第29話突然のイリュージョン





「いやぁ!楽しかったなぁ!!」



グラスのお茶を飲み干し、達也はキッチンに立つ渚に話しかける。



順位発表が終了し、ログアウトした彼らは自宅のリビングにて寛いでいた。


夕食の時間が近かったこともあり、渚は即座に夕食の準備に取り掛かっていた。





「渚にいちゃんは5位だったじゃん!初めてのイベントにしては凄すぎるでしょ!」



皐月が興奮しながら身を乗り出す。



「僕も楽しかったよ。お姉ちゃんと共闘できたしね!5位っていうのがどれくらいすごいのかはよくわからないけどね」



包丁で野菜を刻みながら渚はそう答えた。



渚にとってはイベントの結果よりも、姉と共闘ができたということが一番嬉しかった。



現実で敵なしの彼らが共闘する機会など絶対に訪れることはないのだから。




「あと、渚くんの姿変わってなかった?成長していたような...?」



「うん、よくわかんないけど大きくなってた。」



渚はゲーム内の自身のアバターの姿を思い浮かべながらそう答える。


そして今の自分の身長を考え、はぁ..と息を吐いた。



「現実の身長もそれくらい伸びれば良かったのにね!」


「悲しくなるから言わないようにしてたのに!!」



紗良がニヤニヤしながら呟いた言葉に渚は食い気味で反応した。



ふんだ!まだ成長期が来てないだけだし!これからぐんぐん伸びるんだし!




.....たぶん。






「そういえば、渚と香織は上位入賞の報酬はなんだったんだ?」




達也が思い出したように渚と香織に向けてそう言葉をかけた。




「私は確か...ランダムでスキルを習得できる《スキルの巻物》が1つ、ゲーム内賞金800万コイン、種族進化チケット、そして...よくわからなかったアイテムよ。《天界の鍵》というやつ。最後は限定称号ね。《バトルロイヤル3位》というやつよ」



香織が指おりで数を確認すると、渚も数え始める。



「僕は...賞金600万コイン、あと《天界の鍵》、あと限定称号バトルロイヤル5位、最後はスキル進化チケットかな」



渚が野菜を刻む手を止めずに自分の報酬を言うと、達也はうんうんと頷く。



「《スキルの巻物》は3位までなのか、他は大体同じ内容だな。でもスキル進化チケットってなんだ???」




達也の問いに渚は説明に書かれていた文章を思い出しながら話し始める。




「えーと、確か自分のもつスキルを進化させられるアイテムだったよ。」



このアイテムを使えば、レベルに関係なくスキルを進化させることができるのだ。



本来であれば

〔火属性魔法〕Lv.100が進化→〔火属性魔法“極“〕Lv.1

となるのだが、このスキル進化チケットを使用すると

〔火属性魔法〕Lv.100が進化→〔火属性魔法“極“〕Lv.100

という形で進化するのだ。




「これは結構なぶっ壊れアイテムだぞ。俺も欲しかったなぁ...」


「いや達也も香織も種族進化チケットっていう凄そうなものもらってたじゃん!むしろそっちの方が貴重だと思うけど!?」



種族進化チケットなんてものがあるということは、レベルを最大まで上げることで種族進化ができるということだ。


ちなみに達也が自身のアバターで試したところ、『必要条件を満たしておりません』と表示されたらしい。


まぁ最大レベルに達したらわかるだろう。



「ちなみに渚はそのスキル進化チケットは何に使うのか決めてるのか?」



「うん」



渚はこのアイテムの使い道をすでに決めている。自分のスキルを調べてみたところ、〔龍の爪〕というスキルが〔龍鱗腕〕というスキルに進化できることを知ったのだ。



以前の〔龍の爪〕では変化するのはあくまで爪のみであったが、〔龍鱗腕〕は腕全体が龍となる。鋭い鉤爪に加え、腕が鱗に覆われることにより物理攻撃力及び物理防御力の上昇という効果があるのだ。


わかりやすく言うと、腕が龍になる。


あと、〔龍鱗脚〕という種族固有スキルが追加で獲得出来る。


これは〔龍鱗腕〕と同様、脚が鱗に覆われ、鋭い鉤爪も生える。効果は腕と同じだ。



拳や蹴りを用いた攻撃をすることが多い渚にもってこいな種族固有スキルだ。



他にも〔龍魔法〕や〔格闘術〕〔龍の威圧〕〔錬成武装〕といったスキルが進化可能だったが、一番使い勝手が良くなるのが〔龍の爪〕の進化だったのでそれに決めた。



「後でまたログインして進化だけしてくるつもり」



「ふぅん、そうか」



渚の言葉を聞いた達也は椅子に座り直し、深く息を吐いた。




「ところで今日の夕飯は何を作ってるの?」



香織がキッチンに立つ渚に話しかけた。



渚は中華鍋を振るいながらチラッと香織に顔を向けると、再度鍋に視線を戻す。



「今日はねぇ、お疲れ様パーティーってことで中華料理をたくさん作ってるんだ!」




キッチンのカウンターには出来上がった中華料理が所狭しと並んでいる。



酢豚に青椒肉絲、麻婆豆腐、回鍋肉が出来上がりお皿に盛り付けられ、餃子に五目春巻、油淋鶏を渚は同時進行で作り進めている。汁物として卵入りの中華スープだ。




恐ろしいほどの手際の良さで作り進める渚に各々は驚きを隠せない。



「渚ってほんとにすごいよなぁ。この時間でこんな大量の料理を作るなんて...」



「慣れればどうってことはないよ?作るのもそう難しいものでもないからね。」



揚げた後の油を片付けながら渚がそう言い、台所の片付けを始める。




片付けを速攻で終わらせ、テーブルの上を食事ができるように整える。




「じゃあ、始めようか!音頭は順位が一番高かった達也でよろしく!!」


「え!俺!?」



全員が席についたタイミングで渚がそう言い、達也に音頭をとってもらう。




「第1回イベントお疲れ様!!乾杯!!」



「「「「乾杯!!!」」」」





こうしてイベントお疲れ様会は始まった。





















「.....あんなにあった料理がこんなにあっという間になくなるとは」



綺麗に片付いた全ての皿を見て渚は思わず呟いた。


消費スピードが早いなぁ....とは思っていたがまさか1時間もしないうちに全て食べ尽くすとは。



まぁ育ち盛りだからね。こんぐらい余裕なんでしょう!



そう結論づけた渚は食器の片付けを始める。スポンジに洗剤を垂らしにぎにぎしてスポンジを泡立てると食器を洗い始める。



「じゃあどんどんお皿持ってきてー。片付けちゃうから!」



渚がそう言うと香織と紗良が交互にお皿を持ってきて渚の指示される箇所に置いていく。



達也と皐月は食べすぎたのか、リビングのソファでぐったりしている。



どうしたんだろうか?




「大丈夫?体調悪そうだけど?」


「あ、あぁ、だい..じょうぶだ...食い過ぎた...だけ..だから.....」


「うん..私も大丈夫だよ....今は...げふ」




達也と皐月が息も絶え絶えに声を漏らした。



その時



「....ん..?」



突如として渚に眠気が襲いかかり、足元がふらつく。


「どうした渚、体調悪いのか?」


「いや、なんだかすごく眠くなってきて...」


瞼が徐々に重くなり、足元もふらつき始める渚。



茶碗を洗う手をとめ、壁にもたれかかった。




「えーどうしたの!お兄ちゃんがこんなになるなんて珍しい!残りは私がやっておくからもう休みな!」


「うん、そうする」


紗良の気遣いに甘えることにした。



「じゃあ先に休むね....おやすみ。...」


そうして渚は自分の部屋に戻っていった。



部屋には入り渚はベッドに倒れ込むと、気を失うかのように眠りについた。



そのまま夢の世界に引き摺り込まれていった。











「っ...く...痛いぃ...」


時刻は深夜の2時



渚は身体中に走る壮絶な痛みに悶えていた。


これまでも日常的に痛みはあったが、ここまで酷くはなかった。


必死で痛みに耐える渚の額には汗が浮かび、身体を動かすことで頬を伝って落ちていく。


「はっ...はっ...はっ....んぐぐぅ.....


その痛みのせいで渚は寝付くことが出来ず、痛みがおさまったのは明け方近くになってからだった。





「あ...ようやくおさまったのかな....?」





痛みに耐えることに疲れ果てた渚は今度こそ深い眠りについたのだった.....











「...んぅ?」



目が覚めた時にはすでに日は昇っており、時刻も8時をまわっていた。



「ん...?身体が軽い.....?」



ここ最近の悩みだった身体の痛みが綺麗さっぱり消え去っている。


すこぶる快調だ。しかし



「うわぁ、汗すごいなぁ。」



汗で背中にTシャツが張り付いているため、着心地はとても悪くなっていた。


ぶっちゃけ、気持ち悪い。




「シャワー浴びてからご飯作ろうかな....」



そう言って渚はベットから降りた。







「..........ん?」




あれ、視線が高い?


いつもより視線がだいぶ高い。


そして天井がいつもより低く感じる。



これは確定だ。間違いない...!




「身長が....伸びた....!!!!!!」



まさか視線が大きく変わるほど身長が伸びるなんて....感激!!!






しかしなんだろう、この違和感。



動くたびに何か違和感があるのだが、この違和感がなんなのかわからない。




「まぁ、身長が伸びたからだろうな...シャワー浴びてこよう。」





そう言って扉を開けてお風呂場に向かおうとすると


「おはよ、お兄ちゃん。今日は遅かったね」


紗良の声がリビングから聞こえて来たので一応声をかけておくことにした。



「おはよう、ごめんね寝坊しちゃって...」


「いや、しょうがないよ。昨日はなんか辛そうだった....し....?」




こちらを振り向いた紗良は渚の姿を見て固まった。




「....お姉ちゃん、いつの間にうちに来てたの?」


「へ?」



紗良がなんか変なことを言っている。


僕をお姉ちゃんと勘違いしているみたいだ。


身長が伸びたからかな。




「でもお姉ちゃんいつの間に髪切ったんだ。お兄ちゃんとお揃いなんだね。私もショートにしようかなぁ」


「ちょっと待って紗良」


「なに?」


「僕だよ、渚だよ」


「は?そんなわけな...」


「いやぁ!今朝起きたら身長が伸びててさぁ!もう嬉しいのなんのって...」


「.....あぁ、そういう設定ね」



紗良は(ドッキリか...)と呟き納得したように渚の前までくると上から下へと視線を移動させる。



「でもお姉ちゃん、サラシを巻いて胸を小さくしてまでやるなんて凝ったことするねぇ」



そう言って紗良は渚の胸に手を置いた。





むにゅ






「へ?」




「あれ?サラシ巻いてない...」



むにむに



「......?」


渚は理解が追いつかずに硬直する。


あれ、今何か変な感触が...




紗良が渚の胸ぐらを掴んで前後に大きく振り回し始めた。



「!!まさかお姉ちゃん、このドッキリのためにあんな大きかったものを切り落とした!!!????あんなに大きかったのにぃ!!もったいなぁぁいい!!!!」








ガチャ




「おはよう!亜紀お姉ちゃんが朝ごはんを食べにきたよ!!!」



リビングの扉を開けて中に入ってきた亜紀は正面の光景を見てしばし静止する。


少し考え、亜紀は口を開いた。




「私って...分身の術とかってできたっけか?」


本気でそう考えている亜紀を視界に入れた紗良は正面の渚と亜紀を交互に見る。



そして渚の胸ぐらから手を離すと亜紀にツカツカと歩み寄る。


そしてそのまま亜紀の胸を鷲掴みにした。



もぎゅ




「...本物のお姉ちゃんだ....」


「いや、どんな確認!?」



亜紀はツッコミを入れると改めて視線を渚に向けた。



「もしかして...渚か...?」


「うん、そうだよ」




先ほどの感触は気のせいだ、と信じつつ渚は答えると亜紀は渚の肩に手を置いた。




「そうか、とうとう一歩踏み出したんだな...お姉ちゃんは嬉しいよ」



「ん?」



妙に優しい視線を向ける亜紀に渚は戸惑う.そんなことも知らずに亜紀は話し続ける。



「まぁ元から女の子っぽい見た目だったから急成長しているところ以外はなにも違和感はない。性転換手術を受けるとは思わなかったが。男の象徴を取り除き自分の退路を絶ったわけだな。これからは女として生きていこうというその思い、姉ちゃんは全力で応援するぞ!!」



「は?なんの話?」



渚は本当に意味がわからず聞き返すが、亜紀は渚よりももっと怪訝な顔をした。




「なにをすっとぼけているんだ!今の姿を見たらもう一目瞭然だろう!!迷うことはない!どこからどう見ても完璧な女の子じゃないか!!」



「自分の姿ぁ?.....んん?」



自らの身体を見下ろした。はずだった。



胸あたりに山ができていて、おなかが見えづらい。


胸あたりに山ができている。








ムネアタリニヤマガデキテイル。




むにゅ




「....本物?」



自分の身体には今までこんなに柔らかいものはついていなかった。



実物になんぞ触れたことはないが...



多分これは本物だ。




「...おっ...ぱいが...できてる....?」





そこで思い出した。



起きた時に感じた違和感。


この胸がその一つなのだとしたら...もう一つは....?



渚はもう一つの違和感である下半身に視線を移す。



両足の付け根部分、股の部分に手を置いてみる。





「.......ない...」





アレが.....ない。



渚はダッシュで全身鏡の前へ移動し、自分の全身を見る。




「....うそでしょ..」




鏡に映った自分の姿。



顔立ちは今までよりも大人っぽくなっており、身長が伸びたのも影響しているのかスレンダーな体型になっている。


そして渚が一番気にしているのは、今まで全く存在していなかった胸部の2つの山。




「女の子に....なってる......?」



間違いなく、女性へと姿を変えた自分の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る