番外編②-9 – 捜査方針

「我々は1ヶ月ほど前、犯罪組織『DEED』が麻薬オークションを本日19時より開催するという情報を得ました。それから念入りに準備を施し、先ほど制圧を完了しました」


 石川は今回のDEED制圧作戦の経緯いきさつを全体に説明する。


「……というわけで捜査一課長の藤村洸哉氏に協力を求めて迅速に作戦を完了しました。その後の現場検証や十二音の手がかりについては藤村氏に引き継ぎます。よろしくお願いします」


 石川はそう言うと藤村に顎で合図をし、藤村もそれに対して頷いて応じた後に立ち上がる。


「警視庁捜査一課長の藤村です。今、お話にあったように私は石川対策部長の要請を受けて今回のDEED制圧作戦に参加いたしました。その後、同じく捜査一課の杉本警部と鶴川巡査部長、そして……え〜2人の参加に関しては私が現場検証のために同伴させました」


 藤村は杉本と鶴川が現場にいたことに対して他の捜査官たちが疑問に思ったのか、少しざわついたのを見て補足する。杉本と鶴川は周りの捜査官に頭を下げている。その様子を見ながら石川はフンと鼻息を鳴らす。杉本と鶴川は担当事件の垣根を超えて(主に杉本の好奇心で)様々な事件に首を突っ込むことで有名だ。ゆえに藤村の説明を鵜呑みにしている者はごく少数である。


「え〜、話を戻します。組織犯罪対策部の狩野警部補の協力を得ながら本作戦において拘束した天草英理子、横手イルマより話を聞きました」


(超能力を利用したのね……)


 花は藤村の話を聞きながら超能力を利用して天草と横手の2人から話を聞いたことを察する。日本の警察組織は取り調べにおいて超能力の使用を禁じられている。しかし、正式な取り調べではないことを理由に今回も使用したのだと〝狩野警部補の協力を得〟という言葉から察した。


「今回の制圧作戦において気になる点……それはあまりにも警備が杜撰ずさんであった点です。DEEDは麻薬オークションを複数回、開催していましたが、これまでその足取りを掴めていませんでした。しかし、今回は警備が緩いだけでなく、場所の特定まで簡単にできました。そこで横手の供述ですが、これまで2人の仮面を着けた男の協力があったそうです」


 〝2人の仮面を着けた男〟という単語を聞いた瞬間にその場にいた捜査官にどよめきが広がる。藤村は大会議室のXRクロスリアリティ機能を使って4年前のサイクス第一研究所襲撃事件における資料からGOLEMゴーレムSHADOWシャドウの映像を表示させる。


「横手の供述によると、こちら身長190センチほどのこの男はGOLEMゴーレム、もう一方の男はSHADOWシャドウと名乗っていたそうです」


 藤村は一度ここで言葉を切った後にこれまで得た情報での超能力の可能性を説明する。


「さて、これまでオークションの場所が特定できなかったのはこのSHADOWシャドウという男の超能力によるもののようです。石川部長の無能さが原因ではないようで安心しました」


 藤村はイタズラっぽい笑顔を浮かべながら石川に告げ、石川は「テメェ……」と小さく悪態をつく。捜査官の間では笑いが起こる。ここから藤村はSHADOWシャドウの影による超能力の説明を始め、横手が供述した通りの話を共有する。


「4年前の映像からその影が攻撃してくることは確実です。そしてこれは横手の供述から推測した、場所を別空間に移動させる超能力の発動条件の可能性なのですが……飛ばせる範囲に条件があるかもしれません。例えば〝一部の部屋を飛ばすには最上階と最下階だけ〟といったように。まぁ、単純に任意の場所を影で包み込んで別空間へと移動させる力なのかもしれませんが……」


 後方の席では葉山は笑顔のまま藤村の推測に耳を傾けている。


「そしてこちらはGOLEMゴーレムに関してですが、彼の超能力自体は近距離特化の典型的な身体刺激型超能力者であると考えられます。彼に関しては別要素で重要な可能性に辿り着きました」


 藤村はGOLEMゴーレムSHADOWシャドウの画像を少し横にスライドし、現場から押収した綺麗な注射器を表示する。


「表示しているのは従来の注射器です。そしてこちらはDEEDが使用していた最新モデルの注射器となります」


 藤村はそう言いながら異不錠と同じ形状の、首に装着するタイプの注射器を表示する。


「サイクスの生成において、椎骨動脈と総頚動脈が扁桃体へとフィジクスを辿り着かせるのに重要な役割を担うことはご存知だと思います。そこに直接薬物を流し込むことでより強い快感を与えることができるようです。この首の形に沿った曲線部分に液体化させた薬物を入れて使用するようです」


 藤村の説明を聞きながら「それがどうしたんだ」、「その注射器は最近では珍しくないぞ」といった小さな野次が飛ぶ。藤村は「チッ、面倒くせーな」と小声で呟いた後に話を再開する。


「この従来の注射器は採血用に使われていました。GOLEMゴーレムSHADOWシャドウとDEEDは、DEEDメンバーの血液を提供する代わりに先の超能力でオークションの所在を掴ませないという契約を結んだそうです」


 捜査官たちから「でも今回は分かったんだよな」といった呟きが増え、藤村がイライラし始める。


「あー、面倒くさいんで説明を端折はしょるぞ。察しの悪い連中を相手にすんのは骨が折れるぜ」


 一部を除いてその場が一瞬で凍りつく。瀧はニヤニヤし、花は頭を抱える。石川は溜め息をつき、太田警視総監は見て見ぬ振りをする。


「今回こんなにも簡単に所在が見つかり、かつ、警備が雑魚ばっかだったのは開催直前に両者間の契約が破棄となったからだ。その理由としては、DEEDのメンバー以外の血液、つまり一般人の血液を提供していたためだった。さらに気になる点としてGOLEMゴーレムは子供の血に対してより強い怒りを表明していたらしい」


 藤村はその後、十二音が日常生活に溶け込んでいる可能性、そしてGOLEMゴーレムの反応から教育関係の職や小児科、孤児院に勤務しているのではないかという話を続ける。


「もちろん、確証は無い。だがこれまで何の手掛かりも無く、奴らの襲撃を待つ他ないという受け身の体制だった。ある程度の期間を設けて一旦この可能性にかけて捜査を実行するのは良い方針だと思うがどうだろう?」


 藤村の問いかけに対してその場の者たちは「なるほど」と感心して頷く。「私からは以上です」と藤村は告げて着席し、太田警視総監に引き継いだ。その様子を見ていた葉山のいつもの笑顔が一瞬消えていたことに誰一人として気付いた者はいなかった。


 それは十二音の足取りを知られたことへの焦りか或いは––––。




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