わたしは重大なミスに気が付いた。

 先生が何かを喋っているが全く頭に入ってこない。

 それで何に気づいたか――と言うと、行きも帰りも沖野さんと全く同じ経路をたどるのにも関わらず、なぜわたしは朝に拘っていたんだろう、ってことに。


 よし、朝の言葉は撤回。明日など待たずに帰りにさっそく仕掛けようと思う。

 彼女についてもっと知りたい。

 とりあえずそのためには沖野さんと同じ時間か、近い時間に学校を出ないといけないわけで。

 ま、こんな辺境の、田舎の中の田舎の高校じゃ、クラスなんて一つしかないから簡単にできるんだけど。


 彼女の席はドア側の一番下。わたしの席は窓側の中間。なんて都合の悪い席なんだろう。

 ちなみにわたしに友達はいない。話す人はいるけど、お互いに相手がいないだけの関係である。

 その点彼女とは境遇が同じなのかもしれない。

 別に気にしてないだけなんだけど――なんて一人で強がっても意味が無い。

 でも彼女は本当に気にしていないんだろうな。

 

 SHR終了。ぶっちゃけ話はほとんど聞いてない。

 というか頭に入ってこなかった。

 先生もそんなことを気にしていないのか、興味なさげに教室から出て行こうとしていた。

 SHR中はちらちら彼女の様子を伺ってたけど、ちゃんと聞いてるみたいだった。

 やっぱり真面目な子みたいだ。


 彼女は席から立ちあがると、すぐロッカーへと向かっていった。

 わたしも慌てて席から立って、ロッカーへと向かう。

 沖野さんは手慣れた手つきでカバンへ必要なものを入れると、そのまま昇降口まで歩いていってしまった。

 ロッカーにはわたししかいない。

 まだみんな教室なのに彼女はもはや昇降口へと到着している。

 速い……。わたしも急がなくては。

 急いでカバンに荷物を突っ込む。


 帰り道。学校から駅までは歩いて十五分ぐらい。田舎だから道中もほとんど何もない。

 せいぜい畑とか、川とか。あ、高速道路があるか。

 あとやっぱりどこからでも見える山。

 でもそんぐらいだね。

 ザ・田舎である。

 ……ジ・田舎のが正しいんだっけ?


 気づいたことがある。沖野さんは歩くのが遅い……。

 道端にいるおじいちゃんおばあちゃんに控えめに挨拶をしながら追跡する。

 気を付けないと沖野さんを追い越してしまいそうだ。

 帰る準備をするのはあんなに速かったのに。

 一人だから歩くのがゆっくりなのだろうか。

 どこまでもマイペースなんだろうな。

 周りの目線を気にしていない、とも言えるかもしれない。

 でもそれは、良いことでもあり悪いことでもある。

 諸刃の剣的な感じ。

 わたしはかっこいいと思うけど。

 でも、その生き方にならおうとは思わない。

 わたしは他人にとって都合のいい人間でいたいと思っている。

 中学の時の失敗から学んだ。

 それでも何故か沖野さんには手を出す――言い方悪いな、ちょっかい? をかけてしまう。

 不思議だ。

 

 しばらく物思いにふけていたら、体が揺れていることに気づいた。

 いつの間にか電車に乗っていたみたい。

 思わず窓から外の景色を確かめる。

 トンネルなのか窓の外は真っ暗な闇に包み込まれていた。

 ……失敗した。昔から一度考え込んでしまうと、歯止めが利かなくなる。

 前はそうなるたびに直そうと思っていたけど、今はもう諦めてる。

 何回も試行しては失敗して、わたしにはできないと気付いた。

 何回やってもできないことをやったって仕方がない。 

 無駄でしかない。敢えて言うならめんどくさくなってしまった。

 めんどくさいことが世界一嫌いな自負がある。

 

 今日のわたし、昔のこと考えてばっかだな。

 ――思わず自分で笑ってしまった。

 

 


 私とて馬鹿じゃない。いつもなら寝ているところだが、昼休みの時、寝たい欲求をグッ〜とこらえて彼女の名前を確認しておいた。

 ……お腹がなった。ご飯、食べるか。

 ありがとう座席表。


 どうやら彼女の名前は、伊藤あきっていうらしい。

 適度に騒がしい教室でおにぎりをむしゃむしゃ頬張りながら考えてみる。

 相変わらず周りから――特に窓側の方から視線は感じるが、段々と慣れてきた気がする。

 やはり私は何故か人から注目を集めてしまうらしい。

 ……いい意味でも悪い意味でもだけど。

 自惚れているわけではないよ?

 

 さて本題に戻るとしよう。

 伊藤って苗字は知り合いでは聞いたことがない。

 私自身あまり人と関わらない方だから名前を覚えている人自体希少なんだけど。

 でも伊藤ってこの県に多いんだよね。ん〜知らん。

 バスも同じってことは家も近そうだけど、だとしたらやはり中学校も同じだった可能性が……。

 こんな田舎じゃ中学校なんて一つしかないし。

 卒業アルバムを引っ張りだしてくれば確認することも可能かもしれないけど、私が彼女に対してそこまでやる気力はない。

 なによりめんどくさいし。


 それに、あんまり中学校にいい思い出はない。だからわざわざこんな遠い高校まで来てるわけだし。

 やっぱり彼女も同じ口なのだろうか……。ま、いいか。


 これで私も彼女に対抗はできるわけだ。

 対抗……? 何が対抗なんだろう。

 まあ、これもいいか。考えたら負けだ。

 明日も声をかけてくるだろうし、そん時挨拶がてら、名前を呼んでみようと思う。

 ちょっとした反撃だ。

 今までずっと無視されてたのに急に返事をされたらびっくりするだろう。

 なんやかんやめんどくさがりつつも楽しんでいる私がいる。

 なんせこんなにしぶといやつは初めてだし。

 せいぜい私を楽しませておくれ、伊藤あき。

 ……でもなんか勘違いされそうだな、これ。

 



 何か仕掛けようかなって思ってたけど、結局やめにした。

 電車で隣に座るぐらいにしとこう。

 ……いつもと変わんないか。

 まあ、今更向こうも何も思わないだろうし。

 昔のことを考えてたらなんか……うーん、萎えてしまった。

 今日のわたしは繊細でナイーブなみたいだ。

 こんな日は寝るに限る。それこそ沖野さんみたく。

 おやすみ、わたし。




 帰りも電車は私を安らかに揺らしてくれている。

 そして伊藤あきも相変わらず隣に座っている。

 一々フルネームで呼ぶのもめんどくさいな。以後伊藤さんでいっか。

 彼女は普段、帰りは声をかけてこないんだけど、何か今日は何かありそうだな〜って理由もなく思ってた。

 直観的な何か……と言いますか単純になんか思い詰めた顔してたから。

 それで私に声をかけてくるのかな〜なんて思って暫く身構えてた――まあ狸寝入りしてただけなんだけど、どうやら寝てしまった様子。

 少し私に似てきたんじゃないか? 少し心配だ。

 いつもと立場逆だし。

 私は別に思い詰めた顔しながら寝ている訳では無いと思うけど。

 

 じゃあ私も逆の事をしよう――つまり私から声を掛けてやろうかなーって思ってたけど、相変わらず思い詰めた顔しながら寝てたので辞めた。

 睡眠に対しては慈悲の心を私は持っているのだ。

 感謝したまえ伊藤さん。


 電車を乗り換える駅まで残り二駅。

 あれから八分ぐらい? たったかな。

 相変わらず電車はスカスカだし、それなりに静かだ。

 窓の外もずーっとお山さんが顔を出している。

 そろそろ私も寝ようかなって思ってたんだけど、彼女が私に寄りかかってきてしまった。

 起こすのも可哀想だから我慢して起きていることにする。

 どーせ家に帰ってからでも寝れるし、起こしたらそれはそれでめんどくさそう。

 なんか起こしづらいし。


 もうすぐ、私が降りる駅に着く。

 ――つまり彼女も降りる駅なんだけど、起きる気配が一向にない。

 起こしてあげた方がいいのかな。

 でも、私の心の中の悪魔はほっとけ、めんどくさいだけって言ってる。

 天使は今朝起こしてくれたんだし、お返ししよう。それに、名前を――反撃するチャンスって言ってる。

 悪魔も天使も大して変わんないんだな私。

 おばあちゃんだって、お返しの魂は大事って言ってた。

 だから今回は悪魔くんには私の代わりに寝ててもらおうと思う。


「駅、着いたよ」


 頬を指先で少しつっつきながら声をかけてみる。まるで動きがない。既に屍のようだ。

 そういや、朝、私を起こすとき耳元で囁いてきたよなこの人。ふふ、チャンスだ。

 やられたらやり返す、等倍返しだ。


 


「伊藤さん、駅、着いたよ」


 いきなり耳元で囁かれた。

 どうやらすっかり眠ってしまっていたらしい。

 まるで沖野さんみたいだ。どこの誰だか知らないけど、お礼は言わなくちゃ。


「あ、ありが――」


 !?

 沖野さんじゃねーか! そういやそうだ。わたし沖野さんの隣に座ってたな。

 驚いている間にも沖野さんは立ち上がり、定期を探しているのか、ポケットに手を入れている。

 一方わたしは座ったまま唖然とし、言葉を失っているのだけど。

 わたしは座ってて沖野さんは立っているのにあんまり見下ろされている感じがしない。

 思ってたよりちっちゃいな……。

 と、とりあえず、お礼は言わなくては。こんなんで嫌われたらしょうもなさすぎて夜に眠れなくなりそうだ。


「あ、ありが、とう……」


「んー、寝不足ならちゃんと寝た方がいいよ、伊藤さん」


「は、はは……」


「バスではちゃんと自分で起きてね」


「はい……」

 

 そう言って沖野さんは電車からすたこらと降り、駅のホームへと向かっていった。

 いやいやいやいや。

 いっつも運転手さんに起こされてる沖野さんにだけは言われたくないよ!

 くそー……やられた。朝の仕返しか?

 結構根に持つタイプなんだろうか。

 今回はわたしの負け……かな。

 認めざるを得ない……。

 それにしても、よくわたしの苗字知ってたな······。

 

 ん? 苗字? 

 ……名前?

 あれ、もしかしてわたしの名前最初から知ってた?あの人。

 てことは、目標って最初から達成されてた?

 ……そして伊藤あきは考えるのをやめた。


 いやいやいやいや。

 本日二度目だこれ!

 わたしの今までの行動無意味じゃん。

 ただの嫌がらせじゃん。

 いやまてよわたし。

 まだ奴の生態を探ってない。

 まだ目標は残ってる。

 無駄なんかじゃなかった……!


 今回はやられたけど、良い情報が手に入ったってことで。

 プラマイゼロってことで。

 つまり手打ちってことで!

 引き分けってことにしておいてやろう!

 

 ……。

 覚悟しとけよ……。

 やられたら、やり返す、倍返しだ。


 寝る前のナイーブでどこか吐き気がするような感覚はいつの間にか無くなっていた。

 きっとそれは寝たから――沖野さんによるものでは無いと思う。

 きっと。

 普段より少し軽い足取りで駅のホームへと向かう――。

 

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