第33話騒動の予感




ショッピングモールでの買い物の日から2週間が経った。


部屋着とはいえ、2週間毎日女性用の服を着ていたらなんだか慣れてしまった。自分がここまで順応性が高かったことに驚きである。



しかし洋服をたくさん買ったはいいものの、渚は外出することはなく自宅にいる時間が多かった。


家事も全て渚がやっているので、同居人のみんなはそれぞれの学校の課題やゲームをしていた。


空いた時間を使って亜紀と武道場で稽古、さらに紗良と皐月の二人に勉強を教えたりしていた。


紗良と皐月の二人は受験生のため、毎日リビングで受験勉強をしている。


志望校を聞いてみたところ、渚たちと同じ高校だと聞いたため渚も受験勉強に協力している。


そして受験勉強の息抜きとしてゲームをしている。


そのタイミングで渚もログインし、一緒にゲームを楽しんでいる。




「と言いつつも、全然レベルあがんないんだよねぇ...」



スーパーからの帰り道で渚が呟くと、達也が反応した。



「まぁ、今の渚のレベルを考えると上げるなんて難しいだろ。そんじゃそこらのモンスターの経験値なんてたかが知れてるし」


「そうなんだよねぇ...」



つい先日、ナギのレベルがLv.40を超えた。そうするとナギの次のレベルアップに必要な経験値が格段に跳ね上がり、森のモンスター程度ではもはや雀の涙だった。



「達也の今のレベルは?」


「俺?Lv.68。」


「香織は?」


「確かLv.65だったはずだぞ?」


「うへぇ...」



さすがは日中やりこんでいるだけはある。渚が家事をしている間はずぅっとログインしている。


昼食時には戻ってくるのだが、そのあとは再度ログインしているのだ。



「今度、紗良たち連れて赤熊のところ行こうかな。」


「あぁ、渚が最初にソロクリアしたところか。」


「うん、あの時よりレベルも上がったし、ソロの時はEXTRAクエストになってたけど、二人以上だと出現するモンスターが違うみたいだし難易度は下がると思う。」



渚はソロでぎりぎりクリアできたので、紗良と皐月と渚の3人で行けば簡単にクリアできるだろう。





「そういえば話は変わるけど、病院はどうだったんだ?」


「あぁ、病院ね...」



渚が身体の痛みの原因を探るべく行った検査の結果が出たのだ。



結果は...





「異常なし?」


「うん。」



なんと、渚の身体にはなんの異常もなかったのだ。


性別や身長が変わっている時点で異常がないはずもないのだが、検査をした限りでは特に身体的な異常は検知できなかった。


さらには性別や身長が変わっていることは担当医も予想していなかったようで、確認のためという建前で身体をあちこち触られた。



前回と同じく担当医は女性だったが、渚の身体を触っている間の鼻息がやたらと荒かったのは気にしないでおく。



「それじゃあ痛みの原因は結局わからなかったわけか。」


「うん。でも今後に同じような患者が現れる可能性も考えられるから、念のため上に報告するらしい。」


今回の女体化について、詳細なデータとして報告書を上げる必要があるらしく、個人情報等の取り扱いもあり同意を求められたので、それくらいならばと許可を出し同意書にも署名した。


しかし、渚はまだ未成年。保護者の許可も必要になるのである。


というわけで一旦自宅へと戻ったところ、



「そこに帰ってきたわけか。」



「うん...」



渚が病院に行ったという紗良からの報告を受けた途端に日程を調整していた両親が、ついこの間ようやく日本に帰ってきたのだ。






突如、大きな音を立てて玄関が開き、家事をしている渚と遭遇。



紗良と同じく、亜紀と見間違えるかと思いきや



「あらぁ!!こんなにもしっかりと女の子になっちゃってぇ!!やっぱりあなた女の子の服似合うわねぇ!!」


「んぐえ」


渚の母が一目見るなり渚に抱きつく。抱きつかれた渚は首元から抱きしめられ息が止まった。そこで父親も話しはじめる。


「おぉ!!滅多に体調を崩さなかった渚が体調を崩したと聞いてきてみたが、思ったより元気そうじゃないか!まぁ少し変わったところはあるが、大したことじゃないだろ!」



「ーーーー!!!ぷは!!はぁ、はぁ、大したこと、あるでしょ....!!」



渚が気道を確保しながら喋ると、父がいやいやと首を振り、



「なにを言っている。男だった渚が女に変わったところで家族関係が終わるわけでもあるまいし!女に変わったところで渚は渚だろう?命に関わるような病気じゃないだけ良かったじゃないか!」



「....うん、確かにそうだね。」



父に今の自分を認められている気がして渚は嬉しくなった。思わず頬が緩んでしまう。


「それにしても....3兄妹から3姉妹になったわねぇ」


「そうだなぁ、役所に届け出しないとなぁ。病院の診断書はもらっているのか?」


渚は、病名がわからないことをはじめとした病院での出来事を両親に話すと、二人とも頷いて保護者の同意書にサインしてくれた。



そこで唐突に母が楽しそうに話し始めた。


「さぁ!それじゃあ渚の服を見に行きましょう!!」


「勘弁してください」


「なんでよぅ!?せっかくなんだしあなたの服を私に選ばせてくれてもいいじゃない!」


「この前、みんなに選んでもらったんだよ。これ以上増えても着れないし。」


「すぐじゃなくていいから!買いに行くだけだから!ね!?」


「却下です。」


「のォォォォォォン!!」



がっくしと項垂れる母の姿に渚も少々申し訳なくなったが、自分の意見は変えなかった。





「まぁ年末年始ぶりだし、向こうに戻るまではゆっくりしてもらうほうがいいな」


「うん、でも今日も二人でデートしてるみたいだよ。」


久里山家の両親は年齢のわりには落ち着いているが、実は年中ラブラブのおしどり夫婦なのである。


二人とも同じ仕事をしているのだが、その間も常に一緒にいるらしい。


いつか、僕もこんな関係になれる人ができないかなぁ...




達也と渚が買い物袋をぶら下げながらそんな話をしていると、正面から女性の悲鳴が聞こえた。


「ひったくりです!捕まえて!!」



声の方向に視線を向けるとスーツ姿の女性が倒れており、頭をすっぽりと覆ったヘルメットを被る男性が向こう側に走っていた。手には女性用のビジネスバック。



「達也!荷物お願い!」


「おう!気をつけろよ!」


渚が手元の買い物袋を達也に投げつけると、ひったくり犯に向かって駆け出す。



周囲の人もその男性を捕まえようと道に立ち塞がるが、その男性は押しのけて進んでいく。


「どけ!!!」


「きゃ!!」



男性が目の前の女の子を押しのけると、その子は道路に倒れ込む。


そして目の前に迫る大型のトラック。



「ーーーーーーー!!!」



「危ない!!!!」



恐怖で声が出せない女の子に向かって渚が勢いよく駆け出す。



勢いにまかせて女の子の背中と膝裏に腕を差し込み、その場から間一髪退避する。


しかしここは片道三車線もある大通り、回避した先でも車は行き交っている。


渚は思い切り跳躍し、反対側の歩道に着地する。



「大丈夫!?怪我してない!?」



「ーーーはい...大丈夫です...」



女の子は放心しているらしく、頰を赤く染めて渚の顔をぽーーっと見ていた。



女の子を地面に下ろし安全を確認すると、渚は改めてひったくり犯に視線を移す。



女性のカバンは回収できたようだが、ひったくり犯はバイクにエンジンをかけ発進し出した。



「じゃあ気をつけて!」


「ちょっ!!」



渚は女の子に声をかけてから勢いよく駆け出し、バイクを追い始める。駆けながらおもむろに携帯を取り出し、達也に電話をかける。



『渚か』


「うん、今あいつ追ってるから。」


『了解。警察には連絡済みだ。追いつけるのか?』


「大丈夫、絶対に逃さない」


『わかった。気をつけろよ?』



そして電話が切れたことを確認し、渚はスピードを上げた。



普通であれば足とバイクでは圧倒的にバイクの方が早いため、走りで追いつけるはずもない。


しかし、それは一般人の場合である。


渚は超人的な身体能力を幼い頃から鍛え上げているため、その速力は常人のさらにそれをいく。



猛スピードで走る渚を目視で確認したひったくり犯はさらにスピードを上げるが、渚の足はそれすらも追い越す勢いで駆け抜けていく。



ある程度追いついたところで思い切り跳躍し、バイクと同じ車線に入る。


「!」


バイクの運転手はスピードで撒けないことに驚き、方向性を変えてきた。


角をたくさん曲がることで渚を撒こうというのだ。


しかし、渚には通用しない。



「もう終わりかな?」


「っ!!!なぜ!!?」



突如としてバイクの正面に降り立った渚にひったくり犯はハンドルを大きく横に切り、転倒する。転倒した運転手は壁に激突し、よろよろと起き上がる。


バイクはそのまま転がっていくと民家に突っ込みそうだったので、渚はバイクのタイヤを踏み抜き、その場に固定することで強制的に止めた。



ひったくり犯が曲がった瞬間、渚は民家の屋根へと跳躍し屋根伝いに犯人を追跡していた。


そしてバイクの目の前に降り立ったのである。



「くそ!」


犯人は咄嗟にナイフを取り出し渚に繰り出す。


しかし、犯人は運が悪かった。


渚はそれを難なく受け流し、犯人をあっという間に拘束する。



渚からしたら、素人が武器を持っていたところでなんの恐怖もないのだが、通りかかった一般人を人質に取られるのも面倒なため最短で拘束することにしていた。



「くそ!女ごときが生意気だぞ!早く離しやがれ!」


「無理です。それとうるさいので静かにしてください。」


「なんだと!っぐ...」


渚が一瞬で締め落とし、気を失った。


渚はそして電話をかける。



『...無事か?』


「うん、捕らえたから。位置情報送っといたよ。警察はもうきてる?」


『あぁ、今そっちに向かわせたから。引き渡したらこっちに戻ってこい』


「おっけい」



周囲に野次馬が多くなってきており、カメラをこちらに向けている人もいる。


このままこの場所にいるのは良くなさそうだ。


間も無くして警察が到着したため、犯人を引き渡した後で渚はもといた場所へと戻り、買い物バッグを持って自宅へと帰っていった。







************************************************************************************




ーここはとあるSNS。


今この場所は、とある事件の呟きで盛り上がっていた。


:なぁ、今女の子が車に轢かれそうになってたのを美少女が助けてたんだが。


:それ俺も見た。ものすごい勢いで来たかと思えばお姫様抱っこして反対車線にいたよな。


:なんだそのヒーロー漫画にありそうな展開は。なんかの撮影か?


:ほら、動画も撮ったんだ。



そこには、大型のトラックに轢かれそうな女の子を救出する黒髪ショートカットの美少女の動画が映し出されていた。


:わ、まじかよ。動きが人間やめてる。


:その後、バイクを走りで追いかけ始めてんだぜ。


:私はそれを車の中から見ました。動画はこれです。



そして、車を追い越していく黒髪美少女の姿。



:え、なにこの娘、めちゃくちゃ可愛いじゃん。


:それはわかるが、それよりも注意すべき点があるだろ。


:そうだぞ、車の中から撮影してて周りの景色の移り変わりを見るに、この車は時速60キロくらいで走っている。


:え、てことはこの娘、それよりも足早いってことか。


:ヤベェな


:ヤベェよ


:惚れそう


:それな


:wwwww


:おい、屋根に飛び乗ったぞ。


:だからどこのヒーロー漫画だっての


:今、おれんちの家の屋根の上に女の子飛んでたんだが。


:私んちも屋根に乗ったみたいだけど、音が全くしなかった。


:忍者かな?wwww


:忍者だなwww


:どんな世界線だよその漫画はwwwww


:ファ!!!!!???


:飛び降りてバイクのタイヤ踏み抜いてるんだが!?


:は?


:は?


:は?


:は?


:は?


:は?


:タイヤを踏み抜いた?


:は?


:は?


:なんだそりゃ


:俺今その場所にいるんだが、逃げてた犯人がナイフ出して暴れてる。


:危ない!にげてぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!!?


:彼女は俺の嫁だ!俺が守る!!


:自称夫が沸いてて草


:【朗報】犯人、秒殺


:秒wwwww殺wwwwwwwwwww


:瞬時に取り押さえられてる上に即座に落とされてんだが?www


:どんなスーパー超人だよ。


:かわいくて強くて速いなんて、おじさん惚れそう


:↑お巡りさん、こいつです。


:↑お巡りさん、こいつです。


:動画を見る限り、めっちゃ美人だし可愛いよね?モデルとかかな


:調べてみるか


:調べるか



そうして、渚の周囲でまたもや何やら騒動が起きようとしていた。

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